4: 犬飼さん、とばっちり。
「本気なの? 私に部活をやめてほしいって…」
「モチのロン!」
仁王立ちでのたまう武本さんに、さすがの犬飼さんも難色を示した。
「そんなこといきなり言われても困るよ。私、音楽が好きでやってるんだから…」
「アタシたちの部活は、題して青春研究会。どう? 名前聞いた感じだとワクワクしない?」
その一言を聞いた犬飼さんは少しだけ興味を持ったようで、僕もずっと気になっていたことを質問してくれた。
「その…青春研究会? っていうのは、どんなことをする部活なの?」
よくぞ聞いてくれた。青春という言葉の響きに釣られて、僕はよく考えずにこの部活に入ることを約束した。重要なのは活動内容、今までそれを聞き損ねていた。
「その名の通り…青春をひたすら研究する部活よ! 世の中で青春とされること、アタシたちが青春だと思うこと…全部やるの。夏になったら海行って、秋になったら落ち葉を踏み締めて、冬には雪遊びして…今の季節だと桜が絵になるわね」
指を折って語る武本さん。彼女の口から出る言葉は思いのほか平凡だったが、学生の心を沸き立たせるには充分だと感じた。
「でもそれだったら、わざわざ部活にしなくてもいいと思うな…普通に友達と遊んだり、いろいろ語ったり…」
犬飼さんの主張にも一理あるが、武本さんは思いもよらないセリフをぶつけてきた。
「言っとくけどさっきの犬飼さん、アタシには全然楽しそうに見えなかったよ」
さっきの…というのは、おそらく音楽室で部活動をしていたときの犬飼さんのことだろう。それを聞いた犬飼さんは、より一層不快そうな表情を見せた。
「なんで武本さんがそんなこと言うの? 私たちちゃんと話すのは今日が初めてなんだよ? それなのに…なんでそんなことが言えるの…」
声は抑えているが、彼女が不愉快になっていることは一目瞭然だった。
「そうだよ武本さん。犬飼さんのことよく知らないのに否定するなんて」
「楽人くん、アンタだって犬飼さんのことよく知らないでしょ? もちろんアタシもよく知らない」
頭がこんがらがりそうだ。武本さんの言いたいことがまるで分からない。
「…もう行くわ。そろそろ2分経つと思うし」
結局、犬飼さんは余計に嫌な気持ちになっただけだった。今まさに、彼女が空き教室を出て行こうとしたときだった。
「犬飼さん、いい加減その本性を現しなさい」
立ち去ろうとする犬飼さんにばかり注目していたので、武本さんの挑戦的な言葉は不意打ち以外の何ものでもなかった。腕組みをして睨みを効かせる武本さん。そのとき、顧問の先生が廊下から現れた。
「もう2分経ったわよ。…何があったのかは知らないけどケンカはダメだからね。犬飼さん、戻りましょう」
この先生の神経質なところが良い面で活かされた。険悪なムードにいち早く気づいた先生は釘を刺し、そのまま音楽室のある方へと消えていった。犬飼さんも、我々を気にしながらも空き教室を後にした。
「武本さん…大丈夫なんですか? たぶん…いや、絶対犬飼さん不機嫌になってると思うんですけど」
「仕方ないわね…アタシ『先延ばし』って一番嫌いなんだけど、犬飼さんは一旦保留ね」
保留か。諦めるつもりは最初からないようだ。それにしても…
「武本さん、なんで犬飼さんにこだわるんですか?」
「なんとなくよ。犬飼さんって、アタシほどじゃないけどクラスの中で孤立してるし…楽しい思い出、残してあげたいじゃない?」
武本さんは、僕が思っているよりも心優しい性格なのかもしれない。そう考え、さらに追加で質問をした。
「じゃあ猿渡くんと雉野さんは?」
猿渡くんはいわゆるムードメーカーで、学年の中でもトップクラスの人気を誇る。雉野さんは成績優秀で、そのうえ陸上部でも活躍しているという印象を持っている。どちらも毎日に不満を抱えているようには思えないのだ。まさか本当に連想ゲームで名前を挙げただけだったりして。
…なんて、あるわけが…ないのではないか?
「あー、それはマジでテキトーに決めたわ。犬飼さんって名字にイヌ入ってるじゃん? そんで同級生にサルとキジもいる。サイコーじゃん! 桃太郎やろうぜ! …的な?」
的な? …じゃないから! なんてことだおいおい…いや、まぁいい。彼女は青春を追い求めているのだから、これくらい大雑把な方が理想的なのかもしれない。
「はぁ…それで、残り2人はどうしますか?」
「風の噂によると、猿渡くんは駅前の喫茶店でバイトしてるらしいの。突撃しに行くわよ!」
犬飼さんだけでは飽き足らないらしい。あれほど彼女の提案に乗り気だった僕だが、恥ずかしいことにもう帰りたくなっていた。帰宅部の悲しい性だ。
「なによ楽人くん。もうホームシック? ダッサ!」
恥ずかしいことにもう闘志が芽生えた。5時のチャイムが必ずしもスターターピストルになるわけではない。そのことを見せつけてやろうと、思ってしまった。
「全然ホームシックじゃないですけどねぇ? 青春研究会のためですもの! そう考えたらまだまだイケますから!」
「よく言った楽人くん! そんじゃ決定ね。喫茶店にレッツラゴー!」
僕の粗熱はすぐに冷めたが、彼女の後ろを歩いている以上は仕方ない。僕はただ乗せられただけだと気づいてしまったがもう遅い。今さら取りやめにはできない…
「武本さん…」
「なぁに?」
「駅前っていうのは…西大川駅のことですよね?」
「違うわよ。今から行くのは東大川駅!」
僕の帰り道と真逆じゃないか! …まぁ、東大川駅だったら学校からそこそこ近いから…良しとするか。良しとしないといけない。
良しでないなら良しではない!
ああ、帰りたいという願望のせいか、ゲスを極めた乙女のヒットソングのようなフレーズが思い浮かんだ…
「楽人くん顔色が優れないわね。食べたらお腹を壊しかねないジャガイモみたいな顔! ウケる〜!」
一見すると明るい彼女なのに、なぜ友達が少ないのか僕は今はっきりと理解した。要するにこういう態度だからだろう…きっとそうだ。ただでさえ見た目が不良なのに。
「楽人くん、アンタ…なんで友達がいないのか自分で分かってる?」
下駄箱の靴を地面に置いた彼女は、振り向きもせずにそのように言ってきた。
どうして友達がいないのかを自分で分かっているかだと? 今まさに僕が! あなたに! 思っていたことですよ!