表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第3章 悪意の証明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/40

第26話 世界で最も美しい女性


 舞踏会の会場は、王宮の大広間だった。

 今夜の舞踏会は王家の主催で、社交期を王都で過ごしている貴族のほとんどが出席している。


 渦中の人であるアイセルとエラルドが登場すると、参加者たちの視線が一気に集まった。


 しかも逃げ出した生贄とその騎士が互いの瞳の色の服を着ていたものだから、貴族たちは驚きと興奮を滲ませた目で二人を見つめた。


「……目立っていますね」

「そうね。でも分かっていたことじゃない」


 アイセルは時の人だ。

 当然、彼女が登場すれば注目されるのは分かっていたことだ。

 だが、エラルドにとっては初めての舞踏会なので、まったく想像がついていなかった。思っていたよりもずっと多くの視線に晒されて冷や汗が止まらない。


 そうこうしている間に、舞踏会の始まりを告げるファンファーレが鳴り響いた。


「国王陛下ならびに王妃殿下、王子殿下の御入場です!」


 侍従が高らかに告げると、広間の最奥の一段高くなっている場所に国王と王妃が現れた。その隣に三人の王子が並ぶ。


「皆よく集まってくれた。今宵はどうか楽しんでくれ」


 国王が簡単に挨拶すると、次にセディリオ王子が前に出た。


「私の友が長い旅から帰って来たので、ここで紹介させてほしい」


 思わずギクッとした。

 彼の言う友とは、まさか。


「アイセル・マクノートン公爵令嬢! 騎士エラルド・カーンズ!」


 名前を呼ばれて予想が確信に変わる。


(こんなの聞いていないぞ!)


 焦るエラルドをよそに、アイセルは周囲に見えないように配慮しながら彼の背をぐいっと押した。


「早く前へ」

「し、しかし……」

「ここでセディリオ殿下に恥をかかせたら、それこそ二度と社交界に出てこられなくなるわよ」


 それはそれで願ったりかなったりなのだが。

 とは思ったが、エラルドは大人しくアイセルに従って前に出た。


(裏切り者を探すためには社交界に入って探るのが最も有効的な手段。だから、これは、……必要なことだ)


 エラルドは自分に言い聞かせた。


 二人が前に出ると、セディリオ王子が満足げに頷いた。

 そして、満面の笑みを二人に向ける。


 そのとろけるような笑顔に、会場中から感嘆の息が漏れるのが聞こえた。


「二人には私の頼みで南まで旅をしてもらったのだ。国民には不安な思いをさせて申し訳なかった」


 ようやく王子の思惑が分かった。

 こう言ってしまえばアイセルの逃亡はそもそも王子の命令だったことになる。これ以上誰もアイセルに文句を言えなくなるのだ。


 もちろん、神殿も。


 会場の隅では覆面をつけた神官たちが顔をしかめるのが見えた。王子に先手を打たれてしまって、忸怩たる思いだろう。


「実りある旅だったようだ。……その成果は、いずれ国民にも還元されよう」


 聞く人が聞けば含みのある言い方だが、多くの貴族たちはそれとは気づかずに笑顔で拍手を送った。


(いま表情を変えた貴族は要注意、ということだな)


 エラルドは拍手に目礼するふりをして、会場を見回した。アイセルも同じように会場に笑顔を振りまいている。


「さすがセディリオ殿下ね」


 こそりと言ったアイセルに、エラルドが頷いた。


「はい。見事です」


 たった二言三言話しただけで、王子は神殿を牽制し、貴族たちから多くの情報を引き出してみせたのだ。

 彼が貴族たちからの信頼を集めているという証左でもある。


(それにあの笑顔は、最強の武器だな)


 王子は自分の容姿や表情、仕草に至るまで自分の武器として駆使しているのだ。


(これが、政治か)


