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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第1章 理不尽への抵抗

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第4話 矛盾だらけの行動


「さあ、ウィリアム! こいつら全員追い返してちょうだい!」


 ウィリアム? はて、誰のことだろうか。

 エラルドは首を傾げた。


「あなたよ! さっさと剣を抜きなさい!」


 エラルドはハっとした。


(偽名か)


 確かに、せっかく変装しているのに本名で呼ばれたら正体が知られる危険がある。

 偽名の代名詞みたいな安直な名付けではあるが。

 今はそんなことに構っている場合ではない。


 アイセルとエラルドは逃亡中の身で、目立つようなことをすべきではない。だが、すでにアイセルが前に出て堂々と顔を晒してしまっている。

 この状況でエラルドだけが隠れていることに大した意味はない。


 一つ溜息をついてから、エラルドはゆっくりと前に出た。

 その様子を見て、アイセルがゆったりと頷く。


(……戦う必要はない)


 エラルドは剣の柄に手をかけた。

 姿かたちは変わっているが、手のひらにしっくりと馴染む。間違いなく、十八の誕生日から今日まで片時も離れずにいた、愛剣だ。


 すらり。

 鞘から抜き放つと、白刃がギラリと光った。

 両手で構えて、ぐっと腰を落とす。


 その段になってようやく、真っ向から敵を睨みつけた。


 彼の黒々とした瞳に射抜かれた騎士たちは、一様にビクリと肩が跳ねた。

 次いで、その額に玉のような背が滲む。


「ぐ、う、うぅ、ぬぅ」


 役人も言葉にならない唸り声を上げて、じりじりと後退った。


「また来るからな! 覚えていろぉ!」


 そう吐き捨てて、役人は一目散に逃げだした。

 その後ろを騎士たちが慌てて追いかけて、競うように馬に跨り、役人一行は走り去っていった。


「あなた、すごいのね。剣を抜くだけであの人数を退けてしまうなんて」


 褒められるようなことでもないので、エラルドは軽く肩を竦めただけで答えた。


 あの騎士たちは、騎士とは名ばかり。

 抜き身で戦った経験があるかすら怪しい。ただそれらしい格好をして腰に剣を下げ、騎士と名乗っているだけの人間だ。


 この国では、彼らのような騎士の方が圧倒的多数だ。

 なぜなら、外敵の脅威がないから。

 王立騎士団の中にも格好だけの騎士は大勢いた。


 だが、エラルドは違う。


 幼い頃から見習いとして騎士に習い、日々剣術の腕を磨いてきた。正騎士になってからも、鍛錬を欠かしたことは一度もないのだ。


「さて。あの役人、また戻って来るわよ。対策を練りましょう」

「対策って……。我々はすぐにでも出発するはずでは?」


 アイセルの旅の目的は逃亡だ。

 こんなことに関わっている場合ではないというのに。


「放ってはおけないでしょう?」


 にこやかにほほ笑むアイセルに、エラルドは言葉を失った。

 彼女が何を考えているのか、まったく理解できなかったからだ。


 そんな彼を放置して、アイセルはさっさと村長のもとに歩み寄った。


「事情を聞かせてもらえるかしら?」




 村長によれば。

 あの役人の名はレジナルド・スニードル。

 この地域を担当する代官だという。


 代官とは、領主からそれぞれの担当地域の管理を任されている役人だ。

 領民は代官に税を納め、代官がその税を領主に届ける。


 彼は今年の春に赴任してきた代官で、このあたりの村を巡って威圧的に追加の税を徴収しているという。

 既に追加税を払ってしまった村もあるらしく、ますます増長しているらしい。


「追加の税を徴収するなら、領主さまから御触れがあるのではなくて?」


 アイセルの問いに、村長が頷いた。


「はい。その御触れも、代官様がお持ちになりました。ですが、中身を拝見する前にひっこめられてしまいまして……」


 この上なく、怪しい。

 アイセルとエラルドは互いに顔を見合わせた。


「領主様には確かめたの?」

「まさか! 私らのような平民が領主様になんて……」


 村長が青い顔で首を横に振る。

 確かに、領主とはすなわち貴族だ。山間の小さな村で暮らす彼らにとっては、雲の上の存在。


 だからこそ、彼らにとって代官に逆らうことは、とてつもない勇気が必要な行為なのだ。

 あの代官は、それを利用して彼らから食料や金を巻き上げようとしていた。


