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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第1章 理不尽への抵抗
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第5話 彼女の狙い


 村長に教えてもらった裏道のお陰で、町には例の代官たちよりも先に到着することができた。


 領主の町はそれなりの規模だった。

 町の中央には十数件の商店が軒を並べる商店街、その周囲を囲むように住宅地が並び、北の端には小さな神殿もあった。

 領主の城は、さらにその北の山裾に、町を見下ろすようにして建てられている。


「まずは領主様のお城に行きますよ」


 町に到着して馬を下りると、アイセルは迷わず北へ向かった。

 エラルドは馬の手綱を引きながら慌ててその後ろを追いかけた。

 この規模の町なので外から商人の出入りがあるとはいえ、主要街道から外れているのでよそ者は目立つ。アイセルに追いつくと、エラルドは彼女にマントのフードを被らせた。


「いきなり行って会っていただけますか?」


 アイセルが本名を名乗れば可能だろう。なんといっても、国内随一の大貴族であるマクノートン公爵の令嬢なのだから。

 だが、そんなことをすればたちまち捕まってしまうに違いない。


 エラルドの問いにアイセルはきょとんと目を見開いた。


「領主様に会う?」

「そのために城に行くのではないのですか?」


 今度はエラルドが驚いた。

 てっきり領主に会って代官の横暴について直談判すると思ったのに。


「まず必要なのは証拠よ」


 見慣れない二人連れを町人たちがチラチラ見ているが、そんなことは全く気にせず、アイセルは堂々と道を歩いた。


「あの代官が、領主様が命じていない架空の税を村落から徴収していたのなら、それは明らかな横領。だけど、それを証明する証拠がなければ話にならないわ」


 彼女の言う通りだ。

 今二人は『おそらく代官が嘘をついて村落から食料や金品を捲き上げているのだろう』という推測のもと動いている。

 証拠がなければ直談判もなにも始まらない。


「代官の横領を証明するためには、二つの証拠が必要よ。『領主様が税の追加を命じていないという証拠』と『代官が余分に税を捲き上げた証拠』ね」


 その二つの証拠を照らし合わせ、そこに明確なずれがあれば横領が証明されるというわけだ。


 だが、エラルドは再度首を傾げた。


「では、先に代官の方の証拠を手に入れればよろしいのではありませんか?」


 その証拠を領主の元へ届ければいい。領主が税の追加を命じたか否かは、領主に直接尋ねれば済む話だ。


「それでは意味がないのよ」

「どういうことですか?」

「まあ、いずれ分かるわ。まずは領主様の書斎に忍び込むわよ」

「し、忍び込む!? 領主さまの城に!?」


 エラルドが思わず声を上げると、アイセルは可愛らしい仕草で唇に人さし指を当てた。それを見て、エラルドが慌てて両手で口を押える。


「まさか、あの城に忍び込むのですか?」

「そうよ」


 領主の城は華やかさこそないが立派な造りだ。この国では結界のお陰で外敵の侵攻がないとはいえ、内紛が全くなかったわけではない。

 領主同士が小競り合いをしていた時代もあった。

 この城はその頃に建てられたようで、高い城壁が備わっている。

 忍び込むといっても簡単ではないだろう。


 そもそも、貴族の住む場所に忍び込むなど、貴族同士であっても重罪だ。


「問題ないわ。こういう時に役立つ魔法があるの」


 ニヤリと笑うと、アイセルはいったん町の外に出た。東側の森を抜け、北の山側から領主の城に近づく。


 北側は山自体が天然の要塞になっていて、南側の城壁と崖がつながるように造られている。

 だが、平和な時代が長かったせいか城壁の管理は行き届いていない。その必要がなかったからだ。

 城壁の一部が崩れて隙間ができているが、そこに警備の兵の姿もない。


 侵入できそうな場所を確認すると、アイセルは例の生贄手帳を取り出した。

 エラルドが思わず覗き込むと、見慣れない文字が並んでいた。一部はエラルドにも読める文字で書かれている。


