第5話 会談と宣誓
血を流し過ぎたようだ。
辺境でのスローライフなど、運命様は許してくれなかった。
次々に召喚される転生者たちは、シラベール家の頭領に嘘をふきこまれ、エリザマリー様を亡き者にしようと襲いに来た。
私やエルフの力で多くを撃退したものの、大きな問題が起きた。
高位のエルフは、予言の力をもっている。
彼がその澄んだ瞳に映した未来は、とんでもなく濁っていた。
「このまま無秩序に転生者が量産されれば、魔力バランスは崩壊する。世界全体で天候が狂いだし、世界全体で魔物が狂暴化する。新たな種族の誕生により、さらに混迷をきわめるだろう。このままにしておけば、産声を上げたばかりの新世界が、崩落の危機を迎える」
果たして、凶暴化したモンスターにより、人やエルフが各地で狩られはじめた。それに対抗するためにモンスターと人間を掛け合わせた獣人が生み出された。獣人たちの中には、従順な者もいれば、反抗的な者もいた。
さらに悪いことに、負の感情が充満したことによって、大地は汚れ、そして水が汚れた。
特に、私たちの拠点にある湧き水の池は、次々にシラベール家に騙された転生者が送られてきて、致命的な影響を受けた。
池の底には、龍が住んでいた。
エリザマリー様がそこを新居に定めるずっと前から、五龍のうちの一柱、黒龍が眠っていたのだ。
予言スキルとやらがあるなら事前に知ることができなかったのか、と私が早口でまくしたてた。
そうしたら、あのエルフ野郎ときたら、「今はまだ断片的にしか見えない。スキルが完全に覚醒していないから見えてない未来もある。ただ、黒龍との出会いは、決して悪い結果にはならない」と言い切っていた。
未来がハッキリ見えないのは、今ここで濁流の化身のような黒龍に呑まれて、世界ごと命を落とすからではないのかと言ってやりたくもなったが、そこはやはり高位のエルフだ。
エルフは、私が暴言を放つ前に私を突き放すと、暴走する黒龍の極小の核を精密に撃ち抜き、あっさりと鎮静化に成功したのだった。
このエルフ様は強すぎる。味方でいるうちは、間違いなくこの世界で最も心強い存在であろう。尊敬に値する。口に出して伝えたりはしないけれども。
それから、エルフ様は、黒龍と何とか意思の疎通を求めて手を尽くしていて、忙しい様子だった。
そこで私も、みずからの判断で、かつての主であるシラベール家と連絡を取ることにした。
もちろん、エリザマリー様を裏切るわけではない。
シラベール家が、転生者をでたらめに召喚し続ける現状を打破するためには、どうにかして話し合いの場を設けなくてはならないと考えたからだ。
必要なのは、この世界の魔力バランスを保つ方法だ。そのためには、人間の世を実現しようと邁進するシラベール家から、転生者を解放する必要があった。なんとしても、無秩序な召喚を阻止するのだ。
私たちは三人で、北の森にある、世界樹リュミエールという建造物に向かった。
それは雲の上まで突き抜けているかのような巨大な樹木型の建物だった。ふもとに即席で設けられた、つめたい霧が舞う屋外会議場があり、そこで会談が行われた。
シラベール家だけでなく、エルフ関連の各勢力の代表者や、魔族たちも同席していた。
私はそこで、転生者召喚術式の譲渡と、管理運営の受け渡しを提案。さらに最善の策として、予言によって導き出された仕組みを主張した。魔王の誕生をトリガーとして転生者が自動召喚されるようにすることで、世界の崩落を食い止めようというのだ。
話し合いは何日に及んだだろうか、詳しく日数をおぼえてはいないが、とにかく、シラベール家は、人間の存続さえも危ういことを理解し、とうとう転生者術式を転生者自身の手に明け渡したのだった。
それから、魔族とも重大な約束を交わした。
魔族と契約したのは、次の二つ。魔王という従来の魔族の上位種をつくること。魔王が全員倒されるよりも先に転生者が一人もいなくなった時、この世界は魔族のものとなり、他の種族は全員魔物化すること。逆の場合は、魔族の持つ力は全て封印されること。
誇り高い魔族という種は人間と違い、ひとたび約束してしまえば、それを必ず守ろうとする生き物である。
かくして、世界の命運をかけた魔王と転生者の、どちらが先に根絶やしにされるか争う陣取りゲームがはじまったのだった。
さて、自我を失っていた黒龍のほうだが、小さな蛇のような姿になった後、エリザマリー様が根気強く話しかけたことで意思の疎通が実現した。
黒龍は、彼女の遠大な目標に賛同した。
全種族の調和という理想を現実のものにするべく、黒龍は自らのもつ水を浄化する能力を余すことなく提供し、あらゆる協力を惜しまないと言い張った。
林の中、澄み渡る小さな池のほとり。そこで二人は、「世界をより良くしていくこと」と「もう二度と世界の穢れに負けて暴走しないこと、させないこと」を誓い合ったのだった。
美しい誓いであった。