表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第3章 悪意の証明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/40

第30話 神の裁定


 抵抗は、できなかった。

 表向き、アイセルは生贄になることを拒んでいないことになっている。

 もしもここで抵抗すれば、公爵家も、そして二人に便宜を図ってくれたセディリオ王子までも、神に逆らったとして神殿に糾弾されることになる。


 それに、ここで神殿に捕まることは最悪のシナリオではない。

 神殿はアイセルを生贄の儀式まで生かしておかなければならないのだから、少なくとも彼女の身の安全は保障されるからだ。


「必ず助けます」


 別れ際、エラルドはアイセルの耳元でそっと囁いた。

 彼女が確かに頷いたのを確認して、エラルドはアイセルの手を離したのだった。


 その後、二人は神殿の兵士たちに囲まれ、別々に神殿まで移送された。




 この決断に間違いはない、はずだった。




 * * *




「証明の門……?」


 告げられた一言に、アイセルの呼吸が止まった。


 神殿に連れてこられ、その最奥に位置する塔の上に幽閉されてから三日後のことだった。


「騎士エラルドは、あなたに逃亡を唆すという重罪を犯しました」


 覆面を着けた神官が淡々と告げる。


「故に、証明の門にて裁きを行うことが決まりました」


 ひゅっと、冷たいものが喉を通り抜けた。


「まさか、彼は何もしていません!」

「いいえ。セディリオ王子殿下が嘘を言ってお二人を庇ったことは分かっています。あなたは騎士エラルドに唆されて国境の外に逃げようとした」

「違います!」


 彼は巻き込まれただけだ。

 他でもないアイセルに。


「これは決定事項です。あなたにも、事の顛末を見守っていただくためにアステラルに同行していただきます」


 それだけ言って、神官は部屋から出て行ってしまった。

 ガチャンと扉に鍵がかけられる。


「そんな……!」


 証明の門による裁き。

 あの、青い炎に焼き尽くされた罪人の姿が脳裏にこびりついている。


「どうして……っ!!!!」


 なぜエラルドが罪を問われなければならないのだ。


 彼女の叫びは、誰にも届かなかった。




 * * *




 証明の門の街、アステラルまでは格子のはめられた馬車で移送された。

 エラルドも一緒かと思ったが、彼とは別の旅程で連れていかれるという徹底ぶりだった。


(助けは間に合うかしら)


 ダリルもセディリオ王子も、彼を見捨てるような真似はしない。

 それは断言できる。

 王子は神殿に二人を解放するように働きかけているはずだ。


 それが間に合わなければ。

 エラルドがあの門に連れていかれてしまう。


(せめて生贄日記があれば)


 迂闊だったとしか言いようがない。


 神殿に捕らえられたとき、アイセルは生贄日記を持っていなかった。ドレスを着ているときには持ち歩くことができないからだ。

 夜会や舞踏会に出るときには、鍵のかかるキャビネットにしまってあった。


 それに社交界に出るときには常にエラルドが隣にいるので、必要ないと思っていたのだ。敵が公衆の面前でここまで派手な動きをするとも思っていなかった。


 念のため緊急時に必要な魔法をメモした紙片を持っていたが、自分の身を守る魔法ばかりを書き留めていたので今の状況では役に立たない。


 自分だけが逃げ出しても意味がないのだ。


(アステラルに着いたら……)


 隙を見て逃げ出して、エラルドを助け出そう。

 アイセルはアステラルに向かう馬車の中、どうやって彼を助け出すのか、その方法ばかりを考えたのだった。




 だが、その機会は訪れなかった。


 エラルドはアステラルに到着すると同時に、裁判所に引っ立てられてしまったのだ。


 両腕を神官に捕まれ、引きずられるようにしてアイセルが傍聴席に連れてこられた時には、もうすでにエラルドは証明の門の前に立たされていた。


「エラルド!」


 アイセルが叫ぶ。

 その声が歓声にかき消される。

 今日も傍聴席は満員で、大勢の人々が罪人の裁かれる姿を見物するために集まっている。


「罪人! 騎士エラルド・カーンズ!

