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ある公爵令嬢の死に様  作者: 鈴木 桜
第2章 自由への道

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第16話 不自然な幸運


「恐れ入ったよ」


 金貨五十枚を手に再び訪ねてきたアイセルとエラルドに、ダリルは降参だと言うように両手を上げた。


「まさかこんなに早く金貨五十枚を稼いでくるとは」


 これには、アイセルはにんまり笑顔で「私の騎士はとってもすごいのよ!」と胸を張り、隣のエラルドは肩をすくめて「運が良かっただけだ」とさらりと言ってのけた。


(本当に運が良かった)




 最初に盗賊に襲われたのは用心棒の仕事を始めた初日のことだった。

 襲ってきた盗賊は、誰一人として武術を修めたことはなさそうな三下ばかりだった。だが、全員が武装していた。素人同然とはいえ、剣や斧を持った盗賊十数人に囲まれれば、非武装の商人に成すすべはない。


 だが、もちろんエラルドは素人ではない。

 玄人の、本物の騎士だ。


 彼にとって、ただ武装しているだけの男を倒すのは多人数相手とは言え赤子の手をひねるようなものだった。


 エラルドは襲って来た盗賊を一網打尽にしてしまったのだ。全員を昏倒させると、手足を縛り上げて街道の脇の崖下に転がしてしまった。


 そして捕えた盗賊の内、リーダーらしき一人だけを街に連れて帰った。

 ただし、役所に連れて行ったのではない。

 あの八百屋に連れて行ったのだ。


『拷問の専門家がいれば紹介してくれ』


 盗賊たちが裏で役人と取引をしていることはあらかじめ分かっていたので、自分の手で尋問して盗賊のアジトの場所を吐かせることにしたのだ。


 エラルドの注文に八百屋は笑いをこらえながら、貸本屋の主人を紹介してくれた。

 尋問には一昼夜の時間を要したが、男からアジトの場所や盗賊の人数、武器の数などを聞き取ることができた。


 そして本日の早朝、エラルドが盗賊のアジトを強襲し、見事盗賊の頭領を捕え、彼は報酬の金貨五十枚を手にしたのだった。


 これほどすんなり仕事を終えることができたのは、運が良かったから、としか言いようがない。


 最初に襲って来た盗賊が下っ端ばかりで簡単に制圧できたのも、尋問した盗賊がアジトの全容を全て知っていたのも、頭領がたまたま腹を下していて弱体化していたのも。


 全てはこれらの幸運の積み重ねのお陰だった。




 エラルドは、チラリとアイセルの方を見た。

 彼女は未だ自慢げに胸を張ってにんまりと微笑んでいる。


(そろそろ、ただの幸運だと言い切れなくなってきたな)


 彼女と旅に出てから、あまりにも幸運な出来事が続いている。不自然なほどに。

 だが、幸運だとしか説明のしようがない。


(……まるで、神が彼女に逃げろと言っているかのようだ)


 神は生贄を望んでいないのかもしれない。

 ふと、そんな考えが頭をもたげた。


 その考えを振り払うように頭を振る。


(そんなことはあり得ない)


 そもそも、生贄を寄越せと言ってきたのは神の方なのだから。


(考えても仕方のないことだな)


