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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第2章 自由への道

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第18話 証明の門


 リヴェルシア王国を守る結界は、悪人の立ち入りを禁じる結界。

 国や人に悪意を持つ者がその結界を通ろうとすると、その人は神の炎に焼かれてしまう。


 結界が築かれてから数百年後、リヴェルシア王家は国内の秩序を保つためにとある施設を造った。


 それが『証明の門』だ。


 悪意を持つ者は神の炎に焼かれる。

 その特性を利用して、人を裁く場所だ。




 * * *




 南の国境の街、アステラルに到着したのは、洞窟をノックスリーチを出発してから十七日後のことだった。


 街は人でごった返していた。

 その多くは平民だが、高価な装飾品を身に着けた貴族の姿も見える。


「すごい人ね、お兄様」

「そ、そうだな」


 街に入る前に再び姿を変えたアイセルとエラルドは、今回は二人そろって茶色い髪に茶色い瞳になった。魔法によって取り替えられた服もどことなく雰囲気が似ており、この街では「兄妹」という設定で通すことをあらかじめ決めていた。


 息をするように自然な声音で「お兄様」と呼ぶアイセルに対して、エラルドの方はどこか挙動不審で耳の先がわずかに赤い。


「ちゃんとしてよ」


 小声でアイセルに叱られて頷くが、上手くやれる自信はない。


 アイセルが「お兄様」と呼びながら、親しげにエラルドの腕にしがみついてくるからだ。


「あの、少し離れていただけると……」


 小声で懇願するが、アイセルは意に介さない。


「何言ってるの。兄妹なんだから、このくらいの距離感じゃないと不自然よ」

「は、はあ」


 そんな二人の様子をダリルとエンゾが微笑ましく見守っている。彼らの役どころは、この兄妹の引率と護衛だ。

 ダリルは外国人で目立つ容姿をしているのでアイセルが日記の魔法で姿を変えることを提案したが、これはダリルの方から断られた。


「事情があってな。この容姿でいる方が都合がいいんだ」


 詳しくは教えてくれなかったが、彼は逃亡のプロだ。それ以上はアイセルもエラルドも突っ込んで聞くことはしなかった。

 ダリルは神官がよく使う覆面をして、深くフードを被っている。そうすると確かに顔は隠れるし、他にも同じように顔を隠している神官がいるのでそれほど目立たなかった。


「それで? こんな人混みに連れてきた理由は?」


 アイセルの質問にダリルは軽く肩を竦めた。


「もちろん、見物だよ」


 見物、とアイセルが小さくつぶやく。


「では、ここにいる皆さんも?」

「そう。みんな『証明の門』で行われる裁きを見物しに来てるのさ」


『証明の門』で裁かれる犯罪者は、重大な罪を犯したものばかりだ。

 この場所では、そんな犯罪者が神によって裁かれる瞬間を目撃することができる。

 それゆえ、こうして傍聴の希望者が集まり、アステラルは国内有数の観光地と化してしまったのだ。


「……悪趣味ね」

「まったくだ」


 アイセルのつぶやきに同意したダリルに、エラルドも頷いた。


「だけど、どうしてわざわざ見物のために?」


 彼女の疑問ももっともだ。

 彼らは追われる立場であり、本来なら一刻も早く国外に逃げなければならない。

 わざわざ危険をおかしてまで観光地に寄る必要があったのだろうか。


「必要があるかと聞かれると微妙だな」


 ダリルが顎に手を当てて考え込んだ。


「だが、亡命を希望するなら見ておいた方がいい。

 俺は毎回亡命希望者をここに案内することにしているんだ」


 つまり、見ればわかるということなのだろう。

 アイセルも納得したように一つ頷いた。




『証明の門』が置かれているのは、アステラルの街の端に建てられた裁判所の中だ。

 この建物は、裁判所というよりも闘技場によく似た形をしている。

 国境を断面に半円状の建物がそびえたっていて、その外壁には建国神話を模した彫刻が施されている。


 受付では傍聴券を購入するのに身分証明書が必要だったが、ダリルが準備してくれた偽造証明書で難なく通り抜けることができた。


 中に入って階段を上る。その先が傍聴席だ。

『証明の門』は傍聴席からは見下ろす位置、広場の向こうにあった。

 中央広場と門を見下ろすように、すり鉢状に傍聴席が造られているのだ。


 まさに、門だ。


 国境上に築かれている白亜の壁の真ん中に、巨大な門が口を開けている。


「あの向こうが、外?」

「そうだ」


 アイセルもエラルドも国境を見るのは初めてだ。

 国境とはすなわち結界のことだが、門の中はまったくの空洞に見える。

 どうやら結界は目に見えないらしい。


「はじまるぞ」


 ダリルが広場の方を指さした。


 地下の階段から、手足を鎖で拘束された男が出てきた。

 その側には、覆面で顔を隠した神官が七人と牛が二頭。


 満員の傍聴席から、歓声が上がる。

 その歓声を遮るように一人の神官が大音声で罪状を述べ始めた。


「罪人! オーウェン・グリーヴ!