 エラルドにとっては未知の世界だ。

 だが、今は。

 アイセルを助けるために、その世界で戦わなければならないのだ。


 改めて覚悟を決めなければならないと、エラルドはぐっと拳を握りしめた。


「では、音楽を!」


 王子のその一言を合図に、楽団の演奏が始まった。

 今夜は総勢四十名の楽団員が舞踏会に華を添えるために集まっている。

 室内オーケストラによる豪華なワルツに乗って、最初に国王と王妃が優雅な踊りを披露した。

 それが終わると、後は無礼講。

 参加者は誰もが好きなようにフロアに出てダンスを楽しむことができる。


「さ、踊りましょう」

「え」


 思わず声が上ずった。


「まさか踊れないの?」

「いえ、一応、習いはしましたが……」


 多くの貴族がそうであるように、騎士にとってもダンスは必須科目だった。

 騎士が貴婦人をエスコートすることも少なくないということで、見習いの頃にみっちりしごかれている。


「得意ではありません」


 憮然と言ったエラルドにアイセルは声を抑えて、だが楽しそうに笑った。


「ふふふ。じゃあ、ゆっくり踊りましょうね」


 言いながら、アイセルがエラルドの手をちょんちょんと引っ張った。


 そんな二人の様子を多くの人が見ている。

 舞踏会に出てきたのだからもちろん二人は踊るはず、と多くの貴族たちが期待の眼差しを向けているのだ。


(アイセル様に恥をかかせるわけにはいかない)


 意を決して、エラルドはアイセルの手を引いてフロアの中央に進み出た。

 その際、頭の中で昔習ったステップを反芻しながら歩くエラルドを見て、またアイセルが楽しそうに笑う。


「大丈夫。音楽に合わせて身体を揺らしていれば、それなりに見えるものよ」

「いえ、私も騎士の端くれですから。

 やり遂げてみせます」


 硬い声で言ってから、エラルドは右手でそっとアイセルの腰を抱いた。

 その細さに、思わず身体がすくむ。

 今夜の彼女はドレスを着るためにコルセットで腰を締め上げているので、いつもより細く感じられたのだ。


 だが、そんなことに怯んでいる場合ではない。

 今度は左手でアイセルの手をすくい上げた。


 アイセルの小さな手が、きゅっとエラルドの手を握り返す。

 そして彼女の反対の手がエラルドの肩に添えられて。


 いよいよ、二人の距離がゼロになる。


 身体を寄せ合うのは、何も今日が初めてではない。

 馬車に二人乗りをして山を越えたことも、追手から彼女を隠すために抱きすくめたことも、彼女の肩を抱いて涙をぬぐったこともある。


 だが、今夜は。


 黒と金の最上級のドレスを身にまとった世界で最も美しい女性が、エラルドの腕の中にいる。

 その奇跡に、思わず眩暈がしそうだった。


 くるくる、くるくる。

 ワルツの音色に合わせてステップを踏む度に、ひらひらとドレスの裾が舞って。

 黒と金が、絡み合いながらフロアを進む。


 ふと、アイセルと目が合った。

 黄金の瞳がスっと眇められて、彼女の表情がふにゃりと緩む。


「楽しいわね」

「そう、ですね」


 実際のところ、エラルドはステップを追うのに必死で楽しむ余裕などないのだが。

 それでも彼女が楽しそうだから。

 それだけで満足だった。




 一曲踊った後、二人は腕を組んで談笑しながらフロアの中を動き回った。

 アイセルが『少しだけ耳がよくなる魔法』を使い、その耳を使って貴族たちの会話を盗み聞きするためだ。


 今夜は国内のほとんどの貴族が集まっている。

 必ず、裏切り者に関する情報が得られるはずだ。


 しばらくして、二人は核心的な会話を耳にすることになった。


「あの娘、まさか帰ってくるとは」

「セリアンからすぐにでも国境の外に出るかと思ったのですが……」

「セディリオ王子が何か仕掛けたのか?」

「どうも、そのようです」


 あまりにもあからさまなその会話は、バルコニーから聞こえてきた。

 社交界では、秘密の会話をする場所としてよく使われるのがバルコニーだ。前面は庭園で見通しがよく、背面は大きな窓と分厚いカーテンで遮られるため、内緒話をするのにうってつけなのだ。


『少しだけ耳がよくなる魔法』を使っているアイセルとエラルドには、会話の内容が筒抜けになってしまったわけだが。


 二人は顔を見合わせてから別のバルコニーを通って庭園に出て、植木の陰から話している人間を覗き見た。


 そこにいたのは、モスグリーンの夜会服を見事に着こなしている中年の美丈夫。


 そして。


 アイセルの継母、ルベリカだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