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王女、旅する

 どぉぉー…ん。

 ぎぃぃぃ…ぃ。

 無理無理無理。


 どぉぉー…ん。

 ぎぃぃぃ…ぃ。

 死ぬ死ぬ死ぬ。


 一定間隔で響く太鼓の音。

 整然と動く櫂が軋む音。

 ゆらーりゆらり揺れるガレー船。

 出航してものの二十分ほどで、私は船酔いでぶっ倒れていた。私が乗り物酔いしやすい体質だからなのか、ファトマの体がそういう体質だからなのか。どうでもいいからこの地獄を誰か終わらせてくれ…。

 あてがわれた個室で吐き散らしながら動く気力もない私を、最初は気遣って何くれと世話をしてくれていたのだが、いつからか雑に素っ裸に布をかけただけで時々ざばっと海水をかけて流す扱いになった。羞恥心とかどうでもよくなっていたし、冷たい海水を浴びる瞬間だけは少し気分が良くなったのでむしろ嬉しかったが。

 考えてみれば、現代社会で一日以上休憩もなく乗り物に乗る機会なんて滅多にない。飛行機で海外に行くにしてもせいぜい十二時間がいいところで、高速バスも渋滞に巻き込まれたとしても四時間おきくらいにはトイレ休憩がある。フェリーとか豪華客船でクルーズする時くらいだろうか。古代の船旅は…数日?数週間?絶望と諦念が心を蝕んでいく。

 そんなこんなで、私はこの異常な状況に疑問を持つ余裕もなく『ファトマ』としての数日を過ごしていったのだった。


 なんだか久し振りに服を着せられたと思ったら、担ぎ上げられて甲板に出た。揺れは幾分収まり、風が心地よい。太陽を見るのも出航以来か。飛び交う海鳥の向こうに、緑の山が見える。

 …緑、山?陸!陸地!揺れない床!

 見知らぬおじさんに抱えられて頼りないタラップを降りる私の心は踊り狂っていた。敷物の上に横たえられた後もゆらゆら揺れているような感じはしたが、船の上に比べれば天国だ。女の人が小さなレモンみたいな果物をくれたので、一口齧る。めちゃくちゃすっぱい味が広がり、唾が出てきた。吐かずに飲み込んだのを見て、今度は皮袋に入った水が差し出される。少し変な味のする水を、ぐいぐい飲む。改めて自分がカラカラに乾いていたのを実感した。船の上では食事なんて無理で、水分すら受け付けなかったからかなり危険な状態だったんじゃなかろうか。ちょっと移動するだけで死の淵に追い込まれるとは。

 そういえば『星赤』のファトマってわりと中盤で死んでたな。主役兄弟の妹なのに序盤で帝国に売られ、数年したら死んだという知らせが届くという影の薄いキャラだった。帝国への憎悪と復讐心を高めるための舞台装置にされた感があったなあ。

 …ん?あれ、私すぐ死ぬの?あれ?すでに死にかけてはいるけど、どの段階で退場したっけ?


 港からは馬車…というか荷車に乗せられた。お世話係みたいな女の人が何人かいて、かわりばんこに側についていてくれる。といってもすることもないので、この世界のことを色々聞いて暇潰しをしていた。

 二時間くらい進んだら休んで、の繰り返しの道中。食事はよく分からない粥みたいなのと干し肉とカラッカラのドライフルーツ。たぶんイチジク。石みたいなそれを細かくしてぐにぐに噛んでいると、なんとなく甘さが広がってくる。

 『星赤』では悪の象徴みたいだった帝国は、こうしてゆっくり通過していくぶんには平和そのものだ。ファトマは酷い扱いを受けて死んだ、という描写だったが、今のところ丁寧に対応されていると思う。荷車は揺れるがクッションを積んで痛くないようにしてくれているし、望めば水でも食事でも持ってきてくれる。なんならお昼寝の時にはお付きの女の人の膝枕付きだ。日差しがきつくないように日傘みたいのを差して、子守歌を歌ってくれるオプション付き。王女様なんだからそういうものなのかもしれないが、私史上最高に甘やかされていると思う。


 最初に死にかけたのが大きかったのか、私は自分がファトマであることをわりとすんなり受け入れていた。『星赤』の通りなら近いうちに死んでしまうが、今の扱いを見ている限り虐め抜かれて死ぬ、とかではなさそうだ。これからどうなるのかをお付きの人たちに聞いてみても、とりあえず帝都に行くということくらいしか分からなかった。

 そうやってのんびり各駅停車の旅みたいに過ごしているうちに、だんだんと街道が広くなり、すれ違う人が増えていった。無限に広がるような畑と、点在する家。銀色に輝くオリーブの葉。垣根代わりに植えられた果樹に、小さな花が咲いている。『星赤』というと赤茶けた乾燥した大地のイメージだったので、改めて帝国の豊かさに感心する。

 帝都に入る前、数日城壁の外で過ごすことになった。今回王国に攻め込んだ軍団の凱旋式が行われるので、一緒に入城するらしい。本番での注意事項を色々言われたが、まとめると大人しく座っていろ、ということだった。何もすることの無い中、時々テントから顔を出して帝都を眺める。城壁の向こうの丘の上に、白い建物がいくつも見える。帝都の大きさを聞いたら、城壁の内側だけでも一周するのに何時間もかかるということだった。

 帝都に着いてから、食事の質も一気に上がった。毎食パンと甘しょっぱい味付けの肉が出る。現代基準だと正直あんまり美味しくないが、よく分からない粥みたいなもの、よりはずっといい。食っちゃ寝のだらけた生活を送っていたら、凱旋式の日はやってきた。

次回、凱旋式。巫女姫様との対面です。

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