第6話 マリーノーツ
世界は、なかなか穏やかにならなかった。
人々は、それが当然であるかのように、だいたい種族ごとに分かれてしまった。やがて、大きく分けて、六のグループが形成された。
純血エルフ――を名乗るものたち――、混血エルフ、獣人、人間、転生者(エリザマリー派)、すでに転生者の血を入れたシラベール一派といった勢力に分かれ、泥沼になった。
この他、魔族は来るべき転生者たちとの戦いに備え、地表の争いには関与していなかったが、獣人が彼ら彼女らと不可侵の契約を交わし、それが破られ獣人らが魔物化したことで、当初に約束された形とは違った争いに巻き込まれていくことになる。
――ああ、なんというか……本当に正しかったのだろうか。
後悔はしていないつもりだ。けれど、私がエリザマリー様と出会い、彼女の優しさや可愛らしさに触れてしまわなかった未来というのも、つい考えてしまうのだ。
エリザマリー様が早々に亡き者にされ、転生者がシラベール家のもとで猛威をふるい、人間が圧倒的主役の世界が築かれてゆく未来だって、あったはずだった。
そうさせなかった私の選択というのは、結局のところ、いたずらに新たな一派をつくり、世界を砕きに砕き、かき乱しただけではなかったのか。
争いの大半はすれ違いから起こる。そのきっかけが、積極的に彼女に協力し続けたことで生み出されてしまったのではないか。
私の苦悩を耳にして、エルフの男は力強く言い放ってくれた。
「こんなことになるくらいなら、最初からシラベール家の意向に従っておけばよかったんじゃあないかって? そんなわけはない。予言スキルによれば、間違いなく君は正しかった。そして、今も正しさの中にいる」
不完全な予言スキルに、何がわかるというのだろう。
「これで、白黒のつかない戦いが永く続くだろう。どちらが滅ぶこともない。そのうちに、みんなで信じていける。信じていこう。全種族調和の世界は、かならず実現できる」
――私が生きているうちに、その景色を見ることはできるのだろうか。
その疑問に、予言スキルもちのエルフ様は急に静かになり、答えてくれなかった。
★
エリザマリー様は、望んでいたような辺境でのスローライフを送ることなど、全くできなかった。
あまりに多忙な日々だった。
転生者召喚術式の管理を行い、私とともにアイデアを練って、スキルをひとつひとつ編み出した。並行して、彼女と同等かそれ以上の、膨大な魔力をもつ予言エルフの協力を得て、全ての世界を包み込む範囲で魔王との戦いを運営できる体制を整えた。
そして、各地の情報を収集し、多くの転生者に指示や情報を届けるために、一人一人にあてたメモを毎日休むことなく生み出した。
まずは強くなり過ぎた魔物をおさえこみ、世界のバランスを整えるために。その先に、ありとあらゆる生きとし生けるものが、皆で楽しく暮らせる世界を実現するために。
仲間が増えれば増えるほど、彼女の負担は膨大なものとなった。
それでも、彼女はメモを送るのをやめなかった。
その一人一人の転生者に宛てられたメモを、その美しきしらべを、私は『マリーノーツ』と呼んでいる。
転生者としての能力こそ凄まじいものがある。特別な大いなる力をもっている。彼女自身は、「私は大した存在ではありません。すでにあるものを利用しているだけです」と謙遜するが、間違いなく他の転生者とは違った存在である。
にもかかわらず、何の変哲もない、大きな河の一滴のような、ささやかな優しさも持ち合わせた人。
要は、ちょっと抜けたところもある、ちょっと繊細な、普通さに包まれた可愛らしい人なのだけど、だから私は、彼女のことが、とても好きなのだ。