 生贄アイセル・マクノートン公爵令嬢に逃亡を唆し、彼女と共に国外に逃げようと謀った!」


 覆面の神官が罪状を読み上げる。


「違うわ! 彼が唆したんじゃない! 私が彼に頼んだのよ!」


 アイセルは必死で叫んだ。


「彼は私を守ってくれただけ!」


 神官の腕をふりほどこうともがく。

 だが、振りほどけない。

 二人の神官にはまるで心がないのか、淡々とアイセルの両腕を拘束し続けている。


「裁くなら私を裁きなさい!」


 やはり彼女の叫びは誰にも届かない。


(早く、彼を助けないと!)


 だが、頭の中の冷静な自分が言う。『不可能だ』と。


(魔法を……!)


 そうだ。魔法を使ってエラルドのもとに駆け付けよう。


(せめて、一緒にあの門をくぐらなければ)


 その瞬間だった。


 エラルドの黒い瞳が、アイセルの金の瞳を捉えた。

 どんなに距離が離れていたって分かる。


 彼は今、まっすぐに。

 アイセルを見つめている。


 まるで時が止まったような気がした。

 周囲の音がかき消えて、世界に二人だけになったかのような錯覚におそわれる。


「だいじょうぶ」


 彼は確かに、そう言った。




 * * *




(まさか、ここに連れてこられるとは)


 沸き立つ傍聴席を眺めながら、エラルドの心は静かなものだった。


(おそらく敵は、何よりもまず私とアイセル様を引き離すべきだと判断したのだな)


 そうしなければ、アイセルに指一本触れることができない。そう判断したのだろう。

 だから、彼女の身柄が神殿に匿われるのと引き換えに、エラルドを罪人に仕立て上げさせたのだ。


(見事、としか言いようがないな)


 結界を消滅させるためにアイセルを殺す。

 そのために、まずエラルドを消す。


 その目的のために、敵はリスクをとってまで神殿を利用したのだ。


 誰も予想すらしていなかった。

 まさに見事な計画だ。


 感心している場合ではないことは分かっている。

 だが、こうなっては逃げることも不可能だ。


 傍聴席にアイセルがいる。

 ボロボロと涙を流しながら、何かを叫んでいる姿が痛ましい。


「だいじょうぶ」


 その言葉は、彼女に届いただろうか。


「罪人を門の外へ!」


 神官に背を押され、門の外に追い出された。


(……ここが、外の世界か)


 思わず空を仰いだ。

 国境から外は、ただの草原だった。

 見上げれば、どこまでも高い、澄んだ空が広がっていて。


 風が、どこかへ向かって吹いていく。


(一足先に来てしまったな)


 思わず苦笑いが漏れる。

 本当なら、彼女と一緒にこの空を見るはずだったのに。


 ──ガシャン。


 手かせに繋がれた鎖が鳴った。

 その先には、二頭の牛。

 これから、この牛に引かれて強制的に門をくぐらされるのだ。


 だが、そんなものは必要ない。


 エラルドは、自分の足で門に向かって歩き出した。

 神官たちが驚きに目を見開くのが分かる。


(神よ)


 心の中で呼びかけた。

 だが、もちろん。

 返事などない。


(私の願いは彼女の幸せ。

 ただ、そのためだけに彼女を守ると決めた。


 逃げ出すことが彼女の幸せなら、それを助ける。

 戦うことでしか幸せが得られないなら、彼女のために戦う。


 それが私だ。


 もしも、それが罪だというなら。


 裁いてみるがいい!)


 門の直下を通り過ぎる。

 その瞬間、ヒヤリと冷たい何かが脳天から足先まで通り過ぎた。


 見透かそうとしているのだ。

 神が。

 エラルドの全てを。


 それでも、エラルドは怯まなかった。




 静寂が落ちる。

 エラルドは、門の内側に立っていた。




 悪意はない。

 それを、彼は証明してみせたのだ。










第3章「悪意の証明」完!

第4章「人の願い」へ続く!!!!

残り10話で完結します!


ここままでお読みいただき、ありがとうございます!!


面白いなぁ、続きが気になるなぁと思っていただけましたら!

評価&ブックマークをよろしくお願いいたします!

いいね、感想、レビューも、お待ちしております!!!!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