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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第4章 人の願い

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第39話 奇跡が生まれる場所


 絶対に諦めない。

 そう決めたエラルドは、まず王子に辞職を願い出た。

 彼は騎士だ。

 本来であれば騎士団に戻らなければならない。


 だが、この辞職を王子はすんなりと認めた。


「アイセル嬢を救う方法を探しに行くのだな?」


 王子の問いに、エラルドは苦笑いを浮かべた。

 どうやら彼には何を考えているのか筒抜けだったらしい。


「彼女は生贄となって、光の中へ消えた。だが、これを『死』と断ずるのは早計、というわけか」

「はい。私たちは魔法について何も知りません。ですから、彼女の身体も魂も、今もどこかに在る。その可能性を否定できないのではありませんか?」

「否定できないだけだ。可能性はほとんどない」

「それも、分かっています」

「それでも行くのか?」

「はい」

「いいだろう。ダリルを使え。報酬は王家がもとう」

「よろしいのですか?」

「ああ。アイセル嬢も騎士エラルドも、今やこの国の英雄だ。その二人のためならば協力は惜しまない」

「感謝します」


 こうして、エラルドは自由民ダリルの協力を取り付けることができた。


『この世界で最も魔法に精通している人を探してほしい』

 そう頼まれたダリルは、困ったような表情を見せながらもすぐさま動いてくれた。

 一か月もかからず、彼は数人の候補者をリストアップしてくれたのだ。

 雷鳴のゼフィロス、虚空のアルマス、月影のリゼリア、無明のオルデラン……。

 大層だがうさんくさい名前が並ぶリストに、エラルドは眉をひそめた。

 それを見たダリルが肩をすくめる。


「あんたが探しているのが、『本物の魔法』を知っている人物だということは分かっている。だが、現代でそれを見つけ出すのは砂漠で砂金を探すのと同じだ」


 確かに、無理難題を頼んでいるということは分かっている。だが、必ず見つけ出さなければならないのだ。


「ここからは、足を使って探すしかない」

「なるほど。これらの人物を訪ね歩いて、本物を探せということか」

「ああ。……途方もない旅になるぞ」


 その旅をもってしても、彼の願いが叶う保証はどこにもない。


「それでも。私は行きます」


 力強く言ったエラルドに、ダリルも頷いた。


「いいだろう。最後まで付き合う」

「いいのか」

「これだけ骨身を削って働かされたんだ。金貨五十枚ぽっちじゃ足りないんだぞ」


 ダリルはビシッとエラルドを指さして、ニヤリと笑った。


「報酬の代わりに、最後まで見届けさせろ。いいな」


 こうして、エラルドとダリル、そしてエンゾの三人は、『本物の魔法』を探して旅立ったのだ。




 大陸の各地で出会った魔法使いたちは、口をそろえて言っていた。


『世界のどこかに、奇跡が生まれる場所がある』と。


 どこにあるのかは判然としない。

 だが、どこかにある。


 その場所を探して世界を巡り、三年後、とうとうその場所に辿り着いたのだ。




 * * *




 大陸の北の最果て。

 そこには勇壮な山がそびえたっていた。

 山頂はどこまでも高く、雲に隠れて見えない。


 その山の頂が、どうやら目的の場所らしい。


 エラルドとダリル、エンゾは、五日をかけてその山を登り切った。幸い天候にも恵まれて、比較的楽に山道を進むことができたのだ。


「アイセルの幸運が、俺たちにうつったのかもな」


 ダリルが可笑しそうに笑った。


 夏だと言うのに、山頂付近にはまだ雪が残っていた。

 その雪の中に、小さな小屋が立っていて。

 扉の前に一人の老人が佇んでいた。


 その老人は白いひげをたっぷりと蓄え、不思議な服を身にまとい、大きな杖を持っていた。


「なんとまあ、本当に来るとは思わなんだぞ」


