表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/74

20.再会と、甘き火花の始まり

 ラウディア王国の王宮。その壮麗な石造りの門をくぐったユースたちは、白銀の装飾が施された回廊を進んでいた。


 クラリスはいつも通り落ち着いた面持ちで歩み、フィリアは少し緊張した面持ちで、隣のユースの袖を軽くつまんでいる。


「ここが……王宮……。なんか、すごいね……」


「うん。緊張するけど、気を張りすぎないようにしよう。今日は“お届け”がメインなんだから」


 ユースはそう言いながら、風呂敷包みをしっかりと胸に抱えた。中には、昨夜仕込んだ“プリン”が入っている。


 女官の案内でたどり着いたのは、王宮内でも特別に設えられた迎賓室。白い壁に金糸のタペストリー、香のほのかに漂う広い部屋に、すでにひとりの少女が座っていた。


「ようこそいらっしゃいました、ユース様。……そして皆様」


 淡いミントグリーンのドレスに身を包んだ少女は、にこやかに立ち上がる。金の髪をゆるやかに巻き下ろし、深い湖のような碧眼がこちらを見つめていた。


「アリシア様。ご機嫌麗しゅうございます」


 クラリスが一歩前に出て、優雅に一礼する。アリシアも丁寧に礼を返す。


「クラリス様こそ。ようこそお越しくださいましたわ。お部屋は整えてございます。ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 その後、アリシアの視線がフィリア、そしてユースへと移った。


「……おふたりも、どうぞお入りなさいな。お客様ですもの」


 微笑みは崩さないものの、その声色は王女としての格式を湛えていた。


(やっぱり……アリシア様、今日は“王女”としての顔なんだ)


 ユースはそんな印象を抱きながら、部屋の中央へと進む。そして、風呂敷を解き、慎重に箱を差し出した。


「心ばかりですが……。どうぞお召し上がりください」


 アリシアは目を丸くした。


「まぁ……これは、前にお話していた“特別なお菓子”ですのね?」


 彼女はそっと箱を開け、銀のスプーンでひとすくい。慎重に、口元へと運んだ。


──その瞬間。


「……これはっ……!」


 小さく漏れた声のあと、アリシアはしばらく黙ったまま、ゆっくりと天井を見上げた。


「ふわっとして、ぷるんとして、とろけて、甘くて……! まるで雲の中で夢を見ているみたいですわ!」


 感嘆の声とともに、心の底から幸せそうな笑みが広がる。


「こちらは“プリン”といいます。よければ、レシピを後ほどお渡しします。お口に合ったようで、嬉しいです」


 ユースが控えめに言うと、アリシアはじっとユースを見つめ、まっすぐにこう告げた。


「ユース様って……ほんとうに、魔法みたいな方ですのね」


 その視線に、思わずユースは目を逸らしてしまう。


「……王女殿下のご感想、勉強になりますわ」


 横から静かに入ってきたクラリスの声。その口元には微笑が浮かんでいるが、どこか鋭さがあった。


「クラリス様も、お召し上がりになります? ユース様のプリンですわよ」


 アリシアが挑発するような、けれど無邪気な笑顔で言い返す。


 ピリ、とした空気が部屋に走る。


「皆さんで味わってもらえたら嬉しいです」


 ユースの柔らかな声が、空気をふわりと中和させた。


 クラリスは一口、品よくスプーンで掬って口へ。


「……っ」


 その瞬間。


「ふふん、それね。昨日の夜に私が“甘いもの食べたい!”ってお願いして作ってもらったの。だから私が一番最初に食べたのよ!」


 フィリアが得意げに声を上げる。


「ふーん……じゃあ、わたしは二番目……」

アリシアは唇を尖らせながら、小さくふくれっ面を見せる。


「わたくしは三番目、ということですね」

クラリスが静かに笑う。だがその瞳の奥には、負けじと燃える灯が宿っていた。


 フィリアは胸を張りながら続けた。


「あったかくて冷たくて、とろっとして……あれはもう、魔法みたいだった! さすがユースだよね!」


 その言葉に、ふたりのヒロインの視線が交錯する。小さな火種が、そこに確かに灯った。



---



 アリシアはスプーンを銀の器にそっと置いた。先ほどまでの無邪気な笑顔が、ふと陰を潜める。代わりに浮かんだのは、まっすぐな意志を宿した瞳だった。


「ユース様。お願いがございますの」


 迎賓室に漂っていた甘い空気が、瞬く間に張り詰めたものへと変わる。


 アリシアは椅子からゆっくりと立ち上がり、両手でスカートの端をつまむと、しとやかに一礼した。


「わたくしの、専属になっていただけませんこと?」


 その一言に、ユースの思考は一瞬止まった。


「……せんぞく、って」


 思わず聞き返すと、アリシアはこくりと頷いた。


「ユース様の作るお菓子も、優しさも、物の見方も……とても興味深いのです。もっと、あなたのことを知りたい。そして、あなたから学びたいのですわ」


 彼女の声は、王女としての威厳を残しながらも、どこか年相応の少女らしさと、隠しきれない独占欲を滲ませていた。


 フィリアが驚いたように息を呑み、クラリスがゆっくりと微笑を浮かべる。


「……それは困りますわ、アリシア様」


 その声音は穏やかだが、言葉の端に、僅かに鋭さが混じっていた。


「彼にはすでに私の専属として、グラシア領での協力をお願いしています」


 アリシアは一瞬だけ目を丸くし、それから楽しげに口元を緩めた。


「まぁ、それはクラリス様の“ご希望”でしょう? でも、わたくしは──ユース様の“お気持ち”を伺っているのですわ」


 真っ直ぐな視線が、ユースを捉えて離さない。


 ユースは少し戸惑いながらも、落ち着いた声で応じた。


「今は、王都に滞在している間……皆さんと同じ立場でお手伝いできればと思っています。特別、誰かの専属という形は……すぐには決められません」


 控えめながらも、確かな意思を込めたその言葉に、アリシアは一拍の沈黙のあと、ぱっと笑顔を浮かべた。


「ふふ、それなら──今のうちに、たくさんお話をしなくてはなりませんわね。だって、どなたの元に行くのか決まる前に、印象を残しておかないと」


「さすが、王女殿下。積極的でいらっしゃること」


 クラリスがほほ笑みながらも、その瞳には静かな炎が宿っていた。


 フィリアはというと、何かを言いたげに口を開きかけたが──ユースの袖をきゅっと握るだけに留めた。


 ……そんな牽制の空気を、どうにか丸く収めたいと、ユースは苦笑いを浮かべる。


「み、皆さんで仲良くしていただけたら、嬉しいです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