王女、決意する
いつの間にか寝ていたようで、目を開けると妖精さん──フローラさんが優しく微笑んでいた。小さな窓しかない薄暗い部屋の中で、発光するように浮かび上がって見える。あ、天に召されそう…。されるがままに身支度を整えられつつ、これからの予定を説明される。
「本日の朝食は中庭でいかがでしょうか。ファトマ様がよろしければ、巫女姫様が朝食を共にしたいとご希望です」
「んみっ、巫女姫様が?」
「はい。お友達と仲良くなりたいと、それは楽しみにしておいでです」
「──ッ、かし、かしこまりましたッ」
「…ありがとうございます。準備が整いましたらご案内いたします」
私の発作にも慣れてきた様子のフローラさんが、連絡のために一度部屋を出ていく。あーもう巫女姫様天使か。お友達と仲良くなりたいって何。天使か。天使だったわ。もう語彙力無くなるわ。肝心のお友達がこんなんでごめんなさい。せめて振る舞いだけでもお淑やかにしないと巫女姫様を汚しちゃう。
…あ、「帝国が滅亡する件」どうしよう。まさか昨日の今日でもう会えるとは思ってなかった。しかもサシのお食事会。…え、本当にどうしよう?なんかこの感じだとこれからも機会はありそうだし、今日じゃなくてもいい?むしろ今日で見限られないように慎重にいかないとダメか?こんな子だと思ってなかった、って目で見られたらどうしよう。それはそれでご褒美…いやいや。
相変わらず何一ついい考えが浮かばないまま、戻ってきたフローラさんに案内されて神殿の廊下を進む。朝日に照らされて、優しいクリーム色の石畳がきらきら輝く。素焼きの鉢に植えられた木に咲く白い花が、微かに甘い香りを漂わせている。すれ違う人が皆軽く頭を下げる中、まっすぐ前を見て進むフローラさん。身分制度みたいのは分からないけど、フローラさんってかなり偉い人?
中庭のテーブルには、もう巫女姫様が座っていた。私の姿を見つけて、ぱあっと花開くように笑う。
あっ…。
しばらく意識を失っていたようで、気がつくと巫女姫様の正面に座っていた。記憶の無い間に奇行に走ってなかったかな?大丈夫、私?
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「え、あ、はい。えへ、へ」
キモッ。自分の口から出た声の気持ち悪さに思わず引いてしまう。絶対今ヤバい顔してるぞ私。落ち着け私。巫女姫様は優しい笑顔からちょっと困惑気味の笑顔になって、フローラさんと後ろのお付きの巫女さんみたいな人を見回している。巫女姫様の後ろに立っているのは、デキる女って感じのキリッとした美人さんだ。有能マネージャーっぽい彼女にも、鋭い視線を向けられる。うわー不審者認定?出禁か私?
落ち着こうと思ってもドツボに嵌った私は焦る一方で、挙動不審に拍車がかかっていく。巫女姫様は何とか場を和ませようと優しく語りかけてくれているのに、まともに答えることもできない。ごめんなさいごめんなさい。推しに気を遣わせて何やってんだ私。落ち込む心のまま、視線は俯いていく。勧められるまま食事に手を付けるが、何を食べているのかもよく分からなかった。信頼を得て話を聞いてもらう以前の問題だ。情けなくて涙が出そうになる。きっとお友達になりたかったのは、こんな生き物じゃないだろうな。
「…わたくしは神々の代理として、その依代として生きております。そのせいか、不思議と他の皆様より感じるものが多いのです」
「えっと、はい」
ボソボソ答えるしかできない私を、巫女姫様の翡翠の瞳がまっすぐに射抜く。目を逸らすことができずに、次の言葉を待つ。
「ファトマ様、あなたは見たままの方ではありませんね」
「え?えっと…え!?」
手に持っていた食事がテーブルに転がった。巫女姫様は真剣な表情で、じっと私を見ている。
見たままではない…つまり、私のことに気付いてる?そんなわけ…。いや、でも。
『星赤』の作中で、超能力みたいのは出てきていない。それでも、夢で遠くの不幸を見るとか、そういう描写はあった。神々への信仰も当然に日常の中にある。巫女という立場にある人が、何かしら特別な能力を持っていても不思議ではない世界ではあるのだ。
今、話すべきだろうか。
私は日本という世界から来た人で、この世界のことは『星赤』という物語で知ってます。私の知っている物語だと、帝国は十年もしないうちに滅亡します。
そんな話を信じる人、いる?意味不明すぎる。自分でもちょっとおかしいのかなこの人って思う。
巫女姫様は、じっと私の返事を待ってくれている。どうしたらいい?いや…どうしたい?私…私は。視線が、ぎゅっと握り締めた自分の手に落ちる。
「もし話せないことであるなら、無理にとは申しません。ですがもし話していただけるのでしたら…わたくしはあなたの友人として、できることはしていきたいと思っております」
少女らしい、高く澄んだ声。その一音一音が、私の中に染み込んでいく。
こんな醜態を晒しても、まだ友人と呼んでくれている。その事実が、私の何かに火を付けた。
私がどう思われたっていい。伝えたことで、怒らせてもいい。不吉な予言をしたとして処刑されても、それでもいい。何年か経って、ふとあの言葉は真実だったのではと思ってもらえるのなら。私は、役に立ちたい。巫女姫様を、推しを、守りたいのだ。
「その、信じられないことかもしれないのですが」
「はい」
私が顔を上げると、巫女姫様は変わらぬ微笑みで待ってくれていた。宗教画のようなその佇まいに、うじうじ悩んでいた私の心が解きほぐされていく。
「えっと、その、私は、なんていうか」
「はい」
「あれ、どう説明したらいいんだろ。えっと?」
「慌てずに、思いつくまま話してください。わたくしも、ファトマ様のお話をたくさん伺いたいと思っておりましたから」
静かに、優しく、私に語りかけてくれる声。ゆっくりと、確実に、私の背中を押してくれる。
「あ、ありがとうございます。えっと、じゃあ…」
どんなに拙い言葉でも、きっと受け止めてくれる。腹は決まった。私は、私の物語を語り始める。
「私は、この世界の人間ではないんです」
王女視点、今回で終わりです。次回から巫女姫様視点に戻ります。
「あなたの友人として(最高位神祇官としての権力は一切使わずあくまで私人として)できることはしていきたい(無理はしないし積極的に動く気もないです)」という言葉が、王女の中の「私」の背中を押したようで何よりです。




