19.お茶会へようこそ、プリンを添えて
それから数日後の朝。宿屋の食堂で朝食を終えたユースたちのもとに、一組の来客が現れた。
金と青の縁取りが入った上質な制服に身を包んだ女官と、その護衛と思しき銀鎧の騎士。
「ユース様、フィリア様ですね。王女アリシア様より、使いを預かってまいりました」
女官が恭しく頭を下げながら告げたその言葉に、周囲の客がざわつく。王族からの招待など、平民の旅人にはまず縁のない話だ。
「……えっ、王宮から?」
フィリアが小声で驚き、ユースも思わず身を正す。
女官は一礼しながら、小箱を差し出した。その上には、アリシア直筆と思われる可愛らしい文字で書かれた手紙が乗っている。
『ユース様、フィリア様。王都では珍しい上質な紅茶が届きました。ぜひお二人にも味わってほしくて、お茶会にご招待したいのです。今日のお昼ごろ、王宮の西庭にお越しください。お待ちしています ――アリシア』
読み終えたユースは、思わずくすりと笑った。
「……これは、返事を保留していたアリシア王女からの“おねだり”。たぶん、スイーツを作ってほしいって、遠回しに催促されてる」
前回、アリシアに「スイーツを作ってほしい」と言われたが、その場では答えを保留にしていた。これはその返事を催促する意味も含まれているに違いない。
「ありがとうございます。喜んでお伺いします。ただ……お土産を持っていきたいので、少しだけ準備の時間をいただけますか?」
「かしこまりました。ご準備が整いましたら、お声がけください。王宮へは我々が馬車でお連れいたします」
女官たちが一礼して下がると、フィリアが声を潜めて言った。
「やっぱり、あの子……本気だったんだね。王女様なのに、ユースのスイーツに夢中なんて、すごいなぁ」
「……うん。せっかくだし、お土産も持っていこう」
ユースはそう言うと、木箱を取り出して慎重に包みを整え始めた。
中身は、昨夜の晩ご飯の後に作った特製のプリン。
──フィリアが「なんか、あま~いの、ない?」と、頬を手で挟みながらおねだりしてきたのがきっかけだった。
「今度は……ほら、トロッとしてて、ぷるぷるしてて、口に入れたらじゅわって……! そんなの作れないかな~?」
「それって、どんなのだよ……いや、ちょっと思いついたかも」
王都で買った新鮮な卵と牛乳、そして持ってきていた砂糖を使って試してみたレシピ──プリン。
蒸気でじっくり火を通し、艶やかなキャラメルを流しかけると、それはまるで宝石のような仕上がりだった。
「……うそ……なにこれ、魔法……?」
フィリアはスプーンを口に入れた瞬間、目を見開いて、次の瞬間とろけるような笑みを浮かべた。
「なにこれなにこれ! なにこれ~~~!!」
目を輝かせて跳ね回る様子に、ユースは思わず吹き出した。
──そのプリンを、今日はアリシアへの贈り物として持っていく。
「準備、できた」
箱を風呂敷で丁寧に包み、二人が宿を出たところで、ちょうど向かいからやって来る人物がいた。
「あら、これは……2人とも、こんな朝からお出かけ?」
「おはようございます、クラリス様」
ユースが返事をすると、クラリスは品のある微笑みを浮かべながら頷いた。
「王女様に呼ばれて、王宮へ行くところなんだ」
クラリスの眉がぴくりと動いた。
「へえ……なるほど…… “あの件”ね。ふふっ、まさかこんなに早く催促するなんて思わなかったけど」
クラリスの視線が、ユースが抱えている包みに注がれる。
「その包み……もしかして、また何か作ったの?」
「ええ。昨夜、試しに“プリン”というものを。アリシア様へのお土産に持って行こうかと」
「プリン……? 聞いたことのない名前ね。甘いの?」
「はい、卵と牛乳、砂糖を使って蒸して固めたものです。口当たりがやわらかくて、冷やして食べるととても美味しいんです」
「……興味深いわね。私もご一緒しても?」
「もちろん。もしよろしければ、王宮までご同道いただければ」
クラリスはふっと微笑みを深める。
「では、馬車に相乗りさせてもらうわ。さすがに歩く距離ではありませんし」
クラリスは当然のように身を翻すと、ユースたちの馬車の扉を指先でノックした。扉が開かれ、女官が恭しく一礼する。
三人は並んで馬車に乗り込む。座席に腰を落ち着けたクラリスは、窓の外を眺めながら呟いた。