14.まだ知らぬ甘さを求めて
翌朝、王都ラウゼリアの空は透き通るような青空だった。
ユースは、まだ見慣れない宿屋の天井を見つめながら伸びをする。
柔らかなベッドの感触、部屋に漂う微かなハーブの香り――村では味わえなかった贅沢な空間に、少しだけ緊張がほぐれていた。
「おはよう、ユース」
「うん、おはよう、フィリア。よく眠れた?」
フィリアもまた、珍しく整った寝癖のない髪でベッドから顔をのぞかせてくる。昨日は王都の賑わいとギルドでの手続きの疲れもあって、ふたりともぐっすりだったようだ。
簡単な朝食を済ませた後、ユースとフィリアはガルドたち《疾風の翼》に挨拶をしてから、王都の街を見て回るために宿屋を出た。
「今日は、王都の店をいろいろ見てみよう。アウス村にない食材も探してみたいし」
「うん、私も興味ある。香辛料とか、果物とか……それに、スイーツのお店も見てみたいな」
「……それが一番の目的じゃない?」と笑うユースに、フィリアはふふっと照れくさそうに笑う。
市場通りに出ると、早くも人の波に飲まれそうになるほどの賑わい。
屋台では焼きたての肉が売られ、香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。露店には乾燥した薬草や香辛料が並び、見たこともない野菜や果物もあった。
「せっかくだし、甘いものを探してみようか」とユース。
「もちろん! 楽しみ〜!」とフィリアがうなずく。
目指すのは王都の甘味処。しかし実際にいくつかの店を回ってみると——
「うーん……見た目は綺麗だけど、味はちょっと薄いね」
「ユースが作るほうが断然美味しいよ」
素材の使い方、甘さの調整、香りや食感——
どれも中途半端で、ユースは王都の“スイーツ文化”がまだ発展していないことを悟った。
(だったら、俺が広めるのもアリかもな)
そう呟いたときだった。宿への帰り道、小さな貴族の屋敷の前で偶然、クラリスと再会する。
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「……あなたたち、たしかアウス村の……」
銀色の長い髪を揺らしながら、クラリスが現れた。
小さなころから育ちの違いを強く意識してきたクラリスは、どこか距離を取った態度を崩さない。
「クラリス様……また会えるなんて思ってませんでした」
ユースが丁寧に挨拶すると、クラリスは微かに笑みを浮かべる。
「わたくしもよ。王都で会うなんて、まるで運命ね」
しかしその様子に、フィリアが一歩前に出て口を挟む。
「……ユースはただの村の子よ。貴族のお嬢様が関わるような相手じゃないわ」
少し刺のある言葉に、クラリスもすぐに応じる。
「でも、王都のスイーツより美味しいものを作れる“ただの村の子”なんて、珍しいわよね?」
二人の間にピリッとした空気が流れるが、当のユースは苦笑いを浮かべて話題を変えようとする。
「クラリス様、王都で甘いものが美味しいお店ってありますか? もっと色々食べてみたくて」
「ええ、いくつか案内してあげる。……でも、味に期待はしないでね?」
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その後、三人で王都の甘味処を巡ることに。
「ここはね、貴族の間では有名なの。……でも、正直、あなたのスイーツには敵わないわ」
ポツリとこぼすクラリス。その声は、どこか悔しさと素直な気持ちが混じっていた。
そして話の途中、ふとクラリスが懐かしそうに笑う。
「そういえばこの前、仲の良い女の子と話をしていて……とても美味しいスイーツを食べたのって、自慢しちゃったんですの」
「へえ、どんな子なの?」
「ふふ、ちょっとお転婆で、わがままだけど……真っ直ぐな目をした女の子ですわ」
そう言って、クラリスは微笑む。でも、どこか勝ち誇ったような雰囲気が混じっていた。
「彼女、とても羨ましがってましたの。『私もそのスイーツ、食べてみたいわ!』って」
「へ、へぇ……」とフィリアが不安げに笑う。
「でも、私は誰にも譲る気はありませんの。たとえその子が……私より身分が上だったとしても、ユースのスイーツも……ユースも、ね」
「……!」
フィリアがぴくりと反応する。
口元は笑っているが、目が真剣だった。
「……ふーん、じゃあ私は、絶対にユースの一番近くで味見し続けるから」
ふたりの視線が火花を散らす。
それでもユースはその空気に気づかず、首を傾げながらつぶやいた。
「……やっぱり王都には、まだスイーツの文化がちゃんと根付いてないのかもな」
「え?」
「もっと色んな味があっていいと思うし、季節感とか、魔法の使い方とか。俺、やっぱり——この街に甘い革命を起こしたい」
その真剣な横顔に、クラリスもフィリアも思わず見惚れてしまう。
(この人なら、王都を変えられるかもしれない——)
フィリアはそっとユースの手を握った。
クラリスもまた、静かにカップを置き、そっと微笑んだ。
(でも、譲る気はありませんわ。アリシア様にも、誰にも——)