第9話 今と昔の仲間
(コイツら…………かなり強い)
3匹のスラダウルフの連携攻撃によって苦戦を強いられているアナスタシアは、見事に連携の取れているウルフに視線を合わせて剣を構えた。
(攻撃担当と動きを制限するヤツ。そして隙を突いて攻撃してくる簡単だけど厄介な戦術)
訓練学校時代、常にトップを走り続けた彼女だが、あくまで成績をつけるのは個人の模擬戦。
もしくはペーパーによる試験問題だ。
不足の事態に対する対応策も熟知しており、本人の戦闘能力も申し分ないレベルに達しているからこそファーストの座を貰ったわけだが、あくまで彼女の戦闘能力は『個人、またはパーティ単位』でのもの。
相手パーティを一人で相手するなんてイレギュラーな状況は考慮されておらず、彼女にとって3体1で戦うのは今回が初めてなのだ。
完全なソロでパーティ単位を圧倒しようと思えば2ランクは上の実力を求められるもの。
そして今の彼女にスラダウルフの連携を崩して切り込むだけの戦闘力はない。
適当な連携も何もない烏合の衆なら浮いた駒から殺していけばいいが、彼らは集団で行動するオオカミとしての本能か、群れで狩りをする習性を受け継いでいる。
よって一筋縄ではいかない相手。
慎重に、相手を崩せる一手に狙いを定めて攻めなければと、向かってくるウルフに対して剣を振るった。
前方に振るわれた剣を回避したウルフにバックステップを用いて距離を取る。
だが後ろに飛んだ彼女の行動を、今までの戦闘からなんとなくで予感していたもう1匹が追いついた。
(そうだ……コイツらは武器を持っていた。そしてそれは、おそらく冒険者を殺して奪ったもの)
目前にまで迫るウルフの姿に何故今まで気づかなかったと、彼らが武器を持っているのなら冒険者を殺すほどの技量があると証明しているようなものではないか。
そんな初めに気づくべきことを見落としていた自身の不甲斐なさを呪う。
だが既に回避できる距離ではない。
なんとか急所のみを防御しようと剣を引き寄せて身を屈めるが、
次の瞬間、
目前にまで迫っていたスラダウルフの頭部に短刀が突き刺さり、瞬きする間も無く全身をナイフで貫かれて地面に崩れ落ちた。
「俺の仲間に……何やってんだ」
■
一瞬。ほんの1秒にも満たないであろう時間の最中、的確に急所のみを捉えたミナトの短剣はウルフを串刺しにした。
おそらく彼は接近して斬り殺すには間に合わないと踏んでからすぐに投擲に変更、持っていたナイフを一寸の狂いもなく正確に穿ち抜いて、今の今までアナスタシアの苦戦を嘲笑うかのように敵を殺害した。
「…………俺の判断ミスだ。全員同時に素材の出来なんか関係なしに殺すべきだった」
地面に座り込むアアナスタシアに手を差し出し、彼女に目立った傷がないことを確認したミナトは腰に吊るされた剣に手を添えて、ウルフ達が一瞬にて戦闘体制に入るほどの強烈な殺気を放つ。
するとダンジョン内に行き渡った強烈な殺気に反応したのか、奥から前からと大量のウルフが釣られてか、それとも自身のテリトリーに落とされた爆弾を処理しようと最優先に向かってきたのか、返答しない犬畜生の心情など分かりはしないが、その場に居合わせていたアナスタシアは後者だと確信する。
「ちょっと…………これは」
だが数が多すぎる。
いくら1匹のウルフを瞬殺できようが、世の中には数の暴力というものが存在する。
そしてそれを、今まさに感じたばかりのアナスタシアは剣を引き抜こうとするミナトに撤退を伝えようと彼のコートの端を掴む。
「撤退よ。私たちじゃ勝てない」
どれだけミナトが強かろうとも、彼が自身よりも卓越した戦闘能力を持っていようともこれは絶望的すぎる。
いくらファーストと言えどもこれだけのウルフを相手にして生き残れるのがどれほどいるか。
そんなもの上位のさらに上澄しかいない。
だから逃げようと提案する彼女に、ミナトは返事をしない代わりに一歩前に出て抜刀の構えをとった。
「……………………10秒くれ」
そして彼の魔力が一気に放出された。
「ようやくできた仲間なんだ。俺の命に変えても守り通すよ」
膨大な魔力が波打って放たれる光景と、異常なほど高密度の魔力が暴風のように放たれてダンジョン内にヒビを入れる。
そして地面を砕くほどの破壊力を持って踏み込んだミナトは、誰一人として彼を捉えることなくウルフの大群の内部に到達。
唯一反射神経が優れており、野生の勘が働いたウルフの一匹が背後に到達してきたミナトに反応して持っていた剣を無造作に振り回すように向けるが、
そのウルフの首が武器が振るわれるよりも先に宙を舞った。
