17、現実
「………ん………………ハッ!?」
地下ではありえない心地いい風を受け、すぐさま飛び起きる。そんなネズの目の前に広がっていたのは、果てしなく続いている広葉樹の森だった。
「………………もの凄くデジャヴを感じるんだけど………?」
先ほどと違うところは、もう日が沈みかけ、夕方になっていることくらいで、『成長』した体や、慣れない貫頭衣、すでに開けられた手紙の感触は変わっていなかった。
「あれー?手紙を読んだあと、何したっけ?何か、黒いのが………」
ネズはそこまで言うと、突然肩を震わせる。何か思い出してはいけないものを察したようだ。
「う、うん!俺はただ寝てただけ!そう、それだけ!黒い何かなんてものは見ていない!」
無事、自己暗示が完了したネズは、とりあえず夜を明かすための準備に取り掛かっていく。しかし、ネズは元々平凡な高校生。サバイバルの知識などテレビくらいでしか見たことがなく、それすら忘れてしまったネズは少々途方に暮れた。
「何すればいいんだよ………。確か、この森には魔物がいるんだよな………………やっばいじゃん!?」
うがああぁとネズの心の叫びが辺りに響く。しかし、都合良く現れる助っ人はいない。その代わりなのか、今来てほしくないものNo1が来てしまったようだ。
ネズの近くにあった茂みが、ガサガサと音を立てて大きく揺れた。
「ッ!?」
ネズは驚きで高く飛び上がり、すぐさまそこから離れる。それと同時に、茂みからゆっくりと何かが出てくる。それは………
「でっかい熊!?」
どこをどうやって入ってたのか、茂みに絶対入らなそうな大きさの黒い熊がネズを見据える。どうやら、ネズを獲物としてロックオンしたようだ。
「ちょっ、早く逃げっ!………………足が、動かない………?」
声すらも無意識のうちに震えているネズは、なぜかあることわざを思い出した。それは、『蛇に睨まれた蛙』だ。これは、蛇に対する蛙の恐怖心が極限まで高くなり、逃げることも、手向かうこともできなくなってしまったことを指す言葉だ。この状況に、この上なく当てはまってしまっていた。
「や、やばっ………………!」
実は、ネズは『制限解除・恐怖』という、一時的に恐怖を消すことができるスキルがあるが、ネズは突然のことで真っ白に忘れてしまっていた。しかし、普通の鼠なら本能でスキルを発動させるが、なまじ理性を持っていたがゆえに、本能を著しく抑えてしまっていた。
「グルルルゥ………」
熊の口角が僅かに上がる。どうやら、獲物が怯えているのを見て、笑っているようだ。
それを見て、ネズは怒りで恐怖心を薄れさせることができた。元々、ネズは熊に勝てるほどの力を持っているはずだ。ネズはそう考え、熊に一歩踏み出す。だが、その『勇者』と言えるほどの勇気は、
「グルルルアアアァァ!!」
「ひっ!?」
たった一鳴きによって粉々に打ち砕かれた。