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王女、思い悩む

 重力を感じさせないほどに軽やかかと思えば、次の瞬間には重く這うように低く体を屈めていく。この世界の神話を知らない私にも、彼女の動きの示す意味が伝わってくる。その一挙手一投足が、私の目を奪う。手を伸ばせば届きそうな距離で舞う少女が、この瞬間の私の世界の全てになった。

 ただ見惚れるしかできない私と、少女の目が合った。ふわりと広がる裾が視界いっぱいに広がったと思ったら、その足がステージの際ぎりぎりまで進んでくる。翡翠の瞳がゆらめき、唇が妖艶に弧を描く。その手に握られた枝が、まっすぐに私を指し示した。

 あっ…(死)。

 処理能力の限界を超えた私がフリーズしている間に、少女はまたステージの中央に戻っていく。何か口走ってしまった気がするが、もはやよく分からない。え?何今の?ファンサ?神ですか?神だったわ。

 拍手と歓声でいつの間にか舞が終わっていたのに気付き、慌てて私も拍手を送った。光る棒があったら全力で振るところだ。大人しくしていろと言われていた気がするが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。

 少女はアレウスと何か言葉を交わして席に座った。皇帝と直接話せるくらいだから、たぶん偉いんだろうな。『星赤』にあんなキャラいたっけ。いたら絶対覚えてると思うんだけど。とりあえず巫女様(仮)と呼ぶことにする。

 アレウスが閉会宣言みたいのをすると、会場が一斉に動き出した。ガレアスを先頭に兵隊さん達が退場していく。大歓声の中、アレウスと巫女様(仮)も貴賓席を後にした。ああ、行っちゃう…。

 お偉いさんみたいな人たちが一通り捌けると、私を乗せた馬車も動き出した。闘技場の外に出るのかと思っていたら、来た時とは違う所から観客席の裏側に回り、そこに並ぶ小部屋の一つに通された。闘技場の裏側ってこんなふうになってるんだ。ほー。

 部屋にはお水とご飯が用意されていた。早朝に簡単な食事を摂って以来何も口にしていなかった私は、遠慮なくそれをいただく。お祭り仕様なのかニンニクの効いた味付けの骨付き肉を齧りながら、さっきのステージを反芻する。

 いやーすごかった。神って言葉が陳腐すぎて語彙力の無い自分が恨めしい。え?趣味は二次元じゃなかったのかって?何言ってんだアイドルは趣味じゃない、人生だ。その辺の違いが分からないのなら耳元で四時間くらい説教だから覚悟しとけ。神世から現代に至るアイドル史について暗唱できるようにしてやる。

 まあそれはともかく、巫女様(仮)は由緒正しい意味でのアイドルしてたな。たぶん十歳かそこらなのに、あの表現力よ。そしてアリーナ席には私一人。このよく分からない入れ替わり?転生?は、今日この日だけでも意味があったと断言できる。ファトマはすぐ死んじゃうかもだけど、全人生を賭けて推しますよ。ああ、推しが尊くて今日もご飯が美味しい。


 夕方近くになって、部屋に金髪碧眼のものすごい美人がやってきた。真っ白な、巫女様(仮)と同じような服を着ている。優しく微笑まれて、思わずちょっと気持ち悪い笑みを浮かべてしまう。


「巫女姫様が、ファトマ様をぜひおもてなししたいと申しております」

「巫女姫様?」

「私共巫女を束ねる御方です。ファトマ様も、本日の凱旋式で目にされているかと」


 巫女様じゃなくて巫女姫様だったか。惜しい。巫女を束ねる、ってことは教皇みたいな?


「ええと、なんで私を?」

「詳しくは存じませんが、ファトマ様のことを一目見て気に入られた、とのことです。ぜひ友人になりたいと」

「ン゛ン゛ッ」

「ファトマ様?」

「──いえ、お気になさらずに」

「はあ」


 心停止しかけた…。『星赤』ファトマの死因、尊死になるところだった。え?何?私のことが気になっちゃって?お友達になりたい?何そのご都合主義展開。ハニートラップ?どうしよう推しの押しが強い…!あ、目の前で超絶美人が困ってる。いかんいかん。


「あ、ありがとうございます、フヒッ」

「…喜んでいただけましたようで何よりです」


 私の挙動不審が止まらない。落ち着け私。ガワは『星赤』の薄幸美少女ファトマなんだから汚すな。今日までお世話してくれていた人たちと美人巫女さん──フローラさんと言うらしい──が引継ぎをしている間に、表情筋を引き締めて澄ました顔を取り繕えるようにしていく。

 私の荷物を白い服を着た神官っぽい男の人が抱え、フローラさんに手を引かれて闘技場を出ると、辺りは夕焼けに染まっていた。巨大な円形闘技場の外壁がオレンジに輝き、複雑な陰影を見せる。道には人が溢れ、屋台があちこちに出ていた。先導する護衛の人が掻き分けるようにして通り道を作っていく。魚を焼いている人。花を売る人。笑いながら歩く家族連れ。お酒の入った大柄な男が、大声で話しながら通り過ぎていく。いろんな声が、音が、匂いが、私の周りを流れていく。小さなファトマの視線では、隣を歩くフローラさんくらいしかはっきり見ることができない。なんだか急に心細くなって繋いだ手に力を込めると、優しく握り返してくれた。

 二十分ほど歩くと、丘の上にある神殿に到着した。神殿といっても今まで見てきた建物と同じ白っぽい石でできていて、外見はあまり区別がつかない。あんまり高さがなくて横に大きい、くらいだろうか。私には白い服の男女がたくさんいるのと、神様の像があちこちにあるのでなんとなく区別がつく程度だ。

