第7話 歓迎会
「おう、めんどくぜー手続き済んだみたいだな」
「は……はぁ」
ギルドの出口前に立っている人間をヤバいものでも見たかのような、ツチノコが3匹転がっている珍獣を見るかのような目で後退りするミナトだが、目の前の猛獣は猿よりは賢いらしく逃してくれそうにない。
だがミナトとしても疲労に疲労が蓄積してまさに疲労宴だ。
まごうことなき帰りたい。
「えぇっ……と、あの時いたギルドマスターの…………」
「ん? ああ、護衛とかそんなもんに見えてたかも知れねぇな。とりあえず俺のことは超強い人、南条恭一郎って覚えとけ」
一応知ってる人だったからまだいいが、今日のミナトは長々と続くギルド加入に関わる書類の整理、そして長時間に渡るセミナーという名の地獄をくぐり抜けてきたミナトの形相はと言うと若者のそれでは無かった。
無駄に役所に駆けずり回ったと思えば不備があるだのなんだのでやり直す羽目になり、まともにペンを持ってお勉強などした試しのないミナトは、今生の思いで書き連ねた書類の束を持って役所の目の前まで辿り着くが、そのころには「定時だから帰ります」という立て看板が置かれており、そいつを粉々に砕いてやった。
それからと言うものの、公務員の定時に腹を立てながらもギルドに所属する冒険者としてのマナーだか行動だがシステムについて永遠と聞かされる窓のない部屋での傍聴会があったが、内容は覚えていない。
ただ新入社員のように一斉にやってくれれば虚無感はなかっただろうなと、渡されたノートにひたすら書き込まれた手足の生えた蛇のような絵がそれを物語っている。
ともかく帰りたい。
目の前の男が現時点のミナトよりも強いことは明らかで、ここからダッシュでおうちに駆け込んで逃してもらえるかわからない。
むしろお家が特定されることがあっては余計に面倒だ。
類人猿はバナナだったか、そう思いながら背負っていた鞄に手をやろうとするミナトだったが、
「ギルドの仕来りみたいなもんで新規の歓迎会やるもんなんだが、悪いがそいつは4月に終わっちまってな。お前の分がないからしょうがなく俺たち先輩が自腹切って歓迎会やることになった」
(自腹なんだそれ)
「断るなよ、お前が断ったらこれ経費で落ねぇから」
■
「普通4月にこぞってギルドに入ってくるもんなんだが、途中加入は割と古株の俺も見たことがねぇ。あのマスターが言うにお前はだいぶ特別扱いらしい」
「なんかまだ実感ないんですけどね」
夜だからなのかよく冷える。
ダンジョンから文字通りの掘り出し物である黒コートのポケットに手を突っ込んだミナトは剛士の声に耳を傾けながら、ダンジョンによって栄えた街並みを見渡して、それと同時に自身の手を見る。
そしてそこら各地に設置されている魔力を動力源としたダンジョン産の機械に手を伸ばしてみるが、すぐに降ろした。
やってみるまでは分からないが、理論上ミナトのスキルは魔法の無効化の延長線上でこのような生活を支える魔法文明すらも破壊できるとアーブラハムは予期していた。
ダンジョン産の素材が市場の中心となり、今や生活自体がダンジョンによって支えられていると言っても過言ではない現代で、その根底を破壊する人間の存在は是が非でも欲しいとなったのだ。
「実感なんて後からついてくるもんだ。必要なのは今お前が何をするかだ」
そうこうしているうちに目的地についたのか、住宅街の一軒家に足を向けた恭一郎は扉を開けて、
「ほら入れ、俺たちの仲間が待ってるぞ」
■
「テメェ肉ばっか食いやがってぶっ殺すぞッ!」
「悪いが俺の筋肉が欲しがってるのでな。俺に当たるのは筋違いってやつじゃないのか?」
「テメェの筋肉は頭ん中に詰まってる筋肉とは分離してんのかぁ? ちげぇだろぉおお! その筋肉もテメェの一部で、しっかり責任問題発生してんだよぉお!」
扉を開けた先に広がるリビングでは、既に色が変色してマグマのように煮詰まっている「鍋だったかもしれないもの」を囲んで地獄絵図とも言える光景が広がっていた。
「これなんですか?」
「お前の歓迎会だ。さっさと座れ、無くなるぞ」
「あのぅ、祝われる側の主役不在なのにみんな食べてるのは……」