首が飛んだ仲間の光景にようやくミナトが自分達のすぐ側にいる、そう認識したウルフ達が各々の手段を持って彼の首を取りに殺意を込めて斬りかかるが、武器ごと両断されて血飛沫のみが壁に飛び散った。
そしてようやく地面に着地したミナトは着地と同時に袖の中に隠し持っていた短剣を腕を振るう動作と共に取り出す。
彼が見るのは正面。
仲間をやられ、一瞬にして半数のウルフが死んだ現状に一歩遅れて飛び掛かってきた援軍に向けて取り出したナイフを投擲。
両腕の関節に差し込むように突き刺されたナイフによって動きを封じられ、空中で身動きが取れずに落ちるウルフに向かって、彼はナイフの方角に腕を向けた。
「ライトニング」
ミナトの腕から放出された電撃魔法がウルフを感電死させ、焦げた死体の毛皮を掴んで走り出した。
正面から仲間の死体を盾にして迫ってくるミナトに恐怖を抱いて動きが鈍ったその時、死体を空中に投げて視線を集め、その隙に速度を上げて壁を駆け抜ける。
そのまま1匹とも反応することなく視界の外から放たれた斬撃によって命を斬り取られた。
そして納刀するミナトの姿をようやく視認できるようになったアナスタシアは、一滴の血もついていない彼の姿と、8秒間にして計20体以上のモンスターを殲滅した彼の戦闘力に常識の範疇を超えた何かを見出していた。
「……ガルゥウウウウウ」
突如としてアナスタシアの背後から聞こえる唸り声。
撃ち漏らしがあるのかと振り返った彼女が見たのは、スラダウルフを束ねるロードウルフ。
人間の体格を遥かに超えた巨体と、その手に握る血濡れの戦斧が今振り下ろされそうになっていた。
(まずい……防御を!)
即座に剣を構えて防御を行うアナスタシアだが、振り下ろされる光景を前にして確実に粉砕されると予期。
このまま防御しても鎧ごと破壊されて致命傷は避けられない。
恐怖のあまり目を瞑って死を覚悟するが、
「仲間に手出しはさせない」
一瞬にして襲い掛かる浮遊感に目を開けると、先程までいた場所には深々と突き刺さる戦斧の攻撃。
そして彼女はロードウルフの攻撃を回避してヤツの背後に回り込むミナトによって抱かれていた。
「振り落とされないように捕まっててくれ」
鼻がふれそうなほどの至近距離で微笑む彼の姿を最後に、ダンジョン内の壁や天井を縦横無尽に飛び回りながらロードウルフを切り刻む。
そして、
「一撃じゃ仕留められなかったからな、少し手間をかけさせてもらった」
上空からの回転斬りで勝敗の幕を閉じた。
■
モンスターの素材を回収してダンジョンを出る道すがら、アナスタシアは自身のやらかしを反省し続けていた。
(ああぁもう、これじゃあ私が調子に乗って惨めにあったみたいじゃないの)
事実としてそうなのだが、あまり認めたくはない問題だ。
相手の力量を正確に測ること自体はほぼ不可能に近い技術で、アナスタシアと言えどもそこに至るまでの戦闘経験はない。
剣を数度撃ち合うだけで相手が自分よりも強いかどうかを認識できる冒険者もいるらしいが、そんなものは噂話の域を出ず、訓練学校の教官ですらそんなものは持っていなかったので彼女にできないのは当たり前と言えばそれで済む。
かと言ってミナトの実力を確認しなかったこと。
一軍に上がってから浮かれてばかりで、顔を見たことのないミナトを後から入ってきた新参者と色眼鏡で見て一人で突っ走ったことなど、挙げればキリのない自責の念に駆られて足取りがおぼつかない。
(それに……助けてもらった御礼も)
あの場でミナトが出てこなければ確実に死んでいた、もしくは二度と復帰できない傷を負っていただろう。
その礼を真っ先に言うべきなのだが、抱かれたままの戦闘やいろんなことが重なりすぎてタイミングを逃してしまい、今に至る。
そうこうしている内にダンジョンから出てきて、他の冒険者の姿がちらほらと見えてくる。
「アナスタシア、素材はギルドに持っていけばいいんだったよな?」
大量のモンスターの素材が入った袋を見せて確認を取るミナトに、構えていなかった言葉に挙動不審になりながらも答えようとした彼女だったが、
「あれぇミナトじゃん。まだ冒険者なんてやってたの?」
下品な奇声をあげ、他の冒険者を押し退けてやってくる不埒な輩に邪魔をされた。
「………………真也か」
あまり思い出したくない人物だが、無視して話がややこしくなっても困る。
そう思って一度ため息を吐きかけながらも向き合ったミナトは、自身を追放した元パーティメンバーのリーダーである真也へと細く視線を向けた。
