表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第4章 人の願い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/40

第32話 お前が殺した


 中央神殿の聖堂でミーナの葬儀が行われたのは、その三日後のことだった。

 国内のほとんどの貴族が集まったのではないかと思うほど、聖堂は黒い喪服姿の人であふれていた。


「西の用水路に浮かんでいたって」

「事故なんでしょう?」

「それが、どうも違うらしいわ」

「前日の夜に行方が分からなくなったって」

「私もみましたよ、探し回る公爵家の騎士を」

「それじゃあ、まさか……?」


 そこかしこから聞こえてくるヒソヒソ声に、アイセルが眉を寄せている。


 といっても、今日は黒いレースのヴェールを身に着けているのでその表情は見た目では分かりにくい。ただ、エラルドには今彼女がどんな表情をしているのか手に取るように分かった。


 あなたが気にすることではないという気持ちを込めて、握っていた手に力を込める。

 すると、アイセルが小さく頷いた。


「大丈夫よ」


 本当ならこの葬儀も欠席したいところだろうが、彼女は公爵家の令嬢なのでそうもいかない。


 アイセルとエラルドは人波の中を祭壇の方に向かって進んだ。

 二人に気づいた人々から、さらにヒソヒソ声が広がっていく。


「あまり仲がよろしくなかったと聞きましたけど?」

「ええ、ずいぶんお姉様に嫉妬していたとか」

「まさか、それが原因で?」

「でも、エラルド様は証明の門で」

「そうよね。あのお二人が何かするはずないもの」

「いったい何があったのかしらね?」


 ミーナの死はアイセルとは無関係ではない。

 人々はみな、そう思っているのだ。


 そしておそらく、間違っていない。


 彼女の死は、一連の陰謀と無関係であるはずがないのだ。


 祭壇の奥では、一人の神官が神の像に向かって祈りを捧げている。

 喪主である公爵は祭壇のすぐ近くで、その祈りに耳を傾けていた。

 公爵夫人でありミーナの母であるルベリカは、棺に縋り付いて肩を震わせている。


「遅い」

「申し訳ございません」


 公爵の硬い声に、アイセルは黙って頭を下げた。


 アイセルとエラルドは、アステラルから王都に戻ってからは公爵邸には帰らず王宮にてセディリオ王子の賓客として過ごしている。

 既に社交界で調査に励む必要はなく、あとは儀式の日まで無事に過ごせばいいだけなので、その方が安全だと判断したからだ。

 公爵家の騎士の一部はルベリカに抱き込まれていることも分かったので、公爵邸が最も安全な場所ではなくなった、という事情もある。


 公爵には詳しい事情を話していないが、特に帰って来いと言われることもなかった。

 彼は基本的に、アイセルの行動が公爵家に不利益とならない限り不干渉を貫く、ということらしい。


「王子殿下から弔花をお預かりしてまいりました」


 アイセルは、抱えていた白いユリの花束を差し出した。


 王族は、たとえ公爵家といえども臣下の冠婚葬祭の場に出席することはできない。全ての家の招待を受けることは不可能なので、不公平を生まないためだ。


 そのため、王族は貴族の葬儀には弔花を送る。このユリの花は、王宮の庭園で王子が自ら摘んでくれたものだ。


『十三、か。私がもっと早く動いていれば……』


 花を摘みながら、王子は悔しい気持ちを隠しもせずに唇を噛みしめていた。


 彼女がなぜ殺されたのかは分からない。

 だが、彼の言う通り、もっと早く裏切り者の断罪を行っていれば。ミーナの命を救うことはできたのかもしれない。


「棺へ」


 公爵に促されて、アイセルは花束を手に一歩、棺に近づいた。

 すると、ルベリカが顔を上げて髪を振り乱しながらアイセルの方に振り返った。


 その表情に、エラルドは思わず後退りしそうになる。


 美しかったはずの顔は頬がこけ落ち、真っ青な顔色を隠すために白粉を大量に使ったのだろう、その顔色にはまるで体温が感じられない。ミーナとお揃いのサファイヤの瞳は、白眼を血走らせながらギョロリとこちらを見ていた。


 そして真っ赤な口紅に彩られた唇が、怨嗟の形に歪む。


「お前が!」


 ルベリカの叫び声に、聖堂が静まり返った。


「お前が殺したんだ!」


 アイセルは何も答えず、黙って頭を下げた。

 否定することもできただろう。

 だが、彼女はそれをしなかった。


 ミーナは自分のせいで死んだ。


 きっと彼女は、そうやって自分を責めているのだ。


「ルベリカ、落ち着きなさい」


 公爵が声を上げるが、ルベリカの怒りは収まらなかった。


「どうしてこの娘がのうのうと生きているの!?

