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15.気になる甘い味――王女アリシアの追跡

(※王女アリシア視点)



ラウディア王国、王城の朝は静かで美しかった。


石畳をなぞるように差し込む朝の光が、白と金を基調とした廊下を柔らかく照らす。アリシアは長いブロンドの髪を揺らしながら、大きな窓から庭を見下ろしていた。


その視線の先に、一台の馬車がゆっくりと門をくぐってくる。


「……あら。クラリス?」


ローガン子爵が、今年度の領地報告と王への謁見のために城を訪れるのは知っていた。しかし、その馬車の脇に見えた見慣れた姿に、アリシアは目を細めた。


「ふふっ、せっかくだし……少しお茶でも付き合ってもらおうかしら」


アリシアは近くに控えていた侍女に声をかけた。


「クラリスに、庭のティーテラスに来るよう伝えてちょうだい」


---


庭園の奥、薔薇のアーチが風に揺れる場所に、銀のティーセットが並べられる。


やがて現れたクラリスは、薄いピンクのドレスを身に纏い、上品に一礼した。


「ごきげんよう、アリシア様」


「堅苦しいのはなし。昔からの付き合いでしょう? 座って、クラリス」


クラリスが笑みを浮かべながら席に着くと、アリシアもまた微笑みを返す。


「あの頃を思い出すわね。お互いまだ背も届かないくらいの頃に、こうしてお茶を飲んで……」


「ええ。いつもお菓子の取り合いになって、侍女を困らせていましたね」


二人はくすくすと笑い合う。格式の違いはあれど、子どもの頃から共に育った時間が二人の間に心地よい空気を作っていた。


「そういえばクラリス、最近何か美味しいスイーツを見つけた?」


紅茶を口に運びながら、アリシアは何気なく話題を振った。


クラリスの顔がぱっと輝いた。


「ええ、それが……とても、とても美味しかったんです。口に入れた瞬間、とろけるような甘さで、でもしつこくなくて……言葉にするのが難しいくらいで」


「ふぅん。王都の店にそんなに美味しいお菓子があったかしら?」


「ふふ……実はそのことについては詳しくは言えないんです。ちょっとした秘密ですから」


「……秘密?」


アリシアは少しだけ不満そうに眉を寄せたが、クラリスは涼しい顔で紅茶を口にした。


「私だけの、お気に入り。教えてしまったら私の分が無くなってしまいますもの」


「……ふぅん。でも私も、そのスイーツ、食べてみたいわ」


「――それは……困りましたね」


クラリスは笑いながらも、ほんの少しだけ目を細めた。


アリシアはそれを見逃さなかった。彼女のその態度は、まるで“誰かを隠している”かのようだった。


---


クラリスが城を後にした後、自室に戻ったアリシアは、窓際の椅子に腰かけたままぼんやりと庭を眺めていた。


「……気になるわ」


あの表情。あの言い方。


スイーツの話なのに、どうしてあんなに意味深だったのか。美味しさに隠された何かがあるように思えてならない。


「リリア」


傍らに控えていた侍女がすぐにひざまずく。


「はい、アリシア様」


「クラリスの話していたスイーツのことを調べて。彼女が最近訪れた場所、食べたもの、会った人――全部」


「かしこまりました」


---


──数日後。


アリシアは自室の出窓に腰かけ、紅茶を片手にメイドからの報告を待っていた。柔らかな日差しが白いカーテン越しに差し込み、部屋を包む静寂に心が落ち着く。


やがてドアがノックされ、忠実な侍女リリアが書類を片手に現れる。


「お待たせいたしました、アリシア様。お調べした件について、報告がございます」


アリシアは目を輝かせ、身を乗り出す。


「お願い。教えて、リリア」


リリアは丁寧に頭を下げると、静かに話し始めた。


「まず、ローガン子爵がここ最近に視察へ赴いた先ですが――王国西部の小さな村、《アウル村》であることが判明しました。農作物の品質が向上しており、王都への出荷量も増えております」


アリシアは軽く頷き、興味深そうに続きを促す。


「そしてクラリス様は、その視察に同行されていたようです。時期的にも、スイーツのお話と一致いたします」


「やっぱり……あの子、王都じゃない場所でスイーツを見つけたのね」


アリシアは紅茶のカップを口元に運びながら目を細める。


「また、王都内で買い物をしていた侍女が偶然、クラリス様と若い平民の男女が一緒にいるのを目撃したとのことです。年頃はアリシア様と同じくらい。おそらく成人の儀に参加するために王都へ来ているのでしょう」


「……その子たち、どんな子だったの?」


「詳細は不明ですが、平民風の質素な装いだったとか。クラリス様と親しげに話していたとの証言もあります」


アリシアの瞳がきらりと光る。


「なるほど……なんとなくだけど、スイーツを作ったのはその子たちね……ふふっ」


小さく笑みを浮かべ、アリシアは出窓から立ち上がった。


「でも、成人の儀でその子に会えるかもしれない。クラリスと行動を共にしていたなら、きっと式典にも現れるはず……!」


アリシアは胸の前で手を組み、うっとりと目を閉じた。


「私も、そのスイーツ……食べてみたいわ!」


そして鋭い目付きに戻ると、侍女に向き直った。


「リリア、成人の儀の式典当日、クラリスを見かけたらすぐに私に教えて。彼女の近くにいる子を、逃さず見つけてちょうだい」


「かしこまりました、アリシア様」


──こうして、王女アリシアはクラリスの“秘密のスイーツ”を手に入れるため、密かに動き始めるのであった。

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