第7話 恐れ
そこからは、とんとん拍子に事が運んだ。
兵士を脅し、城の構造や領主の書斎の位置を聞き取った。さらに現在二人を捜索している兵士のだいたいの人数と配置も聞き取ることができた。
さらにアイセルの『隠された扉を探す魔法』で隠し通路を探し出した。
幸運なことに、二人が潜んでいた倉庫の中に隠し通路の扉が隠されていたのだ。
「いざというときに宝物を持ち出せるようにしたのでしょうね」
もしかしたら、アイセルは最初から分かっていて隠れる場所にこの倉庫を選んだのかもしれないと、エラルドははたと気が付いた。
結果として隠し通路が存在したのは幸運ではあったのだが。
彼女は思慮深い上に運気まで持ち合わせていると言うことになる。
(まったく、とんでもない人に巻き込まれたものだ)
エラルドは内心で深いため息を吐きながら、アイセルの後を追うように隠し通路の中に入っていった。
もちろん、二人の兵士はしっかり縄で縛り猿轡をすることも忘れなかった。
その隠し通路は城の中を縦に横に張り巡らされていて、領主の書斎にも通じていた。
そして、領主の書斎に忍び込んだ二人は、領主の日記を手に入れた。
領主はたいへんにまめな性格のようだ。毎日記載されている日記には、その日に誰と会ったのか、何を話したのかが克明に記録されていた。
そこに、代官に追加の税の徴収を命じた記録はなかった。
代わりに、数日前のページにはこう書かれていた。
『レジナルド・スニードルについて、前に勤めていた領地からよくない噂が聞こえてきた。彼の行動をよく精査しなければ』
どうやら、領主は代官の悪行に気づき始めているらしい。そんな彼が代官に追加の税の徴収を命じたのなら、日記に記録しないはずがない。
こうして、アイセルとエラルドは『領主様が税の追加を命じていないという証拠』を手に入れたのだった。
そして日が暮れてから領主の城を抜け出し、そのままの勢いで代官の屋敷にも忍び込んだ。
この時にもアイセルの『少し遠くで騒ぎを起こす魔法』が役に立った。
代官もまた、別の意味でまめな人間だった。
横領した金品や麦の量や種類を、きちんと帳簿に起こしていたのだ。
いわゆる裏帳簿である。
支出と収入が見合わなければ、領主から疑われることもあるだろう。その時に、きちんとしたごまかしを成立させるためには、横領したものをきちんと把握していなければならない。
裏帳簿を整理し、そこから虚偽の帳簿をつくる。
これまでも、そうやって横領を誤魔化してきたのだ。
ここまで手慣れているとなると、常習犯だろう。
だが、その悪行もここまでだ。
エラルドとアイセルは、二つの証拠を手に、いったん例の村に戻ったのだった。
* * *
村に戻ったのは夜中を過ぎた頃だったが、村人たちは寝ずに二人の帰りを待っていた。
「戻って来たぞ!」
「二人とも! 無事だ!」
「よかった!」
村人たちは松明を手に広場に集まり、二人を取り囲んだ。
「俺たちゃぁ心配でよぉ」
「眠れなくてよぉ」
口々に二人の無事を喜ぶ村人たちに、アイセルが微笑みかける。
「ご心配おかけしました。こちらは大丈夫でしたか?」
「ああ、あれから何も起こってない」
「よかった」
アイセルがホッと息を吐いた。
その様子をみて、エラルドはまたハッとした。
彼女が町で姿を晒した理由が、ようやく分かったのだ。
代官はエラルドが村を離れれば、再び村に舞い戻って村人たちを痛めつける可能性があったのだ。
だが、彼らに恥をかかせた張本人であるアイセルが町に現れた。
そうなれば、代官たちは村人ではなくアイセルを追う。
しかも彼女が逃げ出した生贄である可能性が出てこれば、村を襲うような暇はなくなる。
(そこまで計算していたのか)
エラルドは思わず舌を巻いた。
だが、やはり分からない。
なぜ彼女は、自分の身を危険に晒してまでも彼らを守ろうとしたのか。
村人たちに囲まれて楽しそうに笑うアイセルの横顔を見ていると、また、エラルドの胸がツキンと痛んだ。
「こちらが、代官が不正をおこなっていたことを証明する証拠です」
アイセルは手に入れた証拠を村長に見せた。
「領主様は追加の税の徴収を命じていません。あの代官が嘘をついて食糧や金品を捲き上げていたのです」
彼女の説明に、村長は頷いた。
「そうですか。では、あの代官はすぐにでもクビになるのですね」
おや、とエラルドは思った。
どうやら村長は、代官の不正について既にアイセルが告発したものと思い込んでいるらしい。
「いいえ。あなた方が何もしなければ、このままです」
アイセルは村長の手に証拠を渡した。
「その証拠を持って、あなた方が領主様のもとへ告発に行くのです」
これを聞いた村長の顔が真っ青になった。
「そ、そんなことできません!」
村長は怯えたように身体をブルリと震わせてから、アイセルの手に証拠を押し付けた。
「どうかお願いします! あなたから領主様にお話しください!」
「なぜですか?」
「我々は、明日からもここで暮らさねばならないのです!」
だったらなおさら、代官の悪行を領主に訴え出るべきだ。
だが、他の村人たちも村長と同じように青い顔で身体を震わせている。
「もしも、その横領が間違いだったら?」
「領主様もグルだったら?」
「代官が誤魔化したら?」
村人たちが、口々につぶやく。
「代官が罰せられれば平和が戻るでしょう。ですが、相手は貴族です! もしも領主様が代官をお許しになったらどうなりますか! 私たちは地獄に落ちることになる!」
その可能性も、もちろんある。
領主も代官も貴族で、貴族の世界では横領も賄賂も当たり前。
代官は許され、訴えを起こした村に報復をするかもしれない。
彼らは、それを恐れているのだ。
だが、よそ者であるアイセルがこの証拠をもって告発するのなら話は違ってくる。
もしも代官が許されたときには、逃げればそれで済む。
この村人たちはここで暮らしている。すぐに逃げられるアイセルとエラルドとは置かれている状況がまるで違うのだ。
「アイセル様」
エラルドが小声で呼ぶと、アイセルがチラリと彼の方を振り返った。
「別の変装をして、明日もう一度領主様の城に行きましょう」
幸い、領主の書斎までの秘密の通路を知っている。
直接告発するのではなく、領主の机に手紙と証拠を置いてくる程度のことはできるだろう。
だが、エラルドの提案にアイセルは頷かなかった。
「それでは意味がありません」
どういうことだろうか。
エラルドが首をかしげていると、村の入り口がにわかに騒がしくなった。
松明を掲げた兵士が数人、村にやって来たのだ。
アイセルとエラルドを追って来たのだろうか。
エラルドは慌ててアイセルの腕を引き、建物の陰に隠れた。村人たちも二人を隠すように動く。
「急使だ! 生贄のご令嬢が王都から逃げ出した! このあたりの村に潜んでいるかもしれない! 心当たりはないか!?」
兵士が大音声で告げる。
次の瞬間、村人たちの視線が一斉にアイセルに向けられた。