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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第3章 悪意の証明

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第29話 大切なもの


「アイセル様!」


 エラルドは叫ぶと同時に一人目の騎士の頸に手刀を叩きこんだ。頸動脈を打たれた騎士が倒れる前に、エラルドはその腰から剣を奪う。


 今日の彼は護衛騎士ではなく招待客として来ていたので剣を持っていないのだ。


「ふせて!」


 アイセルがその場に伏せると同時に、エラルドが鞘におさまったままの剣を横なぎに一閃。

 二人の騎士が腰を打たれてその場にうずくまった。


 その隙に、アイセルが呪文を唱えた。


「“締め上げて!”」


 次の瞬間、残っていたもう一人の騎士が、


「ぎゃああ!」


 悲鳴を上げて股間を押さえつけた。

 そのまま床に倒れてのたうち回る。


 その様子に、思わずアイセルの頬が引きつった。


「そんなに?」

「だから使わないでくださいと言ったのに!」


 エラルドは真っ青な顔で叫びながら、うずくまっていた騎士をさらに打ち据えて、昏倒させる。


 あっという間の出来事だった。


 その様子を、ミーナがナイフを振り上げた格好のままポカンと見ている。

 何が起こったのか理解できなかったのだろう。


「さあ、ナイフを下ろして」


 アイセルが声をかけると、ミーナの顔がカーっと赤くなった。


「何よ! 何よ! なによ!!!!」


 叫びながらミーナがぶんぶんと闇雲にナイフを振る。細い腕におぼつかない手つきで、いまにも自分を切りつけてしまいそうだ。


「ミーナ、落ち着いて!」


 今にも飛び出していってミーナを止めようとするアイセルを、エラルドが背の後ろにかばった。

 彼女にけがをさせるようなことがあってはならない。


「いっつもいっつも、あんたばっかり!」


 ミーナが金切り声を上げると同時に、ナイフが彼女のドレスの裾を引き裂いた。


「お姉様はえらいね、すごいね、かわいそうね! みんなみんな、お姉様の話ばっかりで!」


 今度はナイフが髪をかすめて、花をかたどった銀の髪飾りが弾ける。ミーナはほどけた髪を、ナイフを持つ手とは反対の手で鬱陶しそうにかきむしった。


「髪だって! お姉様とお揃いでキレイねって! そうじゃないでしょ! これは私の髪よ! キレイなのは私! 私なのに!」


 ふーふーと荒い呼吸を繰り返しながら、ミーナがアイセルを睨みつける。


「お姉様が生贄だから、可哀そうだから。だからみんなお姉様ばっかり見るのよ。私だって、こんなに可哀そうなのに!」


 ナイフを握るのに力を入れ過ぎて、ミーナの小さな手が真っ白に染まっている。


「だからぁ、ちょうだぁい」


 ぐにゃり、少女の顔が醜く歪む。

 何が、彼女をこんな風にしたのか。

 たった十三歳の少女が、どうしてこれほど欲にまみれた醜悪な表情ができるというのか。


「ねえ、いいでしょう? 逃げたいんでしょう? 私が代わってあげる!」


 ミーナがナイフを大きく振りかぶった。


「ミーナ!」


 素人で動きは読みづらい。

 だが、こんな少女の細腕一本を止めることはエラルドには造作もないことだった。


 ただ一つ心配なのは。

 この少女を傷つければ、アイセルが悲しんでしまうだろう。


 エラルドはとっさに左腕を差し出した。


 ザクっと皮膚を裂く感覚に次いで、傷みが襲う。

 だが深くはない。

 いくら鋭利なナイフとはいえ、こんな華奢な少女では服と皮膚のほんの表面だけをきるのがやっとなのだ。


 エラルドは間髪入れずにナイフの刃に拳を叩き込んだ。


「きゃあ!」


 ミーナの手からナイフが離れて、床に落ちる。それを彼女の手の届かないところに蹴り飛ばした。


 再びミーナの顔が驚愕に染まる。

 今度も何が起こったのか分からなかったのだろう。


「なんでよ……」