 どの辺りにいるのか分からないほど広い神殿の、たぶん奥の方の部屋に案内される。私の住んでいた1Kの部屋とあんまり変わらないくらいの広さで、ベッドとテーブルと椅子、それと木箱。漆喰?の壁には飾り棚みたいのがあって、上の方に小さな窓というか穴というかが開いている。明かりは蝋燭のみ。薄暗い中に私の荷物を整理するフローラさんの金髪と白い肌が浮かび上がる。妖精って本当にいたらこんな感じなんだろうか。

 すぐに夕食が運ばれてきた。しょっぱいぐにょぐにょの野菜と肉の入った汁物とパン、それとシトラス風味のお水。乾いてポロポロしたパンを汁に浸して食べていると、フローラさんがこれからのことを説明してくれた。


「ファトマ様はこれから神殿で生活していただきます。このお部屋は自由に使っていただいて構いません。何かご要望はございますか?」

「ええと、今は特に。んー、日課?みたいのはありますか?」

「神殿の大まかな動きはございますが、ファトマ様はそれに従っていただく必要はございません。王国での習慣に合わせていただいて差し支えないかと」


 王国での習慣、ねえ?ファトマが王国でどう生活していたかの記憶は全くない。『星赤』でも生活描写ってほとんど無かったし、自由にしていいと言われるとわりと困る。ここでどれくらい過ごすのか分からないけど、そろそろ移動以外はすることのないぐーたら生活にも飽きてきた。


「皆さんに合わせて生活したいなって思います。できれば何かすることがあればいいんですけど…あ、ここでやってることとか見せてもらってもいいですか?」

「やっていること、ですか?」

「皆さんが普段どんなことをしてるのかとか、神殿の…神事?とか。知らないことばかりなので、色々教えてもらえると嬉しいです」

「かしこまりました。巫女姫様とも相談のうえご案内いたします」

「ありがとうございます」


 この世界について『星赤』以上の知識のない私は、まず何でもいいから知っていくことが必要だろう。純粋に民俗学的歴史学的興味もある。神事に参加できれば巫女姫様に会えるんじゃないかなーとかいう不純な動機ではない。

 食事が終わると、身支度を整えて就寝だ。燭台の火が蝋燭一本を残して消されていく。フローラさんが出ていくと、あとはしんとした静寂が残った。天幕一枚の外は兵隊さんがひしめいていた野営と比べると、静けさが怖いくらいだ。なんとなく寝付けずに、ぎゅっと目を閉じたまま寝台の上で寝返りをうつ。


 ファトマの体に移って…数ヶ月?少なくとも一ヶ月以上。元の私に戻る気配もなくここまで来てしまった。このままファトマとして生きるのだろうか。『星赤』の通りだとしたら二年もしないうちにまた死ぬけど。

 ファトマの死後、『星赤』の世界は大規模な気候変動に襲われる。作中では火山の噴火が原因になっていたっけ。十年単位の寒冷化に見舞われ大凶作に苦しむ帝国と、比較的南方のためまだ被害の少なかった王国。降水量も変わって云々とか巻末あとがきに詳しく設定が書いてあったけど、難しいことは置いといて帝国と王国の国力が逆転したわけだ。北方から食糧を求めて侵入してくる異民族と飢饉のダブルパンチで大混乱に陥る帝国。それを横目に力を蓄えるアデルとハーディ──この頃には即位しアデルが王、ハーディが将軍になっている──が帝国に侵攻するのは、そこからさらに五年後だ。政変と内乱で兄弟皇帝を失った帝国は呆気なく瓦解し、この帝都は炎に包まれる。父と妹の復讐を果たしたところで第一部完、王国の愛憎入り乱れる第二部に続いていく。

 そんな世界で、私はどうしたもんだろうか。ファトマとして生きていたい…だろうか。正直なところ、自分でもよく分からない。現実感のなさすぎる状況で、ただ流されているだけだ。

 一つだけ、何かあるとすれば。

 巫女姫様を、推しを、少しでも長く見ていたい。それができるのなら、私がどんな存在でもどんな扱いでも構わない。ファトマであることが条件になるのなら、それだけでファトマとして生きる理由は十分だ。お友達認定してくれたようだし、また会えないかな。巫女姫様もこの神殿にいるのかな。一つ屋根の下?あ、どうしよう緊張してきた。

 悶々と寝台の上で転がっているうちに、ふとあることに気付いた。帝都が数年のうちに陥落するってことは、神殿は、巫女姫様はどうなる…?

 復讐心に燃えた王国兵。恐慌状態の民衆。誰が付けたとも分からぬ火はたちまちに燃え広がり、混乱の坩堝と化す帝都。隣人同士で奪い合い、殺し合う中、千年の栄華を誇った世界の首都は消滅する。

 帝国の主要施設は全て略奪と破壊の対象となった。ということは、この神殿も…。凶暴な獣と化した兵士たちに囲まれ、青褪める巫女姫様。そして──ぎゃーダメダメダメゼッタイ。巫女姫様に触れることはこの私が許さん。いや妄想だけど。

 妄想だけど…『星赤』の通りに歴史が進むなら、それなりの確率で現実になる。どうする?どうしたらいい?何ができる?どこかで巫女姫様に伝えて…いや信じてもらえるわけがない。敗戦国の王女が帝国の滅亡を予言するなんて、負けた腹いせの呪いの言葉にしか聞こえないだろう。ここで生活する中で信頼してもらって、タイミングを見て話すか。いやファトマっていつ死ぬの?たぶん二年くらいってだけで、正確な日時は分からない。作中でもいわゆるナレ死だったので、死因も不明。すぐ死ぬってわけじゃないだろうけど、悠長に待っていられるだろうか。

 ごろごろ転がりながら考えても、何一ついい考えは浮かばなかった。

もう一回だけ王女視点です。見積もり甘かったです、すみません。

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