「許せませんわ」


 アイセルはポツリと呟いてから、今度は懐から地図を取り出した。


「あの代官の屋敷はどちらですか?」

「領主様の町だと思います」

「町、というと……」

「ここですね」


 村長が地図を指さした。

 ここから西へ山を二つほど超えたあたりの山の上に領主の城があり、その周囲に小さな町が形成されているのだという。


「分かりました。では行きますよ、ウィリアム」

「ど、どちらへ?」

「悪代官をとっちめに行くに決まっているでしょう!」


 優雅にほほ笑むアイセルに、エラルドはそれ以上何も言わなかった。

 短い付き合いではあるが、彼女には何を言っても無駄だと分かってきたからだ。




 * * *




 領主の町へは、馬に二人乗りをして向かうことになった。馬車では機動力に欠けるため、いざというときに素早く逃げられないからだ。

 馬を走らせれば半日もかからず到着する距離を、村長に教えてもらった裏道を使って進む。


 道中、険しい表情のままだったエラルドに、アイセルが不思議そうに首を傾げた。


「いつまで拗ねているの?」

「拗ねているのはありません。呆れているのです」

「あら、どうして?」


「……あなたは逃げ出したいのではないのですか?」


 エラルドが問うと、アイセルは即座に頷いた。


「そうよ。死にたくないから。生贄なんて、まっぴらごめんよ」

「では、なぜあの村を助けるのです?」


 思わず、エラルドは手綱を引いた。

 馬がたたらを踏み、足を止める。


「生贄となることを拒むということは、この国の民を危険に晒すということだ」


 アイセルが生贄にならなければ、神の結界が崩壊する。

 そうなれば、あの村の人々も危険に晒されるのだ。


 それなのに彼女は今、彼らを悪代官の手から救わんと自らの危険を顧みずに行動している。


「あなたの行動は、矛盾だらけだ」


 この指摘に、アイセルは困ったような表情を浮かべた。


「そうね。あなたの言う通りだわ」


 そう呟いてから、しゅんと肩を落とした。


「……今からでも遅くありません。王都に帰りましょう」


 小さくなった背中に、エラルドの胸が痛んだ。


(優しすぎるんだ、この人は)


 自分のせいで誰かが犠牲になる。

 屋敷に半ば閉じ込められて育った彼女は、それを分かってはいても、理解はしていなかったのだろう。


 だが、あの村で出会ってしまった。

 結界のおかげで、平和な暮らしを享受する人々と。


 そして、彼らの暮らしが脅かされるのを、見て見ぬ振りができなかった。


(最初からこの人には無理だったんだ)


 自分のわがままのために多くの人を犠牲にすることなど、この人にはできない。


「さあ、帰りましょう」


 今からでも遅くはない。

 自らの足で戻れば、幽閉は避けられるかもしれない。


 エラルドは手綱を引き、馬首を返した。目指すは北、王都だ。


 その手を、アイセルがぎゅっと握りしめた。


「ダメよ」


 再び手綱を引き絞る格好になり、馬が足を止める。


「私は絶対に帰らない」

「ですが」


「あなたは私の騎士でしょう?」


 キっと睨みつけられてエラルドが怯んだ。


「私の願いを叶えるのが仕事だと言ったじゃない」


 確かに言った。

 たった二日前のことだ。

 エラルドはぐっと押し黙った。


「騎士ならば自分の言葉に責任を持たなきゃ、ね?」


 こう言われてしまっては返す言葉がない。

 エラルドは深いため息を吐いて、再び馬首を返した。


 馬が「またか」と言わんばかりに、不満げに鼻を鳴らした。




 * * *




 そんな彼らの様子を、一人の男が見ていた。

 村にやって来た役人に付き従っていた騎士の一人だ。


(あの騎士はただ者ではない)


 自分たちが名ばかりの騎士であることは分かっている。だが、それを差し引いたとしても、あの黒髪の騎士の気迫はすさまじいものだった。


 名のある騎士かもしれない。

 ということは、彼を「私の騎士」と呼んだあの町娘もまた、ただ者ではないに違いない。


 だが、そんな二人が、あんなちんけな村にいたとなると、それもまたおかしな話だ。


『何か裏があるに違いない』


 そう考えた役人が、騎士の一人に尾行を命じたのだ。

 案の定、二人は領主の町に向かって移動を始めた。


(なにやら話し込んでいるが会話の内容までは聞こえないな)


 騎士は気づかれないように距離を離したまま、二人の後を追ったのだった。


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