31.フィリアの挑戦、あんこの魔法?
「うーん……もうちょっと、火加減を調整したいなぁ……」
朝のアウス村広場。今日も週末限定のスイーツ屋台に、村人たちがぽつぽつと集まりはじめている。
ユースはいつものように光魔法でゼリーの輝きを調整していたが、隣でカステラの鉄板に向かうフィリアの表情が、いつもより真剣だった。
「どうした、フィリア。カステラはうまく焼けてると思うけど?」
「うん、そうなんだけど……。わたしの火魔法って、ただ焼くだけじゃもったいない気がしてさ」
フィリアは自分の掌を見つめ、そこにわずかに宿る火の揺らめきを眺めながら呟く。
「もっとこう、火の“あたためる”とか“煮る”力を活かして、スイーツの幅を広げたいなって思ったんだよね」
「なるほどな。それ、すごくフィリアらしいよ」
そう言ってユースは、広場の端に干してあった赤茶色の豆袋を指差した。
「そういえば、前。先週、王都で買ってきたやつなんだけど――あれを甘く煮たら“あんこ”ってやつになるんだ。」
「“あんこ”……! 甘い豆ってなんか不思議だけど、面白そう!」
フィリアの目がきらりと輝く。
「よーし、わたし、やってみる!」
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村のかまどの一角に鍋を置き、フィリアは豆炊きに挑戦した。
だが、最初の一回目。
「うええ……焦げちゃった……」
鍋底にくっついた黒い塊を見て、フィリアは肩を落とす。火魔法を直接加えたことで、火力が強すぎたのだ。
「焦げないように、魔力を分散させてじっくり熱を通すのがポイントかな。直接当てるんじゃなくて、鍋のまわりに熱を“まとう”ようにイメージしてみて」
ユースが魔法の使い方をアドバイスする。
フィリアは深く頷くと、今度は火魔法を鍋の底ではなく、周囲にゆるやかに巡らせていく。じんわりと伝わるような熱。水面がほのかにゆらめき、豆の皮がふっくらと開いていく。
「……あっ、なんかいい感じかも!」
何度かの失敗のあと、ついに豆が柔らかく煮え、ほんのり甘い香りが広がり始めた。
「焦げ臭くない! しかも、ちゃんと甘い!」
その様子を見ていた村のご婦人たちが、興味津々で近づいてきた。
「まあまあ……いい匂いだこと! それ、なにを煮てるんだい?」
「“あんこ”っていうんです。甘い豆を煮たものですよ」とユースが説明すると、
「ええっ、豆を甘くするの? そりゃまた変わってるねぇ……」
「見た目はちょっと不思議だけど、匂いは悪くないよ」
ご婦人たちは興味深げに鍋の中をのぞき込んだ。
「……食べてもいいかい?」と一人が尋ねると、フィリアは嬉しそうに小さな木皿によそって差し出した。
一口食べたご婦人が目を丸くする。
「な、なんだいこれ! 甘いのに豆の味がする……でも、変にしょっぱくもないし、おいしい!」
「ほんとだ、あと引くわぁ……ちょっと塩を加えると、もっと味が締まるかもねぇ?」
「乾かした果物の甘みでも合いそうだよ。お砂糖が少ない時期なんかにはいいかもしれないね」
ご婦人たちは完全に夢中になり、次々と昔ながらの保存食の知恵や調理の工夫を語り始めた。
フィリアは目を輝かせながら、その一つひとつに耳を傾けていく。
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夕方。試作のカステラに、完成した“つぶあん”を挟み、フィリア特製の「カステラサンド・あんこ入り」が完成した。
「……どうかな? ユース、試食係!」
ユースがぱくりと一口。
ふわっとした生地に、ほのかに甘く、素朴ながらも濃厚な“あん”がよく合う。
「……うまい。いや、本当に、すごくうまいよ!」
「やったぁ!」
屋台に並べてみると、さっそく村の子どもたちやお年寄りが次々と買っていく。
「この豆の味、懐かしいわぁ」「ふわふわのパンみたいだな、これ!」
素朴で優しい甘さが、村人の心にすっと染み込んでいく。
「火魔法も、工夫すればすごく優しい味を作れるんだね……」
「うん。フィリアの“魔法”が、また新しいスイーツを生んだよ」
広場に夕焼けが差し込み、村人の笑顔と、ほんのり甘い香りが空に溶けていく。
その中心で、フィリアは誇らしげに胸を張っていた。