第5話 ギルドからの刺客
(パワー勝負では不利と踏んで手数とスピード方面に切り替えてきたか。器用なことだ)
短刀と刀剣の二刀流を構えるミナトに、相対した肉体格闘戦を愛好する須田剛士は自身の短髪の毛を掻きむしると、後輩である広田雅昭に指図しようと指を向ける。
「俺はあいつとパワー勝負がしたい。お前のスキルでどうにかしろ」
「バカ言わんでくださいよ。俺のスキル【まえのめり】は相手の視界に入った状態では使えませので、諦めて彼の土俵で戦ってどうぞ。あと、今から隠れても無駄ですから」
見つかったからあと全部よろしくと言わんばかりのぞんざいな態度で先輩を送り出す。
すると剛士はミナトへと拳を向けて攻撃を行うと思いきや、大きく息を吸って、
「お前、ミナトとか言ったな! 今からお前の土手っ腹にコイツをぶち込む」
握り拳を上に掲げるや否、いきなり次に攻撃する場所を宣言し始めた。
(俺は名乗ってないぞ)
名乗ってもないのに名前を知っていることはともかく、次の攻撃が腹だというのは幾分か疑問が残る。
この発言を100%信じて防御を固めたとして、それ以外に攻撃が行われれば確実に致命傷。
かと言って信じずに適当な防御でもすれば確実に貫いて致命傷を食らわせるだけの破壊力があることは、先ほどの一撃で思い知らされている。
(宣言することが能力の発動に関わるのか? いや、そんなものは聞いたことない……どちらにしろこれで面倒な心理戦が始まった)
目の前の坊主を見るに人を騙すような輩とは思えないが、人を見かけで判断するほどミナトの知識量は多くない。ひとまず腹部に60、あとは破壊された時のリカバリーが効かない心臓と頭部に残りを割くくらいの感覚で防御を構えるが、
「いいんだな、それで」
視界から消えた肉ダルマに、声の方角へ即座に反応して短刀を突き刺そうと腕を振るう。
だがミナトの剣先が皮膚に到達するよりも先に、彼の拳が腹部を貫いた。
「がっはっああああああ!」
人体が霞みがかったようにブレると、次の瞬間には地面を跳ねて吹き飛ぶミナトの姿。
コンクリートでできた地面にいくつものヒビを割り、地面を抉って吹き飛ぶ彼だったが、剣を突き刺してなんとか堪えて立ち上がる。
(危なかった……あの瞬間、向けていたのが短剣ではなくこの黒剣だったなら、防御は破壊されて死んでいたかもしれない)
口から垂れる血を袖で拭い、腫れ上がった腹部の痛みを一時的に無視して真っ向から斬りかかる。
「ギリギリ間に合ったのだな。素晴らしい反応速度だが……まだ発展途上」
正面から剣を振るうミナトに拳を握りしめる剛士だったが、ミナトの懐から三本のナイフが投擲され、それを拳で弾き飛ばす。
(牽制か……だがこの程度)
攻撃のタイミングをずらすために放たれたナイフは容易く弾かれて地面に突き刺さる。
そして体勢を低く駆け出してきたミナトは剣の間合いへと到達し、確実に首を狙って剣を走らせようとするが、それをカウンターで対処、
「お前とは真っ向勝負がしたかったな」
斬りかかるミナトの顔面を打ち砕いて全てが終わる。
そう思って拳を放とうとした剛士だったが、
「何終わった気でいやがる」
ミナトの軌道上に、確実にカウンターで仕留められるように放たれた剛士のカウンターを、地面に突き刺さっていたナイフを足場に軌道変更することで回避。
そのまま地面に刺さっていたもう2本のナイフまでもを足場として直角移動を行い、一瞬にして相手の背後を取る。
そして剛士の首元を確実に切り落とせる体勢で刃を放った。
「武器の応用、土壇場での発想力、それを実行できてしまう戦闘センス。そして何より俺とタメ張るレベルでイケメンだ。ダイヤの原石とはまさにこのことなのだろう」
絶対に回避は不可能、そう思って放ったはずの斬撃だっだはずが、
剛士は不可解な挙動でミナトの正面に体勢を持ち直して、先程放つはずだったカウンターが今の彼に置かれていた。
「だから俺はお前に敬意を表して全力で叩き潰そう」
ミナトの視界から光以外の全てが消えた。
■
「うわぁ……やっちゃったよこの人」
冒険者同士のゴタゴタが日常茶飯事とはいえ、人間一人吹っ飛ばして公共物と建物に被害を与えたとなってはただの喧嘩では済まされない。
抉れた地面と衝撃でヒビ割れた建物を交互に見て雅昭は「この辺の弁償はギルドがやってくれるだろう」と現実から目を背け、攻撃力だけなら冒険者トップクラスに位置する剛士の本気の一撃を食らったミナトを回収するために嫌々近寄っていくが、
「嘘だろ……」
「インパクトの瞬間、コイツは身体を逸らし引くことで最も破壊力を生み出す拳の先から逃れていた」
「つまりどゆことで?」
「俺の腕の射程距離から即座に引いたということだ。その結果当たったのは腕を伸ばしきった後の擦りと、振った時の拳圧と衝撃だけだ。そうでなければ顔面の形が残っていることはないだろう」
人相判別不可能なスライムになっているだろうと思って近づいてみれば、酷く腫れ上がって目も当てられないほどではあるが人の顔であることは判断できる。
おそらくこのまま通行人に聞いても人の顔であると理解できるだろう。
「もはや流石としか言いようがない。この俺でもこの歳でここまで辿り着いてはいなかったな」
「コイツ何歳なんすかね、順調にいけば20手前くらい?」
「16だ。冒険者訓練学校にも通っていない」
「うわぁあ、そりゃボスが直々に名指しでスカウトするわけだ」
死にかけのミナトに回復薬を垂れ流してなんとか呼吸が落ち着くようになってきたのを確認すると、剛士が片腕で担いで事件現場を後にする。
「俺もコイツになら妹をやってもいいと思えるほどだ」
「面倒なことやめてさっさとボスに引き渡しましょうや。なんたって前代未聞のギルドマスター直々のスカウトなんですから」
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