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18.王女とスイーツと仮入学

 王都にある神殿の広場。その隅に設けられた簡素ながらも気品ある天幕の下、ユースは少しばかり落ち着かない様子で腰を下ろしていた。

 向かいに座るのは、淡いミントグリーンのドレスに身を包んだ幼き王女――アリシア・ラウディア。透き通るような銀髪と、風のように軽やかな笑みをたたえるその姿は、まさしく“王女”という言葉にふさわしい威光を放っていた。


 その周囲には数人の女官と騎士が控えており、遠巻きに見守っている。ユースとしては、まさか王女に呼び出されるとは思ってもみなかった。


「ねえ、あなた……クラリスから聞いたの。とっても美味しいスイーツ、作れるんでしょう?」


 そう言って、アリシアは無邪気な目でユースを見つめてきた。


「スイーツ、ですか?」


 思わずユースは聞き返した。クラリスが話していたということは、どうやらアウス村で作った例のお菓子のことだろう。


 真剣な瞳。けれど、どこか子どもらしい無邪気さが滲んでいた。

 ユースは返答に迷い、ふと彼女の顔を見つめ直す。すると、アリシアもふいに彼をまじまじと見返し、そして――小さく息をのんだ。


「……あれ? あなた、もしかして……」


「……え?」


 ユースは少し戸惑いながらも頷いた。そのとき、アリシアの表情が一瞬だけ変わった。


「――あっ!」


 思い出したように彼女の目が丸くなる。


「成人の儀で見た、あの子……光の……!」


 その言葉に、周囲の女官たちがわずかにざわめいた。王都で話題となった“王国にただ一人の光属性”――その少年の顔を、アリシアは今ようやく思い出したのだった。


「……はい。ユースと申します」


 ユースは軽く頭を下げた。そしてアリシアの表情がぱっと明るくなった。


「すごい! 本当にあの時の少年なのね? 王国に一人しかいないっていう、光属性の!」


 彼女はまるで宝物を見つけたかのように、手を組んで身を乗り出す。


「しかも、スイーツまで作れるなんて……! すごすぎるわ、あなた!」


 ユースは困惑しつつも、苦笑を浮かべる。


「えっと……確かに、光属性なのは本当です。でも、スイーツのことはただの趣味でして……」


「それでもいいの。私、どうしても食べてみたいの。クラリスが自慢をしていた味を、今話題のあなたが作ったって聞いて、興味が止まらなくなっちゃって」


 その一言に、クラリスが小さく肩をすくめる。


「ユース、こうなるともう逃げられないわね」


「……プレッシャーがすごいですね」


 小さく溜め息をついたユースに、アリシアは微笑んだ。


「じゃあ、お願いできるかしら。わたしにも、そのスイーツ……作ってくれない?」


 言葉こそ丁寧だったが、その目は真剣そのものだった。クラリスからの自慢話だけでここまで強く興味を持つとは、やはり王女とはいえ子どもなのだ、とユースは思わず口元をほころばせた。


「光栄ですが……すぐにはお返事できません。材料の調達や準備もありますので」


「うーん、そうよね。じゃあ、お返事は後ででもいいわ。ちゃんと考えてくれるって信じてる」


 少し唇を尖らせつつも、アリシアは納得したように笑顔を浮かべた。


「……はい、アリシア様。ご期待に応えられるよう、努力します」


 それを聞いて満足そうに頷く王女。ひとまず緊張感に包まれた対面は、穏やかな雰囲気で締めくくられた。

 そうして、即席の謁見は幕を閉じた。



---



 翌朝、澄んだ空気が王都の空を満たす中、ユースとフィリアは王立学園を訪れていた。広大な敷地を抜け、案内された研究棟の一室へ。そこには、成人の儀でユースに仮入学の話を持ち掛けてきた初老の男性がいた。


 整えられた白髪、深い青のローブ。静かな威厳を漂わせる紳士風の初老の男性。彼こそが学園の教師、そして仮入学の相談役であるアストレイ先生だった。


「おはようございます。おふたりをお待ちしていましたよ」


 アストレイは軽く頭を下げ、手にした数枚の書類を整えながら応接用のテーブルを指し示した。ユースとフィリアがそこに腰を下ろすと、彼は一つ咳払いをしてから、静かに口を開いた。


「仮入学について、いくつか確認と説明をさせていただきます。……まず、仮入学とはいえ、参加できる実地授業には制限があります」


 落ち着いた声が室内に響く。アストレイは書類に目を落とし、眼鏡越しに確認をしながら淡々と話を続けた。


「ただし、図書館の利用については制限が緩く、希望すればいつでも出入りが可能です。魔力量の測定も随時受けられます。実習や授業の見学も、調整のうえで参加は可能となります」


「授業の見学って……実際に魔法を使ってるところも見られるの?」


 フィリアがぱっと顔を上げた。エメラルドグリーンの瞳が、好奇心で輝いている。


「ええ。講師の許可が取れれば、見学可能な範囲であれば実習風景を見ていただけます。もちろん、実際に魔法を扱う場面も含まれますよ」


「わあ、すごい……! 火属性以外の魔法使ってるとこ、間近で見てみたかったんだ!」


フィリアは嬉しそうにユースを振り返った。その顔には「今すぐ見に行きたい!」とでも言いたげな笑みが浮かんでいる。


ユースもまた、内心の興奮を抑えきれずにいた。村では手に入らなかった高度な魔法理論、文献としてしか存在しなかった古代魔法の記録。ここには、自分の光属性についても何か手がかりがあるかもしれない。


(これが……知識の宝庫か)


目を細めながら、ユースはアストレイをまっすぐに見据える。


「……ありがとうございます。仮入学、ぜひ手続きを進めてください」


その言葉にアストレイはわずかに微笑み、手元の書類に印章を押した。


「では、これで仮入学の登録は完了です。準備が整い次第、校内の案内と初期オリエンテーションを行います」


「はい!」


元気よく返事をしたのはフィリア。ユースも静かに頷いた。

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