もうすでに殴り合いが発生している現場を指差しながら恭一郎に声をかけるが、彼も「しょうがない、諦めろ」の一点張り。
そのままミナトのSOSをひたすら聞こえないふりをして茶舞台の前に座り込むと、さも当たり前かのように鍋を突き始め、中からバナナが出てきた。
「さぁ、食え主役。心優しい俺はお前のためにとってやったぞ」
皿の上に置かれた鍋の中から出てきたバナナを押し付けるようにして持ってくる恭一郎に全力拒否。
「絶対自分が食いたくないからって持ってきたろ!」
「これは優しさだ、先輩からの善意で好意なんだ。さぁ食べろ、じゃなきゃ一体誰がこんなもん食うってんだ」
「恩着せがましいこと言って最後に本音出てんだろアンタ! 第一入れたやつが消費すればいいでしょうがこんなもん!」
是が非でも食いたくない恭一郎による先輩の愛の鞭。もといい暴力的な体育会系の洗礼に殴られているミナトは室内だというのに全力ダッシュを行った。
正面から片手にバナナの入った器を持って迫り来る恭一郎から逃げるため、そしてその辺で殴り合っている剛士から距離を取るために、ただひたすら逃げることだけを考えて床を蹴りつけるが、
誰かに足を掴まれて冷たいフローリングに顔面を強打した。
「あーごめん。でもあれ食ってくれないと鍋が終わっちゃうのよね」
足元から聞こえる悪魔の声に鼻先を抑えながら視線を向けると、茶髪の女性が毛布に包まったまま顔と腕だけ出してミナトの足を力の限り掴んでいた。
「だってあれ、ウチが入れたから」
「お前かぁあああああ! 諸悪の権化は!」
離れろと足を振り回すも、持ってきたやつの意地なのか中々手を離さない。
「残念だったね。妨害系の魔法と嫌がらせに関してはそんじょそこらの素人とは訳が違うの」
「もっと有意義に魔法をつかいましょうよ! こんなところで本気になるなぁ!」
「大丈夫、大丈夫。そんなに怖がらなくても5本中4本は雅昭に食わせたから」
ちらりと目をやる彼女に合わせて視線を動かすと、部屋の隅に追いやられた雅昭が白目を剥いて倒れていた。
一応ミナトをギルドに連行する際に戦闘をした仲だ。
全くの知らない人とも言えない人選と、戦闘力の面でいけばかなりの実力者だった彼が完全に意識を失って倒れている光景に逃げる意欲が増加する。
「アットホームって聞いてたぞ!」
「アットホームはそれしか売るとこ無いの裏返しだからブラックに決まってんだろ」
「そこはせめて慰めろ!」
目の前に押しつけられるブツを前にしてミナトの意識は途切れた。
■
先程目を覚ました後、雅昭と共に便所で吐いてきたミナトは二日酔いも真っ青な悲壮感漂う顔面でできる限り食べられそうなものを探して鍋を突いていると、ようやくまともに戻ったことを確認した恭一郎は死にかけのミナトの近くに毛布から出ようとしない女性、スーザンを引っ張ってきた。
「復活したところで、ギルドの仕組みをコイツから教わっておいた方がいいと思ってな。あの講習会じゃとてもじゃないが分からん」
「そりゃそう。あれはウチもマジでよく分からなかったし、あんなんインテリのお利口さんが馬鹿みたいに専門用語使ってるから伝わるわけないってのよね」
「それでもギルド所属の冒険者ですかあんたら?」
所属と言うと企業に勤める会社員のようなもの。
厳密に言えば色々と違うだろうし、細かいことを言えば個人事業主とクライアントのようなものだ。
ただギルドが上にいる構図自体はさほど変わらないもので、こうして上司や会社そのものに直球で悪口言っているのを、社会人に慣れていないミナトがどうかと思ってしまうのも無理はない。
「しゃーねぇのよ、これが。このギルド、ボスが頭イカれてるから周りをインテリで固めなきゃギルドが回らない。社会の歯車ってのはこーゆう奴のことを言うもんなんだよ」
「…………どちら様で」
「お前と一緒にゲロ吐いた奴だよ! 覚えろよ! 人生にそうないだろ横で一緒にゲロ吐いたりとかさぁ!」
ミナトの肩を掴んで無駄に揺らしている雅昭を放置してスーザンがお菓子の箱を持ってきていた。
「まずギルド所属の冒険者は大きく3つに分けられる。『下積み』『二軍』『一軍』って感じでね」