 老人はエラルドの顔を見るなり呆れた表情を浮かべた。


「人の願いとは、まったくもって難儀なものだのう」


 ぶつぶつと言いながら、老人はエラルドに歩み寄った。

 そして、彼の肩をポンと叩く。


「ふむふむ。まあ、愛とは人を強くするものだ。

 ……よく来たな」


 老人の何もかも知ったような口ぶりに首を傾げていると、小屋の方から物音がした。

 ガシャン、と何かが落ちて壊れる音がして。


 思わずそちらに目をやると。




 黄金の瞳が、エラルドを見つめていた。




「エラルド……?」


 バラ色の唇が震えて、自分の名を呼んでいる。


 エラルドは、それに応えるよりも早く駆けだしていて。

 めいっぱいの力で彼女を抱きしめた。


「エラルド、エラルド……!」

「アイセル様……!」


 互いの名を呼びながら抱き合う二人を、ダリルも老人も優しく見守っていた。エンゾは、やっぱり男泣きに泣いていた。




「『奇跡が生まれる場所』か。うむ。確かに、そうなのかもしれんなぁ」


 パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、老人が優しく語り始めた。

 アイセルがなぜここにいたのか、その理由をダリルが知りたがったからだ。


「ここには人の願いが集まりやすい。ただ、それだけのことだ」


 アイセルは遠くからやってきた三人を小屋の中に招き入れ、ミルクを温めてくれた。そして彼女が編んだのだという、温かいブランケットを着せかけてくれる。

 小屋の中には、彼女の暮らしの気配があふれていた。


 この三年間、アイセルはこの場所で過ごしてきたのだ。

 そのアイセルは全員の飲み物を準備すると、少し照れた表情を浮かべながらエラルドの隣に座って、彼にピタリと寄り添った。


「あの日、神は怒りと呪いを浄化され、光の中へ消えていった。その直前、どうやらこの娘を道連れにすることを不憫に思ったらしい」

「あの神が、ですか?」


 あのどす黒い気配を思い出して思わず顔をしかめたエラルドに、老人が声を立てて笑った。


「神とは人智を越えた存在。元来、気まぐれなものじゃ」


 言われてみれば確かにそうだとエラルドは思った。

 なぜならあの神は、エラルドが証明の門をくぐった時、彼に悪意はないと証明したのだから。

 あのどす黒い恨みと憎しみが神の本質だったなら、きっとエラルドは門の下で炎に焼かれて死んでいただろう。


(あの神の気まぐれで生かされたのだろうか。

 それとも……)


 考えても、もはや誰にも分からないことだ。

 エラルドは頭を振った。


「神は光の中に溶けて消える直前、娘をこの地に置いていったのじゃ」

「では、なぜすぐに帰っていらっしゃらなかったのですか? 知らせをいただければ迎えに来たのに」


 エラルドが言うと、アイセルが小さく肩を竦めた。


「それも神様の気まぐれ。私は迎えが来るまでここを動けない。そういうルールを決められてしまったの」


 なんという、ややこしい。


「ふぉふぉふぉふぉ。最期の最期に、神は試したかったのじゃろう、人間を」


 老人が可笑しそうに笑うと、つられてアイセルもほほ笑んだ。


「人がその願いに見合うだけの生き方を示せるか。

 神は、確かめたかったのかもしれんなぁ」


 きゅっと、アイセルがエラルドの手を握った。


「私は信じていたわよ。あなたが、必ず迎えに来てくれるって」


 彼女の手から温もりが伝わってくる。

 確かに、彼女はここに生きている。


 思わず、エラルドはアイセルを抱きしめていた。


「……奇跡に感謝します」


 唸るように言ったエラルドの身体を、アイセルが優しく抱き返す。


「その奇跡を引き寄せたのは私たちよ。

 胸を張りましょう」


 神の気まぐれに導かれ……。

 否、自らの手で奇跡を引き寄せて。


 二人は、再会を果たしたのだった──。








次回、最終話です。

本日の夜、投稿を予定しています!

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