29.初めての屋台、村で開店!
週末の朝。アウス村の広場には、どこかそわそわとした空気が漂っていた。
朝露の残る地面に、簡易屋台がひとつ。木製のカウンターに白い布をかけ、手作りの看板が掲げられている。
《ユースとフィリアの甘い屋台 〜本日限定!〜》
「……ちょっと恥ずかしいな、この看板」
ユースがそう言うと、隣でフィリアが自慢げに胸を張った。
「可愛いでしょ? 字はわたしが書いたんだよ! どうせなら目立った方がいいし!」
彼女はエメラルドグリーンの瞳をきらきらさせ、腰のポーチから試食用の小皿を取り出して並べ始めた。
――そして、屋台の目玉商品は2つ。
一つ目は、「焼きたてふわふわカステラ」。
卵、砂糖、小麦粉に加えて、王都で手に入れた貴重な“バニリ草の精”を少しだけ混ぜた香り豊かな一品だ。
二つ目は、「光のゼリー」。
透き通ったゼリーの中に、淡く光る粒が浮かぶ幻想的なスイーツ。光魔法で精製した清潔な水と、ゼリー状になる植物“ミズクラゲ草”の抽出液を合わせた、ユース渾身の作品。
「ユース、火、お願い!」
「うん、いつもの温度で頼むよ」
カステラ用の鉄板に、フィリアが手をかざす。
火魔法を使い、一定の温度でじんわりと熱を加える。
ふわり、と甘い香りが立ち上った。
「……わあ、ちゃんと膨らんでる!」
「昨日の反省が活きたね。焦がさなかったし」
「もー、あれはちょっと熱が強すぎただけ!」
二人のやり取りを聞いていた通りすがりの農夫が、クスッと笑った。
「朝からなんだか良い匂いがすると思ったら……へえ、スイーツの屋台なんて初めてだな」
「おじさん、良かったらひと口どうぞ!」
フィリアがにこやかに皿を差し出す。焼きたてのカステラはふわふわで、甘さも控えめ。バニラの香りがふんわりと鼻をくすぐる。
ひと口食べた農夫の目が、まんまるになった。
「な、なんだこれ……お、お菓子なのに、身体が軽くなるような感じが……!」
「それ、少しだけ回復魔法を混ぜてあるから。疲れてる人にもいいんだ」
ユースが言うと、次々と村人たちが興味を持って集まりだした。
「ゼリーもあるの!?」「きれい……!」「なんか光ってるー!」
特に子供たちには「光のゼリー」が大人気。
ぷるぷると揺れる透明なゼリーの中には、まるで星屑のように光る粒が浮かんでいて、光に透かすとキラキラと輝く。
――だが、そんな中、ひとりの子供がうっかりゼリーを落としてしまい、泣き出してしまった。
「うぇえええ……ひかるゼリー……たべたかったのにぃ……!」
ユースはしゃがみ込んで、優しく微笑んだ。
「大丈夫。君のために、特別なゼリーを作ってあげる」
両手をかざして、光魔法を詠唱する。
清らかな水が空中に集まり、小瓶に入れていたミズクラゲ草の抽出液と混ざり、淡い光を宿しながら固まり始める。
その様子は、まるで魔法そのものだった。
「うわぁ……!」
子供の目が輝く。小さな手に渡された特製ゼリーは、他のものよりも少しだけ色濃く、光がやさしく瞬いていた。
「ありがとう、おにーちゃん!」
笑顔が咲いた瞬間、屋台の前に拍手が起きた。
その日の午後には、ユースとフィリアの屋台は村の人気スポットになっていた。
初日で完売となり、村のあちこちで「光のゼリーってどうやって作ってるの?」「また来週もやるのか?」という声が上がっていた。
「……なんか、すごいことになってきたね」
片づけをしながら、フィリアが嬉しそうに笑う。
「うん。これが、俺たちの一歩目なんだと思う」
焼きたての甘い香りと、子供たちの笑顔。それらが胸いっぱいに広がっていた。