12.はじめての旅路と、はじめての戦い
ガルドと《疾風の翼》の面々が村に滞在して数日が経った頃だった。
ユースから「砂糖やデザートはナシ!」と宣言されて以来、彼らの落ち込みようは激しく、訓練の気合いもどこか抜けている始末。
流石に気の毒に思ったユースは、レオンから受け取った食材を使って夕飯を用意。
さらに、ほんの少しだけ特別にジャムとクッキーを添えると、
「ユース……!お前ってやつは……!」
「生きてて良かった……!」
と、涙ぐみながら笑顔を取り戻していた。
そんなにか……と、ユースは少し引きつり笑いを浮かべた。
それからの日々、彼らはいつも通りユースとフィリアの訓練に付き合い、旅の話で盛り上がる。
気づけば、出発の日――。
王都へ向かう馬車に、今回からユースとフィリアも同行することになっていた。
荷物の最終確認を済ませ、ガルドたちと村の外れで合流すると、
「忘れ物はないか?」とガルドが言い、ユースたちも「バッチリです」と答える。
そして、出発の直前。
ユースがみんなの前に立ち
「ローガンさんに言ったこと、皆さん反省しているようなので……今回は特別に、です」
そう言って、ガルドには砂糖を、《疾風の翼》のメンバーには手作りのジャムとクッキーを手渡した。
「お、お前……本当に……!」
「神様かと思った……!」
「今度こそ、絶対にもう言わないから!」
みんな涙をぽろぽろ流しながら、ユースに頭を下げる。
どれだけ甘いものを欲していたのか、ユースは苦笑しながらも嬉しそうだった。
―――
馬車が村を出発して数時間。
初めて見る広い草原、揺れる麦の若芽、小さな川――
ユースとフィリアにとって、そのすべてが新鮮で、思わず目を輝かせる。
「わぁ……すごいね、ユース」
「本当に、絵本でしか見たことない風景だ……」
そんな彼らに、カイルが少し真剣な声で言った。
「今は穏やかだけど、いつモンスターや盗賊が出るか分からないから気を抜くなよ」
「へぇ、こういう時はちゃんとしてるんだ」
と、フィリアがいつもとは違う一面に驚くと、一同が笑いに包まれる。
その和やかな空気を破るように、ミーナが鋭い声をあげる。 「前方、ボアが一体!こちらに向かってきてる!」
ボア——それは巨大なイノシシに似た魔物で、鋭い牙と分厚い毛皮を持ち、突進力に優れている。野生のイノシシよりもはるかに危険な存在だ。
ユースとフィリアは一瞬息を呑んだ。これが、自分たちの“初めての魔物”——。緊張が全身に走る。
「落ち着け、いつも通り訓練した通りにやればいい」
カイルがユースに剣を手渡す。
「ユースは前衛。フィリアは俺たちと後ろから魔法で援護してくれ」
「う、うん……やってみる!」
ユースは震える手で剣を構え、目の前に迫るイノシシ風の魔物に向かって走る。
斬撃が命中し、魔物が怯んだ瞬間――
「今だ、フィリア!」
「火球!」
フィリアの放った火球がボアの背中に命中し、激しい炎が巻き上がる。ボアは苦悶の声を上げ、そのまま地面に崩れ落ちた。
「やった……!」フィリアが息をつき、ユースも力を抜いて膝をつく。
カイルは彼らの元に駆け寄り、二人の肩をポンと叩く。 「よくやった、二人とも。初めてでこれは上出来だ。けど……」
彼は焦げたボアをつまみ上げる。 「火力がちょっと強すぎたな。素材を使うなら、もう少し一点集中を意識しろ。魔物は倒すだけじゃなく、どう倒すかも大事だ」
「うん、気をつける……!」とフィリアが反省の色を見せる。
初めての討伐。達成感と共に、難しさも学んだユースとフィリアだった。
―――
夕暮れが迫るころ、進むには危険と判断したガルドが野営を決断し一行は川辺で野営の準備を始めていた。
火を起こし、テントを張り、食材を分けて調理を始める。
「野営って……本当にするんだね」
「旅って、こういうのが普通なんだね」
初めてのことに興味津々の二人。
「これも立派な訓練」とエルナが言う。
「食事も警戒も、全部自分たちでやる。休める時にしっかり休むのも、大事なスキル」
二人は納得し、ユースはさきほど討伐した魔物の肉を使い、香草と一緒にじっくり煮込んだ料理を作り始める。
ふわりと香るスパイスと肉の匂いに、誰もがごくりと喉を鳴らす。
「美味しそう……!」
「これは絶対、最高の夕飯になるな!」
焚き火の明かりの中、笑顔が広がる。
食後は、ユースとフィリアも《疾風の翼》の面々とローテーションを組み、夜の見張りに参加した。
焚き火のそばで、交代の時間――カイルが少し語りかけてくる。
「王都に行ったら、いろんなことに驚くだろうな」
「村とは違うってことですか?」ユースが尋ねる。
「ああ、建物も人の数も、魔道具も、全部桁違いだ。便利なものも多いが、同時に厄介な連中も多い」
「気をつけるべきことはありますか?」ユースが真剣な顔で尋ねると、カイルは火を見つめながら言った。
「強く見せようとするやつには近づくな。ほんとに強い奴は、黙っててもわかる。
そして――誰かを守りたいなら、まず自分が倒れないことだ」
その言葉は、まっすぐユースの胸に刺さった。
「……はい、分かりました」
夜空には無数の星。静かに風が吹く。
はじめての戦い、はじめての野営、そして旅の夜。
ユースとフィリアの冒険は、まだ始まったばかりだった。