お菓子の箱をひっくり返すと、色違いの包装がされているチョコレートがテーブルの上に散らばり、散らばったそれを色ごとに分ける。
「『下積み』は名の通り冒険者予備軍のこと。やることは探索のサポートとかが主で、持ち帰れない素材を回収したり荷物持ちしたり、いわゆる雑用。所属した奴が真っ先にあてがわれるやつね」
市場に素材を流している冒険者ギルドはこのように雑用を多く抱えており、冒険者としてダンジョンに入ることはできるが、戦闘で使い物にならない人間たちを素材の回収係として抱え込むことにしている。
そして冒険者育成学校上がりの人間を下積みとして『ダンジョンに慣れさせ』『才能があると判断した場合にのみ上に上げる』方針をとっている。
下積み自体は冒険者なら誰でもなることができるが、上位のギルドになるとより深い階層に潜ることがあり、万が一の事故や素材そのものを回収できないことを考慮して上位のギルドの下積みは普通ギルドの中堅に相当することがある。
そのためこのギルドで下積みを続ければ『いつか認められて正式に所属冒険者になることができるかもしれない』が、それと同時に『認められなければ一生下積みで終わるかもしれない恐怖』を抱くことになる。
ただそれでも普通ギルドとトップ層のギルドでは何を取っても上に行った方が良く、下積みが絶えない理由がここに存在する。
「次に二軍だけど『二軍』って言ってもこれが普通の冒険者。ギルド所属で月収も出る、ダンジョンにも潜る。基本的な冒険者ギルドがやることは全部やることになるって感じ」
下積みから戦力を認められて繰り上げされた正式なギルド冒険者。
月額で固定給が払われ、ダンジョンの出来によって追加報酬が配られる。
下積みの時点でギルド内の施設は使いたい放題だが、それに追加して冒険者としてのパーティを組んでのギルドからのダンジョン素材回収の仕事が回されることになる。
基本的にこのラインから所属冒険者として胸を張っていける。
「そしてこれが今のウチら『一軍』ダンジョンの新たな階層を突破することを命じられたギルドの最高戦力にして冒険者の上に立つ者」
ギルドの中でも選りすぐりのエリートのみが選出される少数精鋭のギルドが誇る最高戦力。
彼らの仕事はダンジョンを攻略して素材を回収することはもちろん、未知の階層を攻略することでダンジョンの可動域を広げることも含まれている。
基本的にダンジョンは10階層ごとにボスモンスターが存在しており、そいつを倒せば次の階層が解放される。
そして一軍の冒険者は解放された『誰も立ち入ったことのない完全な未知の世界の攻略』と『次に現れるボスモンスターの討伐』を主な任務としているのだ。
「常に最先端を強いられ、未知の脅威にさらされ続ける強さを持った者しか選ばれない。ただ逆にまだ市場に通っていない素材を我先に流すことができて、流通ルートを独占できるからどうしてもこれが儲かるのよ」
不足の事態全てに対応できる判断力。
深い階層になればなるほど強化されていくモンスターを殲滅できる戦闘力。
それら全てを所持している冒険者のみがギルドの顔として、最高戦力の肩書きを持って攻略に行くことができる。
「最高戦力ってのは言い過ぎだろ」
「でもその通りでしょうが」
爪楊枝を片手で回している恭一郎が悪態の如くつぶやくと、それをスーザンが適当に流しておこうとするが、
「最強は俺だ。当分誰かに譲る気はねぇよ」
恭一郎がそう答えると同時に彼の手にあった爪楊枝が姿を消して、
「じゃあ………………お前を倒せば俺が最強になれるのか?」
彼に見せびらかすように摘んでいるミナトが獲物を狩る目で現最強に向かい合う。
「はっ、言うねぇ。ルーキー」
両者ともに不穏に揺れる魔力の波長、今ここで一線交えてもおかしくない気魄の中、不意にミナトへと紙の束が投げられる。
「まずは仕事だ。戦いなんてお前がふさわしくなったらやってやる」
投げられた書類の束を受け取ったミナトはおもむろに視線を落として書かれていた文字を読む。
「ボスからお前に仕事のお知らせだ。明後日のダンジョンで適当にパーティ組んどいたからそこに書かれてる階層の素材を回収してこい、細かいことはそこに書かれてるから鼻かんだりすんなよ」