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巫女姫、促す

──さて、どうしたものでしょう。


 一度話し出すと、王女の口は止まらなかった。徐々に熱を帯び、大きな身振り手振りを交えて語り続ける。

 彼女の言うことをざっくりまとめると、こうなる。

 私はファトマではない。ニホンという異界から来た。帝国のことは書物で知っていた。それによると、帝国は十年もしないうちに滅びる。だからあなたを守りたい。


──まあ、神懸かりの一種と言えましょうか。


 神々の化身を名乗り、予言を行う者はしばしば現れる。その類と考えれば、彼女の言動も理解し難いものではない。妙に熱っぽい視線も、その手の者達に特有の症状と言える。


──ただ。


 帝国は十年もしないうちに滅びる。

 太陽の見えぬ日々と大凶作、蛮族の侵入、戦乱。二人の兄の死まで、巫女姫の知る未来とぴたりと一致する。これが偶然などあり得ない。時を巻き戻したのかと予想していたが、語られるのは主に王女の死後。巫女姫の身に起こったものとは異なる何かが、確かに王女にはあるようだ。

 延々と帝国の崩壊を語る王女に、側仕え達の視線が厳しくなっている。彼女達からすれば、敗戦国の姫君が腹いせに不吉な言葉を垂れ流しているように聞こえるのだろう。主人である巫女姫が咎めないので黙認しているが、そのまま幽閉されてもおかしくない言動ではある。


「話していただいて、ありがとうございます」


 息の上がってきた王女に飲み物を勧めつつ、ペトラとフローラを視線で制止する。ペトラが短剣に掛けていた手を下げるのを確認し、自らも杯を干す。


「それでは、ファトマ様…いえ、別の名でお呼びしたほうがよろしいでしょうか?その、ニホン?のお名前で」

「いや、そっちはその、本当に大した名前じゃないんで。ファトマと呼んでください、へへ」

「では、ファトマ様。今のお話ですと、帝国の破滅は避けられないのでしょうか?」

「…えっと、信じてもらえるんですか?その、自分で言うのも何ですけど」

「少なくとも、お言葉に嘘があるとは感じませんでした。わたくしを騙そうとか、そのような悪意のあるお話ではなかったと存じます」

「──ありがとうございますッ」


 長机に頭を打ち付けるように叩頭する王女の勢いに若干引きつつ、微笑みは崩さずに相手が落ち着くのを待つ。悪意が無いと感じたのは本当だ。この王女からは、むしろ狂信者の情熱に近いものを感じる。それが何故なのかは未だ掴めないが。


「正直、こんな話を信じてもらえるとは思ってませんでした。その、どう考えてもおかしいっていうか。それこそ殺されてもしょうがないかなって」

「それでも伝えようとしてくださったのですね。ありがとうございます」

「ぉ、う、ぃえ」


 王女の反応にはおいおい慣れるとして。彼女の知る未来を詳しく聞いていけば、何かしら役に立つかもしれない。


──少なくとも、兄様達の運命は変えられるかもしれません。


 帝国の滅亡は、おそらく避けようがない。それは、大凶作の未来が無かったとしてもだ。

 二代前の皇帝、つまり巫女姫の祖父が、帝国貨幣の改鋳を断行したのは三十年前。悪化する帝国財政の回復を目指し、金貨・銀貨ともに金銀の含有量を大幅に引き下げ流通量を増やした。結局大幅な物価上昇が起き、帝国は回復不可能な財政危機に陥ることになる。先代が金策皇帝と揶揄されるのも、なりふり構わずカネを掻き集めないことには政権を維持できなかったからだ。巫女姫が神殿組織に捩じ込まれたのも、弱体化する皇帝権力を強化するため。あわよくば神殿の財産も吸収していこうとする意図が透けて見える。

 東方を征服した武帝の活躍により一瞬だけ浮上した帝国財政は、大凶作で叩き潰される。そこからは二度と復活することなく、給料の未払いが続く軍団兵の不満が噴出する中で属州の離反が相次ぎ、帝都陥落の日を迎える。

 大凶作に止めを刺された形ではあるが、戦争で得た収益など一時的なものに過ぎない。二代前の治世、巫女姫が生まれる前には既に、帝国の崩壊は始まっていたのだ。


「ファトマ様の知る未来のお話を、ぜひ詳しく聞かせてくださいませ。わたくしは、あなた様の言葉を否定したりはいたしません」


 早いか、遅いかの違いしかないのかもしれない。だがその違いが、兄達の未来を変えるかもしれない。元老院の議場で、遠く北辺の地で、無念の最期を迎えずに済むかもしれない。そのために、使えるものは何でも使う。

 明るい初夏の日差しの下、改めて表情を作る。努めて親しげに、温かく。この不思議なお友達から、なるべく多くの情報を引き出せるように。

 王女が恍惚の表情で再び口を開く。巫女姫の意図を汲み、側仕えの二人も今度は妄言としてではなくその言葉を聞いている。王女の語る破滅の始まりまで、あと二年。


──まだ、時間はあります。


 ただ眺めているだけだった前とは違う。抗う者がいたなら、歴史はどう変わるのか。

 神々への祈りを唱和する声が遠くから響いてくる。ツバメが掠めるように中庭を横切り、空高く舞い上がっていった。

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