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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第4章 人の願い

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第33話 二つの財産


 公爵に断じられ、ルベリカは身体の力を失くしてその場にうずくまった。

 彼がここまで断定的に語ったからには、証拠があるのだろう。そうなれば、ルベリカに言い逃れはできない。


 このまま罪を認めるだろう。

 誰もがそう思った。


 だが。


「う、うぅぅぅ、あああぁぁぁ!!!!!」


 彼女は獣のような唸り声を上げながら、髪を掻きむしって立ち上がった。

 そして、その細く節くれだった人さし指で公爵を指した。肩も腕も指先も、力が入り過ぎてブルブルと震えている。


「何を他人事のように!

 あなたの娘でしょう!」

「そうだ。私の娘だ。その娘を、そなたが殺した」

「違う! 殺したのはお前だ! 全て知っていたなら、お前がミーナを守ればよかったんだ!」


 彼女の主張はあながち間違ってはいない。

 公爵がすべての真実を知っていたとすれば、それは昨日今日のことではないはず。もっと前から知っていたのなら、ミーナの危険を察知することもできたはずだ。


「もちろん、そうした」


 この段になって、エラルドは公爵が強く拳を握りしめていることに気が付いた。

 強く握り過ぎた拳は、血が止まって青白くなっている。


「あの夜、私はミーナを隠すために彼女を屋敷から連れ出したのだ」


 あの夜、とは、ミーナが殺された夜のことだろう。


「ところが、その途中でミーナが逃げ出したのだ。……魔法を使ってな!」


 魔法、その言葉に再び聖堂に騒めきが広がる。

 この国では歴史の中に埋もれてしまった技だ。まさか、ここでそんなおとぎ話のような言葉が出てくるとは誰も思っていなかったのだろう。


 だが、アイセルとエラルドだけは違った。

 二人は、魔法というものが存在することを知っているから。


「アイセルと騎士エラルドが捕えられた夜も、ミーナは魔法を使って夜会の招待客を操った。その他にも、計画を円滑に進めるために様々な魔法を使ってきた

 ……そうだろう、ルベリカ」


 ルベリカは何も答えられず、公爵を指さしたままの格好でわなわなと身体を震わせた。

 肯定したのと同じだ。


「そなたの実家が、古くから魔法を引き継いできたことは分かっている。……その力が、そなたを欲深くさせたのだろうな」


 これにもルベリカは何も答えなかった。


「力を得て肥大した欲は、そなたには分不相応な願いを持たせた。その結果が、これだ」


 もしもルベリカに魔法がなければ。彼女が結界の消滅などという壮大な計画を思いつくことはなかっただろう。


 そして、もし彼女に魔法がなければ。

 ミーナは公爵によって身を隠され、今も生きていたはずだったのだ。


「そなたが殺したのだ」


 改めて公爵が断じると、今度こそルベリカはその場にペタンと座り込んだ。その身体が、恐怖なのか怒りなのか怨嗟なのか、ガタガタと震えている。



「どうしてなのよ! 私は! 私が! 誰よりも愛される人間になりたかっただけなのに! 誰よりもキレイなドレスを着て、誰よりも大きな宝石を身に着けて! 私こそがこの世で最も尊い人間になるはずだったのに! どうしてうまくいかないの! どうして! どうして! どうして!!!!!」」


 もはやほとんど意味の分からない叫び声を上げるルベリカに、公爵が深い深いため息を吐いたのだった。




 この断罪劇の後、セディリオ王子の命ですべての関係者が捕えられた。


 ルベリカはもちろん、彼女の兄も。そして、二人に協力した貴族たちも芋づる式に捕らえられていった。


 その過程で、ルベリカの実家で密かに引き継がれてきたという魔法の書物が押収された。

 そこには、生贄日記にひけをとらないほどの数の魔法が記されていたという。『群衆を混乱に陥れる魔法』『秘密の文書を運ぶ魔法』『手紙の一部を書き換える魔法』などが、それだ。


