19、救いはその手に
短いです………
実際、ネズは幸運な方だ。誰もが一度は夢見る異世界転生を果たし、最初は獣ながらも美幼女になり、異世界モノのテンプレである『勇者』を持ち、異世界人の『理解者』の側で三年間過ごし、フィネアが勝手に『上』から逃がしてくれた。これを見れば、誰もが幸運と認めるであろう。
だからであろうか。暗い意識の底で、ネズはどこか納得していた。これだけ幸福でいられたのだ。どこかで帳尻合わせが起きても仕方ないと。それが今回、『捕食者』という形で来たのだと。
「………………!起き……………ズ!起きて………ネズ!」
誰かがネズを呼ぶ声がする。それはフィルターがかかったかのように小さく、か細かったが、三年間、毎日聞いていた声だと分かった瞬間、ネズは一気に覚醒した。
「っ!………………ぷはっ!?」
ずっとうつ伏せで寝てたらしく、地面とキスをしていた口をすぐに離し、顔を上げる。そこには、依然として熊がいたが、その熊は動いてなかった。いや、正確に言うのならば、動けなかった。
「っ!?『花のように舞う爆炎よ!我が敵を打ち破り、その身を焦がせ!花弁爆破!』」
熊の顔に赤い炎が当たり、花のような形で爆発した。熊は少しのけぞり、元の姿勢に戻ろうとするが、さらに放たれた魔法がそれを許さない。
「グルオオオォォッ!!」
怨嗟の咆哮さえも押さえつけ、色とりどりの魔法が熊を襲う。しかし、その魔法のどれもが決定打になっておらず、熊のダメージは微々たるものだ。
「ちょい、ネズ!起きたんならこっち来て!」
熊に次々と当たる極彩色の魔法を見上げていたネズはその一言で我に返り、声がした方に振り向く。そこには、やはり尻尾が二つに分かれている黒猫がいた。
「っ!?〜〜〜〜〜〜!」
『黒猫』を見た瞬間、気絶させようとしてくる『小心者』を全力で押さえつけ、未だ震えが残っている足を必死で動かして、いくつもの魔法を放っているフィネアの元へ行った。
「フィネアってこんなに魔法使えたの!?」
「あんたの方が10倍使えるわよ!それより、早く加勢して!!」
「で、でもどうやって!?」
ネズが魔法を使ったのは一度しかない。しかも、その魔法も『能力閲覧』という誰でも使える標準魔法だ。ましてや、ネズは平和な国で生まれ育ったので、相手に攻撃するという行為自体に忌避感を持っていた。そんな者が、突然、命の取り合いをしろと言われても、すぐに動けるはずがない。
しかし、ネズの側にいるのは、誰であっただろうか。そう、異世界人の『理解者』であり、ネズと三年間一緒に過ごした、あのフィネア・マナスティアだ。ネズがどうやったら加勢するか、簡単に分かっている。
「『獣化』と同じ感覚でやればいい!大丈夫!熊は狩られる覚悟はできてる!遠慮なくぶっ飛ばして!!」
「わ、分かった。じゃあ………」
ネズは『全属性魔法・元素』を意識する。すると、自分の体の中から熱く圧迫する『何か』があり、それは体の周りにある『何か』より断然強かった。
「そ、それで、どうすれば………!」
「なんでもいいから、何かの元素を生成するってイメージして!」
ネズはよく分からないまま、とりあえず火の元素出て!と念じる。すると、ネズの右手の五本指から、赤い光の玉がスーッと出てきた。ネズがそれに驚いて固まっていると、フィネアの指示が飛んできた。
「元素を生成できたら、次は使いたい魔法を思い浮かべて、その魔法名を言いながら発射ってイメージして!」
「ま、魔法名?って何………?」
「こういうもの!『瞬電雷撃』!」
フィネアがそう叫ぶと共に、忙しなく動く二本の尻尾から閃光が走る。その光は真っ直ぐ熊へ向かい、その分厚い毛皮を貫いて筋肉組織を痺れさせる。
「じゃ、じゃあ………」
早速、ネズは右手にある五つの赤い光の玉に念じる。イメージするのは、先ほど見た赤い花の爆発。そして、叫んだ。