第4話 賑やかな旅路
ホクキオに向かう道中、エリザマリー様はいろんなものに目移りしていた。興味が湧きまくって仕方がない様子だった。
ネオジュークからホクキオまでの、ほんの短い旅路だったというのに、いろいろな功績も残した。
服屋をみつけて、赤いシャツと赤い上着を買い、「これでもう迷子になりませんね」と腰に手を当てて勝ち誇ったり。「いや元々、赤い髪は目立つから、いらないだろう」と私が言うと、露骨に嫌な顔をしてくれたり。
橋の下や、絵の描かれた地下道に暮らす孤独な困窮老人たちの話を親身になって聞いたり。
汚れた水を浄化する魔法陣を編み出そうと必死に研究している人間たちから魔法を教わったり。
巨大な樹木が街路樹になっているような、なだらかな坂道を大きな猪が大移動していて、それを華麗によけながら坂を下ったり上ったり。
谷底の淀んだ水の上にかかる心許ない吊り橋を駆け抜けて大笑いしたり。
いくつかの銀行で札束を手にして目を輝かせたり、かと思えば「これはよくないです」とか「欲望から離れなくてはなりません」などと言い出し、岩の上に座ったまま一日中動かず、瞑想にふけってみたり。
急に目を開いたかと思ったら、「アイデアが浮かびました」などと言って、ホクキオに建造する素敵な家の計画を立てて、欲望に突っ走ってみたり。
私やエルフに、別世界の飲み物である「茶」というものを振舞ってくれたが、苦くて飲めたものではなかったな。「そんなはずない。お茶はおいしい!」と意地を張って、通行人を捕まえて飲ませてみたり。
分かれ道に目印を立てて、人々が使う道を整備したり。
大雨が降って橋が流されたとき、自分が再建すると言い出して、木の板を買い付けに行ったり。
まちの西の外れで水を飲んでいた野生の牛をつかまえようとして逃げられたり。
その牛を人間になびかない誇り高く賢い牛だと言って、小さな祠をつくったり。
野蛮な盗賊に襲われて仲間のエルフ男が撃退した時、異世界の法律を記した紙を渡して、未開の人々を善なる心に目覚めさせたり。
村の小さな沢でカニなどをとって遊んでいたら、巨大なカニのモンスターに襲われて逃げ回ってみたり。
逃げた先で龍の巻きつく絵が描いてある柱に激突したら、龍型のモンスターが二柱あらわれて、カニから助けてくれたり。
広場で遊んでいる子供たちに出会ったので、異世界のスポーツを教えてあげると言いだし、棒で球をしばいたり、球を蹴り転がしたりする遊びを教えようとしたのだが、教えようとした彼女自身、ルールがわからなくて、球をもったまま首を傾げたり。
シラベール家の追手から逃げようとして、川に追い詰められたとき、通りがかった馬型のモンスターの群れを橋のかわりにして渡り、難を逃れたり。
谷あいの浅瀬でエルフと水を掛け合って遊んでいる姿などはずっと見ていたいほどだった。その後に振舞われた川魚入りの「味噌スープ」なる彼女の手料理は、味が濃すぎて私の口には合わなかったが。
二度と食わない。あんなもの。
あとは、そうだな。何があっただろうか……。ああ、そうだ。
私にとっては異世界の祭りである「七夕」というものを教えてもらった時に、短冊というものに「皆が平和に暮らせるように」と書いたら、真面目でつまらないと言われ、「そんなの、願うまでもなく当たり前にしたいですね」と笑いかけられたりもした。
あるとき、エリザマリー様は、針のような葉をもつ木々のふもとに、小さな湧き水の池と、そこからの小さな流れを見つけた。そこで何を思ったか、おもむろに異世界の通貨を取り出して、その水で洗い始めた。何をしているのかとたずねると、「こうすると、偉くなってお屋敷が建てられるくらいお金持ちになれるんです」と屈託のない笑顔で語ってくれた。
思い返すと、ひどく俗にまみれた発言だったけれど、私にはその時の彼女がとてもまぶしくみえて、どういうわけか、ひどく晴れやかな気分になり、胸がすっきりして、なぜ自分が悪のシラベール家になど仕えてしまっていたのかと自分を全力で責めたくなったほどだった。
そうこうしているうちに、いつのまにやら旅は終わった。
あちこちから水が湧く清浄な郊外は、そこはもうホクキオだった。
「ここに、私たちの家を建てましょう!」
ホクキオの小さな池に拠点を定めて、三人で協力し合い、つつましい木造の小屋を建てた。
先に住み着いていた者がいることも知らずに。