 彼女はこれらの魔法を駆使して公爵家の後妻に入り、計画を進めていたのだ。


 そして、調査の過程でもう一つ分かったことがあった。


 ミーナは、公爵の娘ではなかった。


 ルベリカは公爵の愛をつなぎとめるためには子供が必要だと考えた。だが思うように妊娠しなかった。

 そして彼女は、公爵と共に過ごさない夜には、別の若い男を部屋に呼んでいたのだ。

 ミーナの父親は、その男たちの誰かだろうと、ルベリカ自身が牢の中で自白したという。


「だからあの子は私の娘なの! 私があの子を自由にして何が悪いというの!」


 それが彼女の主張だった。


 だがそれを聞いた公爵は、特に動揺することはなかったという。

 公爵家の籍からミーナの名を抜くこともせず、改めて葬儀を執り行い、彼女を先祖代々の墓に埋葬した。

 最後まで、自分の娘として丁寧に弔ったのだ。




 ことの顛末をアイセルが聞いたのは、ミーナの葬儀から二週間後のことだった。

 セディリオ王子は、連日の取り調べや裁判でくたくたになりながらも、彼女にすべてを語って聞かせてくれたのだ。


「公爵は爵位も領地も財産も、何もかも返上すると言ってきた」


 これにはアイセルも驚いて目を見張った。

 罪を犯した本人でもないのに、そこまでする必要はないはずだ。


「公爵にもいろいろと思うところがあって、妻の計画を知りながら黙認していた。その罪を償いたいという」

「思うところ、ですか?」

「そうだ」


 言いながら、王子は懐から小さな包みを取り出した。中身は肖像画だった。手のひらに乗る程の小さな額縁の中にで、金髪の女性がほほ笑んでいる。


「アイセル嬢、あなたの母上だ」


 驚いてパッと顔を上げた彼女に、王子が優しくほほ笑みかける。


「公爵家の財産は全て王家に返上する。だが、二つだけ娘の手元に残してほしいものがあると懇願された。

 一つは、この肖像画。

 そしてもう一つは、アイセル嬢が持っているダイヤモンドの指輪だ」


 あの指輪だ。

“愛しい人へ”

 古い魔法で、そう刻まれた指輪。

 アイセルが唯一、父である公爵から贈られた宝物。


「理由は聞かせてもらえなかったが。

 ……もう、聞かなくても分かるだろう?」


 その途端、アイセルの黄金の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。


 結界を消滅させようとするルベリカの陰謀を、黙認していた理由。

 思い当たることは一つしかない。


「私の、ために……?」


 結界がなくなれば生贄も必要なくなる。

 彼は、そのためにあの計画を黙認していたのだ。


「時機をみてルベリカに計画の協力を申し入れるつもりだったのだろう。アイセル嬢の命と引き換えに。

 だが、それよりも早くアイセルが自分の足で逃げ出し、ルベリカの陰謀を止めるために自らの足で戻ってきて、彼は頭を抱えただろうな」


 王子は少しばかり可笑しそうに笑ってから、アイセルの手に彼女の母の肖像画を握らせた。


「後のことを頼むと、念押しされたよ」


 アイセルはポロポロと涙を流しながら、愛おしそうにその肖像画を撫でた。

 そして、エラルドの方を振り返る。


「ありがとう」

「え?」

「あの時、この指輪を大切に持っていくべきだと言ってくれて」


 確かに、そんなこともあった。

 エラルドは少し照れくさくて、ポリポリと頬をかく。

 そんな彼の仕草に、アイセルの笑みが深くなった。




 王家は公爵の領地と財産の返上には応じた。

 ただし、爵位の返上には応じなかった。

『罪を償い、いずれ国のために報いよ』

 そう言って、国王は北の果ての王領への蟄居を命じたのだった。


 公爵が北へ旅立つ日。

 アイセルはエラルドに頼んで王都の外まで見送りに出た。

 ただし、公爵と顔を会わせることはしない。

 彼はきっと望まないだろうとアイセルが言ったから。


 二人は王都から北へ続く街道を見下ろす小高い丘の上から、公爵の一団を見送った。


「……」


 二人乗りの馬の上で、アイセルがじっと公爵の乗る馬車が往くのを見送る。

 アイセルの表情は切ないようにも見えたが、清々しくもあった。


 親子が直接話したわけではない。

 長年の間に積もり積もったわだかまりが全て消え失せたわけではない。

 だが。


 いつか、きっと。

 ただの親子として再会することもできるだろう。


 何も言葉にせず、アイセルはただ黙って父を見送った。

 昇る朝日を背にした、その横顔が。


 あまりにも美しくて。


 エラルドもただ黙って、彼女を見守ったのだった。




 ──儀式の日まで、二週間を切った。


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