24.はじまりの廊下、託されたまなざし
講義棟は、図書館とは異なりやや実用的な造りをしていた。
灰色の石材に、簡素な装飾。だが、それがかえって整然とした印象を与える。
アストレイに導かれ、中に入ると、まず目に飛び込んできたのは――広い廊下に並ぶ扉たち。そこからはかすかに話し声や魔力の気配が漏れ聞こえていた。
「ここが講義棟です。各学年ごとに教室が割り当てられ、初等科から高等科、研究課程まで、様々な授業が行われています。基礎魔法、応用魔法、魔力制御論、魔道具工学……」
「け、結構あるんですね……」
ユースが思わずつぶやく。聞きなれない専門用語に、少しだけ気後れしそうになる。
「心配しなくて大丈夫ですよ。初等科の一年次では、基礎中の基礎から始まります。あなたたちのように、辺境出身で魔法の教育を正式に受けたことがない子も多いんです。むしろ、魔力があることの方が貴重ですから」
「そ、そうなんですね……良かった」
ホッとした表情でフィリアが胸をなで下ろす。
「それに、あなたたちの場合は“推薦”という形ですから。学園としても、期待しているんですよ」
アストレイがやや意味ありげな目で二人を見やる。とくにユースの方を一瞬だけ長く見て、ふっと視線を逸らした。
「……え?」
ユースは思わず問いかけそうになるが、その前にアストレイが歩き出した。
「こちらの一室で、今日の案内の締めくくりとして、簡単な面談をしましょう。今後の学園での過ごし方について、確認しておきたいこともありますので」
二人は頷き、アストレイの後に続いた。
案内されたのは、講義棟の一角にある応接室のような部屋だった。大きな窓からは柔らかな陽光が差し込み、木製の机と椅子が整然と並ぶ空間。
アストレイが席をすすめると、ユースとフィリアは並んで腰を下ろした。
「さて……まずは、ここまでの案内について、質問などはありますか?」
「えっと……図書館についてなんですが」
と、ユースが真っ先に口を開いた。
「閲覧できるのは三時間までとのことですが、例えばメモを取るとか、ノートを持ち込むのは大丈夫ですか?」
「もちろん構いません。写本や持ち出しは禁止ですが、個人的な記録を残すのは推奨されていますよ。学園生は皆、それぞれ“知識の記録帳”を持っているほどですから」
「……ありがとうございます。じゃあ、準備しておきます」
その言葉に、アストレイは満足げに頷いた。
「さすがは君だ……。成人の儀で初めて君の光属性を見たときから、いずれこのような形で学園に関わることになるかもしれないと思っていたよ」
「……やっぱり、あのときから……」
ユースは表情を引き締めて頷く。成人の儀に立ち会った人物の中でも、学園関係者と思われる数人の中に、この白髪の老紳士――アストレイの姿があったことを覚えていた。
そのときから、彼の目には何かを見透かすような、けれど決して敵意ではない視線を感じていたのだ。
「君が持つ光属性は、ラウディア王国においては非常に特異な存在。通常、光属性は神聖国でしか生まれないと言われている。だが、それだけに……私たちとしても、君がどういう成長を見せるか注視したいと思っていた」
「……それは、学園として?」
「学園としても、王国としても、だ」
アストレイの瞳がわずかに鋭さを帯びる。
「アリシア殿下が君に関心を示しているのも理由のひとつではあるが、それ以上に――君自身の力と意志に、私は価値を見ている」
フィリアが隣で少し緊張した面持ちになって、ユースの袖をそっとつまむ。
「……そんな大事になるなんて、思ってなかったね」
「うん。でも……それだけ期待されてるってことなんだ」
ユースは小さく笑い返した。自分の力が注目を集めることにはまだ慣れていなかったが、それでも――この学園で学びたいという気持ちは揺るがなかった。
アストレイは立ち上がり、窓際に置かれた棚から数枚の資料を手に取って戻ってくる。
「さて、堅い話はこれくらいにしよう。君たちは今日、校内の案内とオリエンテーションを受ける予定だったな。特に、君――フィリア君のような火属性の実技志望者にとっては、実習設備の見学は大いに参考になるはずだ」
「えっ、本当に見られるの? 火の練習場とか!」
フィリアがぱっと顔を輝かせる。アストレイは微笑みながら頷いた。
「もちろん。案内役の生徒をすでに手配してある。彼女も火属性で、君たちより少し年上だが、良い案内役になってくれるだろう」
ユースとフィリアは顔を見合わせて頷いた。
「じゃあ、案内を受けて、どんな場所で学べるのか、自分たちの目で確かめてみよう」
「うんっ!」
そして――二人はアストレイの案内で学園の見学へと向かう