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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第4章 人の願い

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第31話 切り札


 かわいそうだから。

 みんなに大事にされる。


 かわいそうだから。

 何をしても偉いねって褒められる。


 かわいそうだから。

 一番になれる。


 かわいそうだから。


 だから、私もほしかっただけなの。


「それなら、代わってもらえばいいのよ」


 そんなことできるの?


「あの娘を殺して、黄金の瞳を奪えばいい」


 そうしたら、私もかわいそうになれる?


「ええ、そうよ。

 世界で一番、かわいそうで。

 世界で一番、愛される女の子。


 さあ、悲劇を、手に入れなさい」


 うん。

 私、きっと手に入れてみせるから。


 見ていてね、お母さま──。




 * * *




 セディリオ王子と騎士たちがアステラルの裁判所に突入してきたのは、エラルドが門から生還した直後のことだった。


「騎士エラルドの無罪は証明された! 今すぐ解放しろ!」


 この命令に神官が逆らえるはずがない。

 なぜなら、絶対的な存在である神が彼に悪意がないことを証明してしまったのだから。


 さらに王子はアイセルの身柄引き渡しを要求した。


「騎士エラルドはアイセル嬢を守る騎士だ。

 ならば、そのアイセル嬢にも悪意がないものと断定して、差し支えなかろう?」


 これにも、神官たちは逆らえなかった。

 アイセルの両腕を拘束していた神官の力が緩む。


 その瞬間、アイセルは駆けだしていた。

 傍聴席を駆け下り、最前列の柵にとりつく。


「エラルド!」


 叫ぶアイセルの声は震えていた。


 その声に応えるように、手かせと足枷を外されたエラルドが、駆けだす。


 そして、アイセルは。

 柵を越え、彼の胸に向かって飛び込んだ。


 騎士は危なげもなく少女を抱きとめて、その身体を抱きしめる。


 ふたりの再会に、民衆がワッと沸き立った。

 歓喜と興奮が渦巻く中、二人は長いこと、そうして抱き合っていたのだった。




 * * *




「いろいろと予想外のことは起こったが、何事もなく二人を救い出せてよかった」


 無事に再会を果たした二人は、アステラルにある王家の別邸にて休息をとることになった。

 十日程度とはいえ軟禁生活を強いられていたので、まともに入浴もできていなかった二人のために、王子は暖かい湯と豪華な食事を準備してくれた。


 その食事の席には、王子だけでなくダリルとエンゾの姿もあった。


「まさか、自分の足で門をくぐるとは思わなかった」


 深い息を吐いたのはダリルだ。


「お前を助けるために、門の外には仲間が待機していたんだぞ」


 ダリルは自由民、国境を自由に越えることができる。

 そんな彼は、エラルドを救い出すために国外の仲間に協力を仰いでいたのだ。


「王子から神殿に圧力をかけたが、暖簾に腕押し。とにかく騎士エラルドは裁きにかけると神殿は譲らなかったんだ。しかも、エラルドを捕えている牢の警備は万全、移動中も全く隙がなかった」


 これには王子も顔をしかめた。


「神殿の警備に協力した人間がいる。もちろん、ルベリカとその兄の協力者だ」


 敵は、それだけのことをしてまでも、エラルドを始末したかったということだ。


「エラルドを助けられるチャンスがあるとすれば、それは敵が絶対に手を出すことのできない瞬間。つまり、門の外に出た、あの一瞬だけだったんだ」


 だから、ダリルは門の外に仲間を待機させていたのだが、エラルドが自ら門の内側に向かってしまったため、その準備は無駄に終わってしまったというわけだ。


「悪いな」

「いや、そうだな。……お前ならそうすると、少し考えれば分かったことだ」


 ダリルの苦笑いにエンゾも頷く。


「お前はアイセル嬢を一人置いて逃げたりしない」


 男たちは感心したとばかりに深く頷き合った。だが、アイセルだけはこれに納得しなかった。


「一歩間違えれば死んでいたのに!」


 怒鳴られて、エラルドがぎゅっと首を竦める。


「すごく、心配したんだから」


 アイセルが震える声で言うものだから、エラルドは食事の手を止めてそっと彼女の手を握った。


「申し訳ありません。ですが、あなたを置いて死ぬつもりは微塵もありませんでした。

 ……あの時は、なぜか大丈夫だと確信できたのです」


 不思議な感覚だった。

 だがあの瞬間、確かにエラルドには確信があった。

 自分はあの門を越えられる、と。


「だが、不思議な話だ」


 王子がトンと指先でテーブルを叩いた。


「生贄を寄越せと言ったのは神なのに。その生贄を逃がそうとしたエラルドに悪意がないと証明された」


 確かに、これでは矛盾がある。


「神と結界、そして生贄……。この関係にも、何か我々の知らない秘密があるのかもしれない」

「秘密、ですか?」

「ああ。結界に関することは、神殿の管轄だ。王家でも下手に口出しはできない。実際、生贄の儀式には神殿の関係者以外立ち会うことができないんだ」

「では、神殿が何か隠しているのかもしれない、ということですか?」

「そうだ。

 ……もう一つ切り札を増やせるかもしれないな」


 言ってから、王子はダリルの方をチラリと見た。

 その視線を受けて、ダリルが軽く息を吐く。


「まったく人使いが荒い」

「できるか?」

「報酬次第ですね」

「金ならいくらでも払う」

「国庫にそんな余裕が?」

「結界が消えれば今よりも貿易がさかんになるぞ。そうなれば、大儲けだ」

「後払いですか。……まあ、いいでしょう」


 王子とダリルの軽妙なやりとりに、思わずアイセルがクスクスと声を立てて笑うのを見て、エラルドはホッと胸をなでおろした。

 どうやら、普段通りに戻ってきたようだ。


「まあなんにせよ」


 王子がカツンと音を立ててフォークを置いた。次いでグラスに注がれたワインを一気に飲み干す。


「神が認めたのだ。騎士エラルドに悪意はないと。

 これは、こちらにとって最大の切り札になる」


 彼の言う通りだ。


「神のお墨付きを得たエラルドには、もう神殿は手出しできない。同時に、その彼が守る私にも、神殿はとやかく言えなくなった、ということね」

「そうだ。これで、ずいぶん動きやすくなるぞ」


 ニヤリと王子が笑う。


「今回のことで貴族たちにも動きがあったので、裏切り者の協力者はあらかた洗い出すことができた」


 準備は整った、ということだ。


「王都に戻り次第、裏切り者を断罪する」


 そうなれば、次は結界をどうするのか。

 それを決めなければならない。


 王家は結界の破棄を望んでいる。

 一部の貴族もこれに賛同している。

 だが、多くの人は安全な暮らしを望んでいるはずだ。


 王子が、じっとアイセルを見つめた。


「生贄の儀式まで、残された時間は一か月と少しだ。

 その日までに、答えを出してくれ」


 結局、結界をどうするのか。

 それを最終的に決めなければならないのは、生贄であるアイセルなのだ。


 この数か月、王子は彼女に答えを急かすことはしなかった。

 だが、時は刻一刻と迫っている。


 王子の真摯な問いかけに、アイセルは確と頷いた。


「はい」




 一行は王都に戻ると、すぐにルベリカとその兄を断罪する準備に入った。


 そんな彼らのもとに、衝撃的な知らせが届いたのは、儀式の日までちょうど一か月、という日のことだった。


「ミーナ・マクノートン公爵令嬢が、死体で発見されました」


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