 気を取り直して、エラルドは改めてダリルの方を見た。

 ダリルは緑色の瞳で、じっと探るようにエラルドを見ている。


「一つ、質問してもいいか?」

「なんだ」

「なぜ、わざわざアジトから役人との癒着の証拠を持ち出したんだ?」


 エラルドは、盗賊の頭領を捕えた後、アジトの中から手紙の束を持ち出した。

 盗賊と役人が裏でつながっていたという証拠だ。

 そのままアジトに放置すれば、後からやってきた役人に証拠隠滅を図られる恐れがあった。


「持ち出さなければ、役人に焼かれていただろう?」


 思わず首を傾げたエラルドに、ダリルが可笑しそうに笑う。


「別にその証拠がなくても金貨五十枚の報酬は受け取れたはずだ。どうして、わざわざ街の連中のために骨を折ったのか。その理由が知りたい」


 改めて問われて、エラルドは頷いた。確かに、必ずしもしなければならないことではなかった。


 だが。


「彼女なら、そうするだろうと思った」


 あの場に、もしアイセルがいたら。

 きっと彼女はそうしただろう。

 街の人々が理不尽と戦うことができるように、彼らのもとにその武器を届けたはずだ。


 だから、エラルドもそうしたのだ。

 なぜなら、今の彼は。

 彼女の騎士だから。


 アイセルが、笑みを深くする。


「えらいわね」

「褒められるのも複雑な心境です」


 そんな軽口を交わしていると、正面に座っていたダリルが肩を揺らし始めた。


「くっ、くっ、くっ」


 口元を手で押さえ、大声で笑うのを我慢するように肩を揺らす。心底楽しそうに笑いをこらえるものだから、エラルドは心外だと言わんばかりに眉をひそめた。


「なるほどなるほど。分かった。あんたらは、そういう人間なんだな」


 ダリルは目にたまった涙をぬぐいながら、アイセルの方に右手を差し出した。


「契約しよう。二人の亡命は、俺が請け負う」


 アイセルはパッと顔を輝かせて、即座にその手を握った。これで、国外への逃亡がかなり現実味を帯びてきた。


 すると、そこに一人の男がやって来た。

 バンっと無遠慮な音を立てて扉を開けたその男の顔には、エラルドもアイセルも見覚えがあった。


「あなた!」

「マリーニ一家の!」


 そう。

 アイセルに腕を折られたと言いがかりをつけて襲って来た、あの男だ。


「あの時は悪かった。ボスの命令だったんでな」

「なに?」


 男がクイっと顎をしゃくってダリルの方を指す。つまり、彼がボスだということだ。


「どういうことだ」

「いやぁ、彼女がどうやってここまで逃げて来たのか、その真相を知りたくて。試させてもらったんだよ」


 この言葉に、思わずエラルドの神経が逆立った。

 室内にピリリと緊張が走る。


(まさか)


 じり、と。

 エラルドは椅子の上で腰を浮かして、アイセルの手を握った。

 もしも、()()なら。

 彼女を連れて逃げなければならない。

 だが、ここは地下だ。簡単に逃げられるだろうか。

 エラルドの背に冷たい汗が伝った。


 その様子を、ダリルがおかしそうに目を細めながら見つめている。


 次の瞬間。

 今度は扉の外からガラスの割れる音が響いてきた。


「エンゾ」


 ダリルが呼ぶよりも早く、マリーニ一家の男は動いていた。


「七、いや、十二人だ。もう地下に入られてる」


 エンゾが舌打ちすると、ダリルが小さくため息を吐いた。


「まったく。逃避行の途中だっていうのに目立つことをするからだぞ」


 これはエラルドに対する嫌味だ。


「変装しているとはいえ、これだけ腕の立つ騎士と、その騎士に守られるやたら格の高そうな美女。この組み合わせでは疑ってくれと言っているようなものだ」


 言いながら、ダリルは床の絨毯をめくりあげた。

 そこにあるのは、小さな扉。


「さて。

 ……アイセル・マクノートン公爵令嬢。

 騎士エラルド・カーンズ」


 本名を呼ばれて、二人の肩がビクリと揺れる。


(やはり)


 ダリルは、二人の正体に気づいていた。

 だから手下であるマリーニ一家を使って、二人を探ろうとしたのだ。


「契約は契約だ。例えあんたが生贄令嬢だろうと関係ない。俺たちは契約通り、あんたら二人を亡命させる」


 ダリルが扉を開くと、そこにはさらに地下深くへと続く階段があった。


「俺を信じて、ついて来られるか?」




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