 次いで、その表情が憤怒に染まる。


「なんで! なんで! なんで! なんで!」


 フラフラと後退りながら、ミーナは自分の顔を、髪を掻きむしった。


「何で思い通りにならないのよ! お母様! お母様ぁ!!!!!!!!!」


 とうとうミーナは泣き声を上げて、クルリと踵を返し、厨房から出て行ってしまった。


 一瞬追いかけようかとも思ったが、エラルドにはそんなことよりも大切なことがある。


「アイセル様」


 すぐに振り返って、彼女の顔を覗き込んだ。

 その顔色は真っ青で、唇が震えている。


 当り前だ。

 今起こったことに衝撃を受けないはずがない。


「落ち着いて、深呼吸をしてください」


 言いながら、エラルドは自分のマントを脱いで彼女の肩に着せかけた。その上から、細い肩を撫でる。彼女の気持ちが少しでも落ち着くように。


 ややあって、アイセルの唇からほっと息が漏れて、その肩からわずかに力が抜けた。


「あ、あなた、腕は!?」


 落ち着いたと思ったら、アイセルはすぐに顔を上げてエラルドの左腕に掴みかかった。


「刺されたわよね!?」

「はい。ですが大したことはありません」

「ナイフで刺されたのに、大したことないはずないでしょう!」


 アイセルは慌ててエラルドの袖をまくった。

 確かにしっかりと切り傷がついていて、血がにじんでいる。だが、特に血管を傷つけたわけでもないので出血も大したことはない。


「こんな傷、放っておけば治ります」

「何言ってるのよ」


 アイセルは怒ったように言ってから、ポケットからハンカチを取り出した。

 彼女自身が丹精込めて刺繍を施した純白のハンカチが真っ赤な血で汚れるのも気にせず傷口に当てる。


「……ごめんなさい」

「なぜ謝るのですか」

「私の妹じゃなかったら、あなたが怪我することもなかったわよね」


 ミーナを傷つけないためにエラルドが怪我を負ったのだと、彼女は気づいているようだ。

 だが、そんなことで彼女が申し訳ないと感じる必要はない。


「問題ありません。お二人にけがをさせずに済んだ。それが本望です」


 それを聞いたアイセルは、きゅっと唇を引き結んで、それっきり黙り込んでしまった。


 エラルドは厨房の外の様子に耳を傾けた。

 残念ながら『少しだけ耳が良くなる魔法』は既に効果が切れている。

 だが、外の様子はなんとなく聞き取ることができた。


「庭園も広間も、まだ混乱していますね」


 人々が逃げまどう声と足音が鳴りやまない。

 だが、これもじき収まるだろう。

 そろそろ、セディリオ王子にも知らせが届き、騎士団が駆け付けて来る頃だ。

 そこで神殿の過激派と衝突することもあり得るが、あの王子がそんなへまをするはずがない。


「もうしばらく、ここに隠れていましょう」


 厨房の床は床材の石がむき出しで冷たい。エラルドは上着を脱いで床に敷き、そこにアイセルを座らせた。

 その隣に自分も座り込む。


「……どうしてなのかしらね」


 ぽつり、アイセルがこぼした。


「みんなが、あなたみたいだったらいいのに」

「私みたい、ですか?」


 思わずエラルドが問い返すと、アイセルは泣き笑いを浮かべた。


「私だけじゃない。私の大切なものも、守ろうとしてくれる」


 アイセルがきゅっと肩を丸めて、エラルドの身体に身を寄せる。彼女が自分の胸元に顔を埋めるのに、エラルドは特に抵抗はしなかった。


(彼女の騎士として、今すべきことは……)


 エラルドは、マント越しにアイセルの身体をぎゅうっと抱きしめた。


「お互いの大切なものを大切にし合える。そういう世界なら、いいのにね」


 アイセルの声が、わずかに震えているような気がした。




 そのまま二人は、夜中過ぎまで厨房に隠れていた。

 騒ぎが収まった頃に出て、公爵邸に帰ろうと思っていたのだ。


 だが、そう上手くはいかなかった。


「いたぞ!」

「生贄と騎士だ!」

「捕らえろ!」


 神殿の兵士に、見つかってしまったのだ。


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