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第9話 再会

 次に目を覚ました時には、私は水たまりにいた。


 人工の池で、石垣が高く積まれ、その中にぬるい水が張られていた。


 それなりに広い水たまりだ。深さもあり、常に膝の高さくらいまで水がある。遠く天然の天窓から差し込んでくる光が幻想的にさえ思えた。


 考えようによっては、地底の隠れ家にある、巨大な専用の池みたいなもので、ひどく贅沢な空間なのではないかとも思える。


 穢れた魔王を閉じ込める水牢(みずろう)といったところだろうか。


 私は、自分の手を見つめた。まだ人間のようだ。水面に顔を映してみた。まだ大丈夫だ。


 ふと、水が揺れて、私の顔は波にかき消された。来客があったのだ。


 その人は、麗しい赤い衣装が水に濡れてしまうことも(いと)わずに、じゃぶじゃぶと音を立て、魔王になろうとしている私に近付いてきた。


 その第一声は、私には全く意味の分からない単語だった。


「セノーテみたいなところですね」


「なんだそれは」


「あ、失礼しました。私の世界にある、メキシコという国のあたりで、地下水が溜まった天然の泉のことをそう呼ぶのです。とても神聖で、きれいらしいですよ」


「まあ確かに、光射す洞窟の泉には、そういうのに(うと)い私でも神秘性を感じるがな」


「安心してください。ここは、黒龍の浄化能力によって守られています。今のところ、ここにいる限りは大丈夫。あなたの苦手な味噌スープさえも普通の水になるほどの浄化力をもっているのですよ」


「味噌スープ! 今となっては恋しいものだ。もう一度飲みたいぞ。毎日飲んだっていい。エリザマリー様の味噌スープであればな」


「お断りです。知っていますよね。私、忙しいので」


「もちろん知ってるさ、そんなこと」


 そして少しの沈黙があり、それを破ったのは、エリザマリー様のほうだった。


「……お久しぶりですね」


「ああ、本当に……」


「こんなことになって、残念です。ほんのすこし出会い方が違っていれば……、ほんのすこし私の帰りが早ければ……」


「もういいんだ、エリザマリー様。ここも絶対に安全とは言い切れない。万が一が起きないとも限らない。だから、はやく去ってくれ。それとも、こんな私を笑いに来たのか」


「面白くない冗談ですね。もともと、あなたの話は、難し過ぎてよくわからないことが多かったですけど、本格的にわかり合えなくなる前に、何とかしに来たのですよ」


「それで、何とかする方法は見つかっているのか?」


「…………」


「エリザマリー様も、ずいぶんこちらの世界に馴染まれたようで」


「どういうことです?」


「あのエルフ野郎も、都合の悪い質問をされると、よく黙ったものだ」


「誰だって、黙りますよ。なんで、なんであなたがこんなことに……」


「ああ、すまない。泣かせてしまうとは情けない」


「かならず見つけ出します。元に戻す方法」


「いいや、だめだな。取り返しのつかなくなる前に、私の命を奪うべきだ。エルフ野郎の予言にも、そう出たんだろう? 顔に書いてあるぞ」


「…………」


「教えてくれ。そう長くはもたないんだろう? 私は魔王になるんだろう?」


「ええ」


「ハハッ……どういう魔王なんだ? 魔王にも色々いるだろう。迷惑をかけないタイプの普通の魔王だといいんだが」


「そんな魔王はいませんよ。しかも、あなたがなるのは……極めて厄介な不死の魔王です。時間をかけて徐々に自我を失い、姿を禍々しいものに変え、やがて魔物化の呪いを広範囲に撒き散らして、あらゆる社会を壊滅させうる存在です」


「なんだ。最悪じゃないか。まったくもって、普通じゃない」


「本当に……ほんとうに……なんで……」


「エリザマリー様、最後に、私のために泣いてくれて嬉しいよ」


 私が言うと、彼女は背中を向けた。


「あきらめないでください。何とかしますから」


「私が、黙って待っているとでも?」


「必ず光明はあります。誰もがどんな窮地も乗り切れる力がある。それを私は知っています。予言が絶対じゃないこと。それも私は知っています。というより、あのひとの予言なんて、この際信じなくてもいいのです。あなたが疑り深いのは知っていますが、今回だけは、私を信じてください。私が、必ず何とかしますから」


 途中から涙声になっていた。


 エリザマリー様は、何度も顔に手をやって、とめどない涙をぬぐいながら去った。


 再び水面に映った私の顔は、彼女に再会できた喜びが勝ったようで、すっきりと笑っていた。


 この世界を去る前に、こんなにも幸せな気持ちになれて、私はとても嬉しかった。



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