「読める?」

「いえ、読解できるのは半分くらいですね」

「そうでしょうね。私も全てを解読できたのは最近になってからよ」


 なるほど、とまた一つエラルドは納得した。

『アイセル・マクノートン公爵令嬢はたいへんな勉強家らしい』と噂されていた理由が分かったからだ。

 彼女は幼少期から王立図書館に足しげく通っていた。

 その話を聞いた人々は感動し、生贄として死ぬ運命にありながら学びを深めようとする健気な姿に涙したものだ。


 だが実際には。

 彼女はいつか逃亡するため勉学に励んでいたというわけだ。


 思わず、ジトっとアイセルを見つめてしまった。

 ほんの少し恨みのこもった視線を向けられても、アイセルは全く動じなかった。それどころか、優雅にほほ笑んでみせた。


「だって『呪文』が分からなければ魔法は使えないでしょう?」


 魔法というものをエラルドはよく知らない。

 だが、騎士として学ぶ過程で耳にしたことはあった。

 ほとんどの魔法は、呪文を知っていれば、誰でも使うことができるのだという。

 ただし、ものによっては使用者が呪いを受けたり、制御できずに暴走したりすることもあったとか。


 呪文を知っていれば使うことはできるが、もちろんその呪文を読めなければならない。

 魔法の呪文は数千年前に生み出されたものなので、古い言語が使われている。生贄手帳にもそのまま古い言語で書かれているらしい。そして、その魔法を見つけた生贄が、現代語で注意事項を書き足していったようだ。


 アイセルはあるページを開き、そこに綴られている呪文を唱えた。


「“騒ぎを起こして”」


 物騒な呪文にエラルドがぎょっと目を見開く。

 次の瞬間、城壁の向こうで破裂音が響いた。次いで、大勢の人の叫び声と悲鳴、そして慌ただしく人が動く気配。


「『少し遠くで騒ぎを起こす魔法』ですって」


 アイセルがニコリとほほ笑んでそのページをエラルドに見せた。


『少し離れた場所でけが人が出ない程度の騒ぎが起こります。例:屋根が落ちるなど。騒ぎに乗じて逃げましょう』


 なるほど。わずかな間、人の目をひきつけるのには効果的な魔法だ。これもまた使用方法が限定される魔法ではあるが。


「さ、今のうちに忍び込むわよ!」


 アイセルは拳を握りしめて気合いを入れると、城壁の隙間から城の中に入っていった。エラルドも一つ溜息をついてから、それを追いかけた。


 だが城壁の隙間を抜けるとき、エラルドの頭に一つの疑問がわいた。


(最初から、山側から来ればよかったのでは?)


 人目に付かないように山側の城壁から忍び込むなら、最初から町には入らずに山側から来ればそれで済んだはずだ。

 だが、アイセルはわざわざ一度町に入った。


(まさか、わざと人目に付くように?)


 だとしても、その理由が分からない。


 エラルドの視線の先では、アイセルが城の壁に張り付いて抜き足差し足で進んでいる。


(……他にも狙いがあるのかもしれない)


 チクリ。

 少しだけ、悔しい気持ちになった。


 彼女はまだ、エラルドを信用していないのだ。

 だから、考えていることを全て打ち明けないのだろう。


 だがそれは当たり前のことだ。

 表面上ではアイセルに従っているが、エラルドはこの国の騎士として彼女を連れて帰ることが正しいと考えている。

 それは彼女も分かっている。だから信用していないのだ。


 それなのに、彼女に信用されていないと分かって歯がゆくて胸が痛む。


(俺も、矛盾だらけだな)


 エラルドは曖昧でどっちつかずで情けない自分の気持ちに鞭打つように、頬をパチンと叩いた。


(あの村のために代官の悪行の証拠を手に入れる。今は、それが最優先だ)


 こうして二人は、領主の城の中に飛び込んでいったのだった。


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― 新着の感想 ―
二回目にして、エラルドの (俺も、矛盾だらけだな) という心の言葉が身に沁みました。二人の立場と、思いがよくわかりました。 一回目はストーリィが気になって気が付かなかったようです。 二人の心の開き具合…
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