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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第3章 悪意の証明

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第24話 王子の計画


 第一王子セディリオは、エラルドにとって因縁浅からぬ相手だ。


 なぜなら、その彼こそがエラルドがアイセルの護衛になったきっかけの人物。

 御前試合でうっかり王子に勝利してしまったエラルドが送られた閑職、それがアイセルの護衛だったのだ。




「気まずい?」

「……それなりに」


 王子からの呼び出し状を受け取った翌日、さっそくアイセルとエラルドは王宮を訪れた。


 今日のアイセルは粗末な綿の服ではなく、鮮やかなブルーのデイドレス姿だ。装飾は控えめだが、スカートの縁に施された刺繍と彼女の引き締まった身体を引き立てるシルエットが美しい。

 もちろんエラルドも今日は騎士団の制服を着ている。


 騎士にエスコートされて王宮の廊下を気品たっぷりに堂々と歩く公爵令嬢に、すれ違う貴族や官僚たちが見惚れている。


 そもそも逃げ出した生贄がこうして帰ってきて、なんの制限もなく出歩いていること自体に疑問があるのだろう。顔をしかめている者も少なくない。


「王子殿下はあなたを左遷させた張本人ですものね」

「ええ」

「その前は親しかったの?」

「まさか。私は一介の騎士ですよ?

 騎士団の剣術稽古で何度かお顔を拝見しただけで。御前試合まではお手合わせしたこともありませんでした」


 エラルドは一応伯爵家の出身だ。といっても彼の実家は田舎に小さな領地を持つ弱小貴族。代々有能な騎士を輩出していることで有名ではあるが、中央政治とは関りがない。

 しかも彼は三男で爵位を継ぐことはできず、エラルド自身は一代限りの騎士爵を持つに過ぎないのだ。


「アイセル様は、王子殿下と面識が?」

「王家主催の舞踏会で一度踊ったことがあるだけよ」


 アイセルは国内随一の大貴族の令嬢。生贄として不自由な暮らしをしていたとはいえ、社交界に出ることが全くなかったわけではない。

 その時に顔を合わせたようだが、本当に踊っただけだったようだ。

 アイセルは小さく肩を竦めた。


「どんな人なのか分からないけど、ダリルが引き合わせようとしているんだもの。敵ってことはないと思うのよね」


 現状、彼らにとって誰が味方で誰が敵なのか、それすら分からない状況だ。裏切り者を探りながら一人でも多く信頼できる味方を見つけなければならない。

 王子は、その一人になる可能性があるということだ。


「そうですね。ダリルは信用できる人間ですから」


 なにやら隠し事をしている様子ではあるが、それを踏まえてもダリルは二人にとって信頼できる仲間だ。その彼が設定した面談なのだから、意味があるはず。


「行きましょう」

「はい」


 二人が呼び出されたのは応接間ではなく、王子の執務室だった。より私的な話をするつもりがあるということだ。


 部屋に到着すると、すぐ室内に案内された。

 案内した侍従は早々に下がり、室内には王子とアイセル、エラルドの三人だけになる。


「お久しぶりですね、アイセル嬢」


 王子は光り輝くような美しい青年だ。

 絹糸のような柔らかい色合いの栗色の髪がサラサラと揺れ、その隙間から覗く榛色の瞳には思慮深さが、美しく弧を描く唇には知性が見える。

 だがその体つきに隙はなく、宮廷服の下には騎士顔負けの剣術を披露するだけの筋肉を備えている。


 まさに、文武両道。

 この国の未来を担うに相応しい、立派な人物だ。


「騎士エラルドも、長旅ご苦労だった」


 その妙な言い回しに、アイセルもエラルドも首を傾げた。


(まるで俺たちが旅に出て帰ってくることが、あらかじめ分かっていたかのような……)


 そこまで考えて、エラルドはハッとした。

 あの御前試合で、必ずエラルドを倒すという気迫で迫って来た王子の顔を思い出したのだ。その気迫に負けて、エラルドは思わず王子に反撃をしてしまったのだ。


「二人とも良い顔をしている。……試合で負けた甲斐があったな」


 王子がニヤリと笑った。


「まさか、あの試合は!?」

「ああ。騎士エラルドを左遷するために、わざと本気を出させた。それと気取られぬように試合を運ぶため、死ぬ気で訓練したのだぞ」

「そんな……!」


 つまり、エラルドがアイセルの護衛騎士になったのは王子の企みだったということだ。


 驚きをあらわにするエラルドの肩を、アイセルがポンと叩く。

 エラルドと違って彼女の方は冷静だ。


「事情を話していただけますね?」


 いや、違う。


(怒っているんだ)


