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10.ごちそうと、ひとときの騒動

囲炉裏の火がやさしく揺れ、ほんのり甘い香りが部屋の中に立ち込める。

ユースは大きな木の皿に、焼き立てのふかふかパンと、香草と野菜を使った温かいスープ、そして自慢のハーブグリルを丁寧に盛りつけていた。


「お待たせしました。どうぞ、召し上がってください」


「おお、これは……見た目も香りも素晴らしいな」


ローガンは目を細めて料理を見下ろし、クラリスも興味津々といった様子で顔を寄せた。


だが、その背後ではメイドの一人が素早く前に出て、毒見の準備をしようとした。


「ローガン様、念のため毒見を――」


「いや、必要ない。この料理を見ればわかる。そんなことをすれば、この香りが冷めてしまうだろう」


ローガンが軽く手を上げると、メイドは戸惑いつつも一歩下がった。クラリスもそれを見て、にっこりと笑う。


「さすがお父様。では、遠慮なくいただきます」


二人はスプーンを取り、まずはスープをひと口。


「……っ! これは……なんという優しい味わいだ……」


「な、なんてやわらかいパン! 今まで食べてきた中で一番かもしれない……!」


目を見開き、感嘆する親子に、ユースは少し照れくさそうに笑った。


「アウス村の小麦や野菜は、ほんとに質がいいんです。あと、パンはゆっくり発酵させて、柔らかくなるように工夫しました」


「なるほど……素材の良さに、君の工夫が合わさって、こんなにも素晴らしい料理になるとは……」


食事が進むにつれて、ローガンとクラリスの顔はますますほころび、満足そうに息をついた。


「ふぅ……実に満足だ」


「ほんと……おなかも心も、ぽかぽかになっちゃった」


そのとき、ふとクラリスの目が鋭くなった。


「……そこの貴方? 何をこそこそ食べてるの?」


「え、えっ!? な、なんでもないよっ!」


クラリスの視線の先には、口元を拭うフィリアと、布で隠された小さな皿。その上には、手のひらサイズのケーキがのっていた。


「それ、なに……?」


「……デザートです。『ハチミツケーキ』っていう、村の小麦を使って素朴な生地を練り、ハチミツでほんのり甘みをつけたお菓子で……クラリスさんも、食べますか?」


「……! 食べるっ!」


クラリスがぱぁっと顔を輝かせたのと同時に、ユースがそっと新しい皿にデザートを盛りつけた。


「どうぞ」


「わぁ……!」


見た目の美しさに思わず目を見張るクラリス。

スプーンですくって一口食べた瞬間、クラリスは声を上げた。


「……!! な、なにこれ……! ふわふわで、あまくて、幸せ……!」


その様子を満足そうに見ていたローガンだったが、ふと真剣な目になってユースを見つめた。


「ユース君、どうだろう。君、うちの専属の料理人にならないか?」


「わたしも賛成! ユースが家にいてくれたら、毎日この味を楽しめるわ!」


クラリスも、目を輝かせて言葉を重ねる。だがユースは、少し困ったように首を横に振った。


「ありがとうございます。でも……僕、この村が好きなんです。ここで、やりたいことがたくさんあって。それに……約束したんです。フィリアと、一緒に冒険するって」


「……そう、なの?」


クラリスの瞳が寂しげに揺れたが、すぐに唇を引き結んで言った。


「じゃあ、冒険が終わった後でもいい。もしそのとき、まだ覚えていてくれたら……私の専属の料理人になってくれる?」


「ちょっと!なに言ってるのクラリス!ユースは私と一緒に冒険するの!専属とか言わないでよ!」


「べっつに、専属って言っただけで、ずっとそばにいてって意味じゃ──ちょっとはあるけど!」


言い合う二人の間に、慌ててユースが割って入る。


「ま、待って待って、ケンカはやめてってば!」


その様子を、セラや村長たちも思わず笑みをこぼす。


「ふふ……面白い子たちだな。だが、ユース君。考えておいてくれ。」


ローガンが静かにそう言ったとき、空気がほんの少し引き締まる。


―――


その後、ローガンたちは村の視察へと向かった。


「デザート……もっと食べたかった……」


名残惜しそうに呟きながらも、クラリスは父の後を追って歩き出す。


そして一行が去った後。


「……ふぅ、緊張したぁ……」


ユースがそう呟くと、セラが小さくうなずいた。


「でも、よかったわね。ちゃんと好評で。じゃあ、私たちも……昼ご飯にしましょ」


ユースの料理を囲み、ふたたびあたたかな笑い声が小屋に満ちる。


―――


その日の夕方。


帰りの馬車の中、ローガンとクラリスがアウス村の風景を名残惜しそうに眺めていた。


「……いい村だったな。静かで、土地も肥えている。あれほどの作物、王都でもなかなか味わえまい」

「ね。ユースの料理も、お菓子も……全部、本当においしかった」


クラリスがうっとりとつぶやく。


「お父様、私、やっぱりユースを家に迎えたいな。時間がかかってもいいから」


ローガンはしばし黙っていたが──やがて微笑みながら、こう答えた。


「……ユース君は引く手あまたになるぞ。だが、お前の気持ちも……悪くはないな」


クラリスはにっこりと笑い、窓の外に目を向けた。


「きっと、また会えるよね。ユースに──あのデザートにも!」

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