 ミーナは死んだのに!

 早くこの娘を捕えてください!

 殺してよ!」


 髪を振り乱しながらルベリカがヒステリックに叫ぶ。

 その肩を公爵が抱きしめようとしたが、それすら彼女は振り払って。


「返して! 私の娘を返して!!!!」


 悲痛な叫び声だ。


 だが、それを遮る人がいた。


「いい加減にしろ!」


 公爵だ。

 ルベリカの夫でありミーナの父である公爵が、怒りをあらわに怒鳴りつけると、ルベリカはヒクリと喉を鳴らして黙り込んだ。


「ミーナが死んだのは、ルベリカ、全てそなたが原因ではないか!」


 静まり返る聖堂の中、


「は……?」


 ルベリカの間抜けな声が妙に響き渡った。


「そなたが何をしようとしていたのか、私は全てを知っている」


 この公爵の一言に、今度は一気に騒めきが広がっていった。

 アイセルもエラルドも驚きに顔を見合わせた。そして、アイセルは素早く聖堂の隅に待機していたエンゾに目配せを送った。


 これも予測していた事態の一つではあった。

 もしもルベリカの側に動きがあれば、この葬儀の場で断罪することもあり得るだろう、と。


 まさか、公爵が動くとは予想していなかったが。


 エンゾは目配せの意味に気づき、素早く聖堂の外へ走った。これから王子を呼びに行くのだ。


「な、なにをおっしゃっているのですか」


 ルベリカの顔が、さらに白くなっている。

 まさか公爵にすべてが知られているとは、思っていなかったのだろう。


(いや、見て見ぬふりをされていると信じていたのか)


 自分は公爵に許されている。

 そう思っていたのに、裏切られたという気持ちだったのかもしれない。


「そなたがこの国を裏切り、フリギアスと密約を結んでいることは知っている」

「み、密約だなんて、そんな……」

「アイセルを殺し、結界を消滅させる。それが成功すれば、フリギアスに亡命する予定なのだろう?」


 ズバリ言い当てられて、ルベリカの表情が氷のように固まった。


「だがアイセルには騎士エラルドがついていた。そこでミーナを使って油断を誘いアイセルを殺そうとしたが、これも失敗。今度は神殿を利用して騎士エラルドを証明の門の裁きにかけさせた」


 公爵が淡々と告げる中、神官たちの動きもにわかに大きくなった。

 一人、また一人と神殿の兵が聖堂に集まってくる。


「だが、騎士エラルドは門から生還した。

 思惑が外れ、アイセルの身柄まで王家にとられ、そなたらも神殿も大いに慌てたことだろう」


 聖堂の入り口の方からは、王家の騎士たちがなだれ込んできた。こういう事態のために、すぐ近くに騎士団を待機させていたのだ。


 聖堂が物々しい雰囲気に包まれていくが、それでも公爵は表情を変えず、淡々と話し続けた。


「ミーナを殺したのは、神殿だろう」


 ピリリと聖堂の中に緊張が走った。

 これまで顔色一つ変えずに祭壇の奥で待っていた年かさの神官の眉が、ピクリと揺れる。


「ルベリカの計画を知り、見せしめのために殺したのだろう。もしくは、生贄の儀式を邪魔するなという牽制か、それとも、王家に生贄を奪われた腹いせか」


 この段になって、とうとうセディリオ王子も聖堂に到着した。


 神殿、王家、裏切り者、大勢の貴族、そして生贄アイセル。

 それぞれの思惑を抱えた人々が、とうとう一同に介したのだ。


 そして今、その中心にいるのはマクノートン公爵。

 これまで沈黙を貫いてきた彼が始めた断罪劇に、誰もが釘付けになっている。


「そなたが直接手を下したのではない。

 だが、ミーナを殺したのは、そなただ。ルベリカ。


 そなたの欲が、娘を殺したのだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