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3: 犬飼さん、発見!

 彼女は脇目も振らず廊下を突き進む。僕にはそのあとを早歩きで付いていくことしかできなかった。

楽人がくとくん! まずは犬飼さんのところに行くわよ! 案内してちょうだい!」

「ええ!? 僕が案内するんですか!?」

 分かるはずもない。犬飼さんのことは名前をうっすらと知っている程度だし、同じクラスになったことも話したこともない。というか、犬飼さんのことなら同じクラスにいる武本たけもとさんの方が知っているべきでは…

「さっきも言ったけどアタシは友達が少ないの。まずは犬飼さんの居場所を突き止めましょ」


 そう言って彼女がいの一番に向かったのは体育館だった。僕に案内を任せるという話もまた、いの一番に消えたようだ。

 閉ざされた体育館の扉…彼女は両手でこじ開けた。


「たのもー!!」


 事もあろうに、彼女は腹の奥底から振り絞った大声で、部活中の人々の注目を集めた。

「何あの人?」

「変なの…」

「あれ武本さんじゃない?」

 卓球部、バドミントン部、バレー部の面々が、ある人は遠くから、またある人は近くから各々の感想を口にする。その「近く」に属するバレー部の中には武本アキラを知っている者もいたようで、入口からすぐのコートに乱入した。


「…武本さん、さっきの登場でみんなビックリしてます。レシーブの構えなんかしたらもっと意味が分かりませんよ」

「そうね。…そこのアンタたち!」


 彼女は、相手コートで困惑する女子たちに威圧感な声で呼びかけた。道場破り、レシーブ、そこのアンタたち…不審者の三段構えである。

「えっと…武本さんだよね? どうしたの?」

 困惑ガールズを代表してか、1人の女子が武本さんに応じた。


「いかにもアタシは武本よ。アンタは確か、同じクラスの田中さんね!」

「いや、高橋だけど…」

 おいおい、しょっぱなから名前を間違えているではないか…大丈夫か。

「高橋さん…突然だけど、犬飼さんのことを教えてくれないかしら?」


 2人はネットを介して対話している。僕はその様子を武本さんの後ろでただ見ているだけなので、周りの人々から注がれる視線に冷や汗をかいていた。

「犬飼さん?」

「そう。そもそも犬飼さんって部活してるのかしら?」

「犬飼さんは確かブラスバンドだったはず…」

「そうなんだ…有力な情報を得たわ! …そんじゃっ! 楽人がくとくんがお騒がせしました!」

「なんで僕!?」

 武本さんはすべての責任を僕になすりつけて体育館を出て行った。先ほどから振り回されてばかりだ。


「音楽室に行くんですか?」

「当たり前じゃない。アンタってパンダが見たくなったら水族館に行くの?」

 少しズレている気がするが自明であった。彼女の足は明らかに音楽室へと向かっているし、こうしているうちにも金管楽器の音色が聞こえてくる。

「武本さん、さっきみたいにいきなり入って大声出したらみんなビックリすると思うから…」

「分かってるわよ。いきなり入るのはダメなんでしょ?」


 少しでも油断したのが間違いだった。彼女は確かに「いきなり」入室するようなことはしなかった。あらかじめ合図を出したのだ。…スマホから、大音量で。


「うわっ!? うるさっ…!」

 その音は法螺貝ほらがいだった。戦乱の世に数多と響いたであろうその音は、薄型の精密機器に憑依した。


「なになに! なんなの!?」

 中から出てきたのは、厳しくて神経質で有名な女教師だった。僕も例にもれずこの人のことは苦手である。

「先生! 犬飼さんはどこですか!」

 武本さんは笑って元気よく問いかけたが、ここは先生の反応が気になるところ。

「犬飼さん? あそこにいるけど…それよりさっきの音はなんだったの?」

 先生は険しい表情で詰問きつもんを始めたが、武本さんは気にも留めずに答えた。

「闘いの合図です! 失礼します! 犬飼さんをお借りします!」


 本当に肝の据わった人だ。まだ話の途中だと訴える先生を置いて、彼女は犬飼さんの元へと詰め寄っていく。肝心の犬飼さんはというと、入口から一番奥でチューバを抱えたまま目を丸くしている。


「犬飼さん。アタシと一緒に来てもらおうか」

「えっ…いやでも…」

「そんなこと許されるわけがないでしょ! いま部活の真っ最中なのよ? 分かってるの!?」

 この先生は厳格でヒステリック。それでなくてもこの状況はいかがなものかと思う。

「部活の真っ最中…奇遇ですね。アタシと楽人くんも部活中なんですよ!」


 名指しはやめろ、マジで…

「部活ぅ? じゃあ聞くけど、2人は今なんの部活をしてるんですか?」

 先生は嫌味まじりにそう言って、武本さんはいきなり僕の肩に腕を回してきた。

「せ〜のでいくよ? せ〜の…」

 彼女は耳元でそう囁いた。僕はこのときの反射神経を今でも疑っている。


「「青春研究会」」

「…です」


 僕は「です」を付け加えた。彼女はドヤ顔をした。

「青春研究会…? そんな部活聞いたことないけど…」

「3分…いや、最悪1分でもいい。ちょっとの間、犬飼さんと3人きりで話をさせてください。ものすごく大事な話なんで、そこのところ、頼みますよ?」


 武本さんは語気を強めるごとに一歩先生に近づいた。真剣な気持ちが伝わったのか、議論の余地すらないと呆れたのかは分からない。しかし先生は、なんだかんだで犬飼さんを手放してくれた。

「じゃあ間をとって2分あげる。2分だけだからね」

「オッケー牧場!」

 武本さんは一転してぶさけきった返事をした。その後チューバを勝手に床に置き、犬飼さんの手を引っぱり始めた。犬飼さんは一見すると控えめな性格のようだが、さすがに声を上げた。


「ちょっと武本さん…全然わからないよ。話って一体…」

「いいからまずは外に出る! 2分だからね。無駄な抵抗はよしなさい!」

 犬飼さんをこのように扱っては、残されたブラスバンド部員たちが色々と誤解をするのでは…僕がそのような懸念をしているうちにも、音楽室から少し離れた空き教室にたどり着いた。


「ここなら誰にも聞かれないわね…」

「武本さん、今さらコソコソしても遅いような気がします」


 僕が見えないのか? すぐそばにいるのに。


 彼女のあまりのスルースキルに、かつて一世を風靡したロックバンドのようなリリックが芽生えた。

「あの…私たち、あんまり話したことないよね? それなのに私に話って…」

「単刀直入に言うわ。犬飼さんには青春研究会に入ってほしいから、とりあえず今の部活をやめてほしいの」


 この人の辞書に「オブラート」の文字はきっとないのだろうと、思わずにはいられなかった。

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