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巫女姫、切り込む

 神殿は太陽が昇る前から動き始める。

 太陽を迎える祈りは毎朝行われるので、不寝番の巫女は日の出前から準備を進めている。陽の光が差し込めば神官と巫女が次々と活動を始め、静謐な中にも生命力を秘めた神殿の空気を作り上げていくのだ。

 今日はいつもの動きとは別に、中庭の一角が整えられていた。掃き清められたそこに食卓と長椅子が並べられ、パンとチーズと水の簡素な朝食が用意されていく。芳香のある白い花と緑豊かな蔓草が飾られた頃に、巫女姫が現れた。服装は他の巫女と変わらないが、その首から下げられた巫女姫のしるしが身分を示している。

 巫女姫が席に着くのとほぼ同時に、中庭に王女も入ってくる。フローラに先導され、落ち着きなく周囲を見渡していた彼女は、巫女姫を見ると首を折るように頭を下げた。席に案内されて座るまでにも、大きなくりくりとした黒い瞳が泳ぎ続けていた。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「え、あ、はい。えへ、へ」


 ふんわり微笑んで巫女姫が声をかけると、王女はビクッと体を震わせて引き攣った笑みを浮かべた。


──ずいぶん怯えているようですが、何か警戒されるようなことをしたでしょうか。


 王女の後ろに控えるフローラをちらりと見るが、何も把握していないようだ。この場にいるのは、巫女姫と王女、そしてそれぞれの給仕役としてペトラとフローラ。身の危険を感じるような要素は無いはずだ。今更人質としての身分を思い知ったということだろうか。


「急に呼び出してしまって申し訳ありません。一度きちんとお話をしてみたかったものですから」

「いえ、別に、はい。ふ、ひ」


 あからさまに挙動不審な王女に困惑しつつ、給仕の二人に朝食の準備を進めさせる。パンとチーズが切り分けられ、それぞれの杯に水が注がれた。


「わたくしは食前の習慣として祈りを捧げますが、ファトマ様はお好きになさってくださいね。王国ではお祈りをしたりするのでしょうか?」

「えーと、どうでしょうね。あ、いや、しますします。はい」


 自身の生活習慣について、どうでしょうねとは。

 両手を組んで食前の祈りを口にしながら、目の前の少女を観察する。王女は両手を合わせて何やら呟いているが、内容までは聞き取れない。祈りを終えてパンを手に取ると、それをまねるように王女も食事に手を付け始めた。

 褐色の肌に癖のない黒髪、大きな黒い瞳。容姿は可愛らしいが、所作がそれを台無しにしている。動きの一つひとつに優雅さがないというか、市井の子供のようだ。普段着にと用意した刺繍を施した絹の短衣にも、着られている印象を受ける。

 もし彼女が時を巻き戻しこの場に居るのだとしたら、帝国式に洗練された行動を身に付けていて当然のはず。じっと見つめる視線に気付いたのか、王女がパンを咥えながら首を傾げた。


「まだ一日目ですし慣れないでしょうが、何かありましたらフローラに申し付けてくださいね。できるだけ快適に過ごせるようにいたしますので」

「あ、ありがとうございます。えっと、大丈夫です」

「ふふ、そんなに緊張なさらないでください。わたくしのお友達としてお招きしたのですから、ファトマ様とわたくしは対等です」


 努めて優しく声を掛けるが、王女は俯いてしまった。凱旋式の無遠慮な態度は何だったのだろうか。


「…あの、聞いてもいいですか?」

「どうぞ、何なりと」


 顔を上げた王女の瞳にあるのは、不安。先を促し、言葉を待つ。


「なんで、私を友達にと思ったんでしょうか?あの、ちょっとよく分からなくて」

「わたくしと歳も近いですし、初めて目にしたときから気になったものですから。とても可愛らしい方だな、と」

「え、いや、そんな。ふ、ふ」


 奇妙な笑みを浮かべる彼女をどう捉えるか。照れて喜んでいるのか、何か別な感情か。


──腹の探り合いをしていても、時間の無駄かもしれませんね。


 王女を懐に入れたのだから、時間を気にせずじっくりと探っていけばいいと思っていた。だが、直感が今切り込むべきだと告げている。


「…わたくしは神々の代理として、その依代として生きております。そのせいか、不思議と他の皆様より感じるものが多いのです」

「えっと、はい」

「ファトマ様、あなたは見たままの方ではありませんね」

「え?えっと…え!?」


 王女は分かりやすく動揺し、パンを取り落とした。慌ててそれを拾い上げるが、視線は定まらず挙動不審さに磨きがかかっている。

 何も事情が無いのなら、ここまで取り乱す必要はない。王女には、やはり裏がある。

 会話の空気が変わったのを察して、側仕え二人は自然と周囲を警戒し始めた。近付く者があれば微笑み、やんわりと追い返す。人払いの態勢は整った。


「もし話せないことであるなら、無理にとは申しません。ですがもし話していただけるのでしたら…わたくしはあなたの友人として、できることはしていきたいと思っております」


 微笑みのまま、王女を見据える。あちこちを彷徨っていた王女の視線が巫女姫を捉え、俯き、また向き直る。その瞳に、徐々に黒玉の輝きが宿っていく。


「その、信じられないことかもしれないのですが」

「はい」

「えっと、その、私は、なんていうか」

「はい」

「あれ、どう説明したらいいんだろ。えっと?」

「慌てずに、思いつくまま話してください。わたくしも、ファトマ様のお話をたくさん伺いたいと思っておりましたから」

「あ、ありがとうございます。えっと、じゃあ…」


 くるくるとよく動き、色を変える瞳。感情の動きがここまで分かりやすい人間は、今まで巫女姫の周囲にはいなかった。なんだか新鮮な気持ちで、改めてこの小さなお友達を見つめる。

 意を決したように向き直る顔は、真剣そのものだった。小さく薄い唇が、彼女の物語を紡ぎ始める。


「私は、この世界の人間ではないんです」

次回、王女のターンです。

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