「宝箱を開けるしか脳のないバカが、なんでこんなところにいるのかなぁって思ったんだけど……まさか冒険者なんて続けてるわけないよなぁ?」
「ちょっと失礼じゃない? コイツ、冒険者の荷物持ちでじゃん? 冒険者ですらないんだから一緒にしたら私たちが可哀想だっての」
ミナトの代わりに入ったであろう人間が勝手な身内ネタで盛り上がっている波に乗り切れていない。
そして昔の仲間を馬鹿にして、冒険者ですら無いと言い張った彼らを酷く冷たい目をしたミナトは自分の代わりのレベルの低さに落胆すると同時に、彼らに再会しても「微塵もよりを戻す気が起こらない」自身の心境にどことなく安心していた。
本当に彼らは仲間ではなかった。
ほんの少し前のミナトなら動揺もしよう、胸が締め付けられるような感情があったかもしれない。
だが今の彼は仲間の存在を知っている。
今更この程度で揺らぐのなら、あの日差し伸べられた手を取ったりはしない。
「お前が抜けたおかげで攻撃力が上がって攻略がしやすくなったんよ。そんで第8層の攻略と俺たちの功績が認められて……」
そう言いながら真也とその仲間達は自慢げに腕に巻かれたギルド所属証明を見せつける。
「ギルドに入れたんだ。ほんとお前が消えてよかったよ」
「そうか、良かったんじゃないか。それで」
「はぁなんだよお前。自分がギルドに入れねぇからって当たりやがって。言っとくけど俺たちのバラザーズはお前みたいなクズは受け付けてないから」
見下すような顔をしてミナトの肩を叩こうとした真也に、ミナトの古い知り合いだから黙って見ていたが、これ以上は我慢の限界だとアナスタシアが前に出る。
「下の中あたりのギルドに入ったくらいで、よくもそんなに横柄に出て恥ずかしくないの? 私もあんまり人のこと言えないけど」
「んだよ、ちょっと顔がいいからって正義ぶって調子乗りやがって。お前とこのクズに一体何の関係があるんですか?」
「仲間よ」
「はぁ、何言って……」
「同じ冒険者ギルド『フォルティス』の仲間だけど何か? あぁ雲の上の人すぎて分からないかも知れないけど、私も道端の潰れた羽虫に気を使うほど几帳面でもないからあなた達のことは存じ上げないけど」
「フォルティス? 何バカなこと言ってんだお前、今から嘘でしたって謝って俺の女になれば痛い目見ることはないと思うぜ!」
いきなり殴りかかる真也に余裕で反応したアナスタシアは彼の顔面を捉えるが、真也の拳はミナトによって止められ、アナスタシアの拳のみが真也にめり込んだ。
「テメェ何すん…………だ」
横槍を入れられたことにキレ散らかそうとした真也だったが、見下すミナトの視線に身体が動かず尻餅をついたまま硬直する。
「俺はもう、お前と仲間じゃない。もとよりお前はそのつもりすらなかったんだろう。だから俺とお前には何もないんだ、何も。関わることも、接することも、繋がることは二度とない」
「足手纏いが女に守ってもらっていい気になるなよ!」
「あの日断ち切った縁をお前が伝って害を成すなら、俺はお前を必ず斬る。後ろの奴らも覚えておけ、二度と俺に手を出すな、俺の怖さはお前達が一番知っているはずだ」
手を出してはいけないパンドラの箱に触れたことを自覚した彼らは、ミナトの横にいるアナスタシアへと唾を撒き散らす。
「おいそこの女! コイツはゴミだ、鍵しか開けられないゴミスキルで、戦闘もまともにこなせないグズだ! どうせギルドも金払って荷物持ちとしてでしか入ってないロクでもないクソ野郎なんだぁあ!」
「自慢したギルドの格に負けて、冒険者の実力でも負けて、出来ることはスキルの悪口。惨めね、誰も止めてくれなかったんでしょうに、パーティメンバーも女ばかりで固めていやらしい」
負け犬を晒した真也を放置して去っていくミナトの後ろを追うようにして歩くアナスタシアは、
「ありがとう、今日助けてくれて」
「…………いや、礼なら俺の方が言うべきだ。さっきお前が言い返してくれて嫌な話だけど嬉しかった。本当は喜ぶことじゃないんだろうけど」
「あれくらいどうってことないわよ。それに仲間なんでしょ?」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしたミナトを押してギルドへと任務の達成を報告しようと歩く彼らを遠くから見ていた2名が、
「なんか心配で来てみたけど、めっちゃ仲良くね?」
「気のせいだろ。じゃなきゃギルドのアベック率が上がる」
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