第2話 裏切り
私は命からがら、なんとか闇を脱出した。
そこまではいい。
問題は、地上に戻った瞬間のことだ。
あまりに過酷な戦いを必死に生き残った私は、エリザマリー様をシラベール家に連れ帰るという本来の目的を忘れかけていた。
そんな私を待っていたのは、どうやら窮地というやつだった。
武器を向けられていた。
ひどいピンチの連続だ。
私の目の前には、初めて目にする麗しきエリザマリー様がいた。赤髪を風になびかせ、白い服の上に、丈夫そうな素材で編まれた黒い上着を羽織っていた。
大袈裟ではなく、彼女を視界にとらえられたことは、地下での戦いの褒美みたいなものだったのだと思う。
彼女のほかに、生意気そうな高位のエルフがいた。エルフらしいシンプルな服装ではなく、人間の服を好んで着ているようだった。
腕っぷしには自信があったのだが、すぐに私は勝てないと悟って死を覚悟した。
若いエルフが杖の先を向けているのを見ただけで、明らかな死のイメージが浮かんできて、足がすくんで動けなかった。
私は、そのエルフの前では、ただの道端の光らない草や、石ころのようなものだった。
エリザマリー様は、この世界に降り立ったばかりだというのに、もう世界最高級の戦力を味方につけていたのだ。
「やめてください」
エリザマリー様は、味方のエルフにそう言って、私にゆっくりと歩み寄った。
「あの、『転生者』というのは、戦いのために召喚されたのだといいますが、本当ですか?」
最初の転生者の問いに、私は正直に答える。
「それだけではないな。使っても減らない奴隷、戦い続けることのできる兵士、女性であれば新たな戦士を産み落とす役割も期待されている。この世界を手中におさめるために、頭首があなたを喚んだのだ」
「私、大した才能もなくて、ただの普通の人ですよ? 本当に、なんで、私なんですか?」
それは、おそらく偶然だったのだろうと思う。
★
私には報告の義務がある。シラベール家に代々仕えてきた家の生まれである以上、トップの意向は絶対だ。そして頭領は、私に彼女を連行してくるよう命じていた。
しかし、私は、それをしたくない。
渡したくないし、報告さえもしたくない。
見つかりませんでしたと言い張って、彼女に好きにこの世界を生き抜いてもらいたい。
だってそうだろう。転生者である前に彼女は人間だ。可愛らしい女の人だ。
いままで私が見てきた人間というのは、まったくもって普通じゃなかった。彼女こそ普通の感覚を持った人間だ。思い返すと、彼女自身も自分のことを「普通」と言っていた。
私は生まれて初めて、「普通」の意味と価値を知った。
生きていくことの意味を知ったと言い換えてもいい。
とても柔らかな笑顔なんだ。笑うと最高なんだ。一緒にいるとなごむんだ。とても思いやりがあって、きっと彼女はこのクソみたいな世界を変えてくれるはずなんだ。
私は彼女を応援し、支えていくと心に決めた。たとえそれが、本人が望まぬことだったとしても、この世界を変えられるのは、きっと最初の転生者である彼女だけだ。
私は、彼女を積極的に見逃すことにした。
持ち前の機転で嘘の報告を巧みに返すことで、しばらくの間は、彼女が動きやすい状況を整えてみせた。
しかし、思い通りにはいかないものだ。私がこの世界を変革してくれると期待をこめた彼女は、「辺境でスローライフを送りたい」などと言い出した。
彼女の仲間である高位のエルフ野郎が、それも悪くないと乗り気だったので、ひとまずの旅の目的はすんなり決まった。
私たちは、スローライフを行うために、辺境に行くのだ。