 アイセルの身体からひやりとした気配が立ち上っているように見えるし、彼女の冷たい声に部屋の中の温度が下がったようにも感じられた。


 その怒りに当てられて、王子の頬がひくりと引きつる。


「もちろんだ」


 立ったままではということで、三人はソファに腰かけた。テーブルに準備されていた温かい紅茶を、アイセルがさっとカップに注ぐ。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 エラルドの紅茶には砂糖を一つ。

 実は甘党の彼のために、彼女はいつもそうしてくれる。


 その様子を見て王子が優しくほほ笑んだ。


「ふむ。これは計算外だな」

「何がですか?」

「二人がそういう関係になることまでは、想定していなかった」


『そういう関係』とは。

 言われた意味が一瞬分からずきょとんと目を見張ったエラルドだったが、次の瞬間には理解した。

 頬に火が付いたかのように顔が熱くなる。


「ち、違います!」

「違うのか?」

「私は、アイセル様の騎士です! 決して、そ、そんな、や、やましい気持ちなどありません!」

「そうか」


 王子はあっさりと返事をして優雅に紅茶に口を付けた。その正面ではアイセルがぶすっと唇を尖らせている。


「……私の騎士をからかわないでください」

「申し訳ない。思わず、な」

「それに私たちは忙しいので、さっさと本題をお話しください」


 不機嫌なまま王子をせっつくアイセルに、エラルドはハラハラした。相手は王子だ。不敬だと言われれば罰せられることもある。

 だが、王子の方はアイセルの態度を特に気にする様子もなく、苦笑いを浮かべて一つ頷いた。


「まずは謝罪だな。俺はあなた方二人を利用したんだ」

「利用、ですか?」

「ああ。アイセル嬢が逃亡を企てているという情報を得て、裏切り者をあぶりだすためにその逃亡を利用することにしたんだ」


 王子はアイセルが逃亡するよりも早く、裏切り者の存在に気づいていたということだ。


「だが問題は、アイセル嬢一人では逃亡は不可能だということ。そこで、信頼できる騎士をあなたの側に送る必要があった」

「それがエラルドですか?」

「そうだ。騎士団長に『たとえ命を懸けることになっても一人の女性を守り抜く。そういう本物の気概を持った騎士は居るか』と尋ねたら、騎士エラルドを置いて他にはいないと即答された」


 エラルドは思わず天を仰いだ。

 騎士団長にそこまで評価されていたことは嬉しい反面、少し気恥ずかしい。


「騎士エラルドの評価を聞けば聞くほど適任だと確信したよ。君ならきっと、アイセル嬢が逃げたいと言えば手を貸すだろう、と」


 その予想通り、エラルドはアイセルの逃亡に手を貸した。


「そしてあなたの思惑通り、裏切り者が動き出した?」

「その通り。フリギアスとゼノビア、この二国のどちらかもしくは両方と通じていることが分かっただけでも大収穫だ」

「ですが、とても危険な賭けだったのでは?」


 王子の計画にはいくつもの危険が孕んでいる。

 もしも道中でアイセルが死んだら、予想よりも早く国境の外に逃げたら。

 裏切り者をあぶりだせたとしても、それでは損害が大きすぎる。


「だから、俺が最も信頼する人物に、あなたたちを助けてほしいと頼んだ」


 ふと、王子が部屋の奥に視線をやった。

 本棚の陰から出てきたのは、ダリルとエンゾだった。


「……全てあなたの手のひらの上だった、ということですね」


 旅の途中、彼女の運に助けられることが何度もあった。

 本当に幸運だったこともあるだろうが、その内のいくつかは王子の差し金だったのだ。

 そもそも、王家と公爵家の追跡の手は甘かったとしか言いようがない。つまり、そういうことだ。


 アイセルは深いため息を吐いて、ソファに体重を預けた。

 彼女の気持ちは手に取るように分かる。


(最初から、逃げることなど不可能だったのか)


 ただ、王子の計画に利用されただけ。

 逃げられるかもしれない、そんな希望は最初からなかったのだ。


 エラルドも同じく、がっくりと肩の力が抜けてしまった。何もかも無駄だったのだと突きつけられたのだから。


 だが、腑抜けている暇などない。

 こうなったら自分が彼女を攫うのだ。

 そう思って顔を上げると、王子の優しげな瞳と目が合った。


「全ては、結界を破棄するためだ」


 アイセルも、パッと顔を上げた。

 驚きのあまり黄金の瞳が零れ落ちそうになっている。


「王家は何代も前から結界の破棄を計画してきた。自由民たちと協力して」


 しんと静寂が落ちた。

 その場の誰もが、王子の次の言葉を待っている。


「当代で決着をつける。

 その業を、一緒に背負ってくれないだろうか」


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― 新着の感想 ―
後半は一転して国の危機が絡むお話になっていたことを懐かしく振り返っています。 第一王子の作戦であったことがわかって、結界の謎がさらに深まっていく様子をわくわくした気持ちで読んでいました。 自由民の存在…
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