37.祭りの夜と、秘密の願い
明日は村の夏祭り。年に一度のこの日を前に、村中が浮き立つような熱気に包まれていた。
「ユース! この木の下にテーブル置いたら、涼しくていいかも!」
フィリアの明るい声が響く。エメラルドグリーンの瞳が楽しげに輝いていた。
彼女の提案にユースは笑って頷いた。
「いいね。日差しも遮れるし、氷スイーツが溶けにくくなる」
彼の目の前には、大きな木の下に並べられた台と、魔法で冷却した保存箱がある。
中には、試作に試作を重ねた夏限定スイーツ、“スパイス&アイス”――
ミスカの実の果汁と、花蜜、そしてほんのりピリッとする森のスパイスを加えた、大人も楽しめるシャーベットが冷やされていた。
「クラリス様、こっちの仕込みができましたよ」
ユースの声に振り返ったのは、浴衣を思わせる薄藍の衣装に身を包んだクラリスだった。
氷のように涼やかな彼女の笑顔が、ひときわまぶしく見えた。
「ありがとう。あとは飾り付けだけね。明日、村の皆が驚いてくれるといいな」
その手元には、氷魔法で作られたきらめく氷の結晶の飾り。
クラリスは氷属性の魔法を巧みに使って、屋台や広場のあちこちを涼やかに彩っていた。
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翌日。
祭りの当日、村の広場には提灯が灯され、屋台が立ち並んだ。
どこか懐かしくも賑やかな風景に、村人たちは目を細め、子どもたちははしゃいで駆け回っていた。
「ユースお兄ちゃんのスイーツ、これ、冷たくておいしいー!」
「なんか、甘いだけじゃなくて……ちょっとだけ、ピリッとするの。面白い味だよ!」
屋台に並んだ村人の声が次々と聞こえる。
フィリアは頭に花飾りをつけ、笑顔でスイーツを配りながら、時折ユースを振り返った。
「やったね、ユース。今回も大成功じゃない?」
「いや、クラリス様の氷魔法の精度と、フィリアの味見のおかげかな」
ユースは頬をかいて照れ笑いする。
それを聞いて、クラリスがそっと彼の隣に立った。
「ふふ。嬉しいけど……それだけじゃないわ。あなたの工夫、ちゃんと届いてるのよ」
そう言って微笑んだクラリスは、どこか誇らしげだった。
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そして夜。
広場の中央では、村の伝統舞踊が始まった。
踊り手として舞台に立つのは、ユースとフィリア。
「さあ、ユース。手を取って。村の子どもたちに恥ずかしくないようにね!」
そう言って差し出された手を握ると、不思議と緊張が和らいだ。
太鼓と笛の音が鳴り響くなか、二人は息を合わせて舞う。
観客からは温かい拍手と歓声。
提灯の明かりが揺れ、まるで夢の中にいるようだった。
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祭りの終わりが近づいたころ。
ユースはふと、広場の外れで佇んでいるクラリスの姿に気づいた。
月明かりの下、その姿は氷の精霊のように儚く美しかった。
「クラリス様?」
声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返り、そして小さく微笑んだ。
「ユース、少し……いい?」
二人は人気のない坂道に並んで座る。
村の広場を見下ろすようにして、少しだけ静かな時間が流れた。
「今日のスイーツ、すごくよかったわ。みんな笑ってて、私も嬉しかった」
「ありがとう。クラリス様の魔法がなかったら、きっと溶けていたよ」
そう言うと、彼女は少し目を伏せて、言葉を選ぶように続けた。
「ねえ、ユース……。次は、王都の学園にも……いつか、一緒に行ってみたいの」
「……学園?」
思わず問い返したユースに、クラリスはまっすぐに向き合った。
「あなたの光の魔法は、もっと多くの人を照らすべきだと思うの。
この村の中だけじゃ、もったいないわ」
一瞬、胸の奥が熱くなる。
光の魔法。自分がこの世界で授かった、特別な力。
(……クラリス様は、本気なんだな)
ユースは、彼女の真剣な眼差しに黙って頷いた。
「……ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいです」
クラリスはほっとしたように笑った。