 十七名の女性を暴行し、子どもを含む三十九人を殺害した!」


 この事件はエラルドにも覚えがあった。

 一年前、北部で起こった事件だ。

 犯人は一つの村を襲って男と子供を皆殺しにし、村の女性全員を犯した。

 最後には村に火をつけて逃げようとしたが、騎士団によって捕縛された。

 その捕縛部隊に、エラルドも参加していたのだ。

 確かに、拘束されている男の顔には見覚えがあった。


 神官が罪状を述べ終えると、傍聴席がさらに沸き立つ。


「この人殺しが!」

「殺せ!」

「早く門へ!」


 急かされるまでもなく、神官たちは男を門まで引っ立てて行った。


 男は特に抵抗もせず、手足を拘束されたまま門の外に押し出される。

 そして神官たちは、男の手足につながる鎖を牛の鞍にからぶら下がる金具に取り付けた。


 傍聴席が、固唾を飲むように静まり返る。

 いよいよ、裁きの時だ。


 神官が牛の手綱を引く。

 同時に、男の身体が門の向こうからこちら側に向かって引き寄せられた。


 門の真下を、男の身体が通り過ぎる。

 その瞬間。


「ぎゃあ!」


 男が叫び声を上げると同時に、その身体が青く燃え上がった。


「あああああ! やめろ! 放してくれ!!!!」


 男が痛みにのたうち回る。

 だが、彼の身体を引く牛は足を止めず。


「ぎゃああああああああ!!!」


 男の身体はボウボウと燃え上がり、やがて黒く変色し、叫び声すら聞こえなくなる。


 ややあってその身体は燃え尽き、灰になった。


「ここにオーウェン・グリーヴの悪意が証明された!

 よって、有罪!」


 神官の宣言に、再び傍聴席から大歓声が上がった。


 エラルドの隣では、アイセルが真っ青な顔でその様子を見ていた。といってもエラルドも同じような顔をしていることだろう。


 二人とも、一言も話せなくなってしまった。




 * * *




 二人がようやく人心地ついたのは、その日の宿に入って食堂で温かいスープを口にした頃だった。

 素朴な味わいのスープを口に含むと、青かった顔に血色が戻ってくる。


「初めてあれを見た奴は、だいたいそうなる」


 ダリルは苦笑いを浮かべながら、二人の取り皿に料理を取り分けた。

 あまり食欲はないが、明日以降も旅は続くのだから体力をつけなければ。

 アイセルも同じことを考えたのだろう、エラルドと同じように鶏肉のソテーを頬張った。


「だが、国境を超えるってことは、こういうことだ。亡命するなら、きちんと理解する必要があるからな」


 だから、ダリルは二人をあの場所に連れて行ったのだ。

 改めて亡命の意思を確認するために。


「……」


 アイセルは何も答えられずに黙り込んだ。


 一度国境を出れば帰ってくることはできない。

 それは分かっていたことだ。

 だが、実際に神の炎に焼かれる人間を見てしまうと、言葉にできない感情がこみあげて来る。


 しばらく、四人は黙ったままで食事をすすめた。

 まるでお通夜のような雰囲気だが、エラルドも何かを話す気にはなれなかったのだ。


 そうしていると、宿の中に数人の役人がドカドカと入って来た。

 三人が食事をしていたのは宿に入ってすぐの食堂で、役人たちからも姿は丸見えだった。


(まさか!)


 自分たちの正体がバレたのだろうか。

 エラルドの背を冷たい汗が伝った。


 だが、ダリルとエンゾは特に気にした様子もなく食事を続けている。


「何も問題ない。落ち着け」


 ダリルに言われて、エラルドもアイセルも静かに食事を再開した。動揺を見せれば、逆に怪しまれてしまう。


 宿の受付では、役人と女将がなにやら揉めていた。


「不審者を調べさせてもらう」

「なんだい不審者って。うちは規則通り、きちんと身分証明書を確認してるよ!」

「ここに貴族風の兄妹が泊っていると報告があった。改めさせてもらうぞ」


(俺たちのことだ……!)


 おそらく、王都から若い男女の二人連れには気を付けるようにと命令が出ているのだろう。


「あそこのテーブルの四人組だよ。他の客の迷惑にならないように頼むよ!」


 女将に言われて、役人たちが近づいてくる。

 それでもダリルは慌てた様子もなく食事を続けている。


(いったい、どうするつもりなんだ!)


 エラルドは右手を使って食事をしながらも、いつでも逃げられるように体勢を整えた。


 役人はテーブルまでくると、まずアイセルとエラルドの顔をじっくりと覗き込んだ。

 そして、


「身分証明書を出せ」


 居丈高に言う。

 それに真っ先に反応したのはダリルだった。


「まったく、役人はうるさくてかなわんな」


 ダリルは、そう言って不快そうにため息を吐く。


「なんだと!」

「逆らうのか!」


 いきり立つ役人に、もう一度ダリルがため息を吐く。

 そして彼は食事中も被ったままだった覆面を外した。


 その顔を見た役人たちの表情が、ぎょっと驚愕に固まる。


「自由民に向かってその態度。……いいのか?」


 ダリルが、ニヤリと笑った。


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