第20話 無名の名誉
「今になっても信じられませんよ、これ」
冒険者協会の地下4階、モンスター解剖室にて解剖台の上に寝かせられている黒巖蟻の死体を囲んでいる職員たちは実際に現物が存在しているにもかかわらず、目の前のモンスターの存在を否定したい気持ちで、それ以外の全てが頭に入ってこなかった。
「一体どうやって殺したんですかね。無理でしょ」
「ギルド連盟が討伐隊組んで倒したらしいっすよ。死人ゼロだってマスメディアが自信満々に報道してました」
何をどうやってこの化物を倒したかは別として、無数に存在する斬撃の跡や打撃の痕跡。
多種多様な武器によって攻撃を受けたであろうその傷と、ダイヤモンドを凌ぐ硬度を持ったこの化物を討伐した冒険者たちには頭が上がらない。
そう考えながら職員たちは解剖を始める。
協会職員の素人目で見ても「おそらく10人単位で斬りかかったであろう傷跡」に、かえってこのモンスターの異常性が浮き彫りになっていく。
「にしてもこれ、よく攻撃通ったんすね。俺らが何やっても傷一つつかないってのに」
協会職員といえども有事に駆り出されることや、冒険者の荒事に片足突っ込む関係で彼らは基本的にスキルを持った冒険者の資格を有する者たちだ。
そんな彼らが魔力で肉体を強化した状態で、身体強化のスキルを上乗せした上で剣を振り下ろしても傷一つ付くことなく金属音と共に弾かれるだけ。
たとえ武器を変えて鈍器を振り回したところで無傷だったことから見るに、硬度自体はその辺の鉄とは比べ物にならないほどの硬度を持っており、
同じダンジョンから排出された物質でなければ傷など負わせられないだろう。
かと言ってダンジョンから排出される魔鋼も無理だったため、そんな物質は存在しないのだろうが。
「あとこのモンスターを武器にしようって話があったんですけど、構成物質が金属じゃないから鍛冶が出来なくて無理らしいですよ」
「使い道本当にないな」
構成物質自体は昆虫の甲殻と同じで、根本的な物質はグルコサミン。
そのため熱と鍛造でどうにかなるものではなく、めんどくさい手順をいくつか踏めば再利用はできるだろうが、それをした後にここまでの硬度を保てるかどうかは不明。
おそらくこのモンスターが昆虫の甲殻を逸脱した硬度を保っている理由として、魔力の有無や進化の過程になんらかの要因があったのだと考えられるが、それを再び再現できるかと言われれば解明もされていなければ、原理すら不明なので無理な話だ。
そのためこのモンスターの死体は有効活用することはなく、新種の標本がなんかにして飾られるのが関の山だろう。
それに協会の見解としては『このモンスターは硬度に物を言わせた重戦車』だと推測され、モンスター評論家もそのようなことを口走っていたことから硬度を除けば大したことない生物。
となれば硬度が保てないのにわざわざ再利用する必要性はなく、結果的にそのまま安置することになった。
■
「ちょっとこれ! 一体どう言うこと?」
ギルド内の食堂で静かに食事を取っていたミナトの下に、女性とは思えないほどの形相で怒鳴り込んできたアナスタシアは、彼を見つけるや近づいて机を強く叩いた。
バンッという音が響き、机の上に置かれてきた水のコップが少しばかり揺れるが、倒れる前に反応して支える。
「討伐者がギルド連盟、ひいては協会の手柄ってされてんだけど!」
「そうだな。死体処理とか全部任せたし、あそこに集めたのはギルド連盟の力だって聞いたしな」
「そんなこと聞いてない!」
机にヒビが入っていく光景に何か悪いものを察知したミナトは、ひとまずは落ち着かせるために椅子をひいて座らせようと思い、目の前の椅子に座るよう促す。
するとようやく自分がどれだけ煩かったかを理解した彼女は、なんの反抗もすることなく従ってくれた。
「討伐者はミナト、それは間違いないはず。なのにどうして何もしてない馬鹿どもが手柄を横取りして我が物顔で壇上に上がってるか? それを聞きにきたの。あと隠し事したらぶっ飛ばすから」
先日も助けるためとはいえ彼女の意思を不意にしたばかりだ。
ここで適当にはぐらかす事はできるだろうが、それをした場合ようやく取れたミナトの包帯は再び再利用先を見つけることになってしまう。
そうなっては冒険者商売あがったりなので、誰かに喋るつもりもなかったことに口を開いた。
「向こうから打診があったんだ。今回の件は未知のモンスター、その研究と次に出た場合の対応のために死体を協会の方に預けてくれって」
「なのにトチ狂った意味の分からない暴論をでかい顔で喋ってるってわけ? だれが重戦車よ、あの速度をトロイって言うくらいならこの世に車はないわよ」
「それは完全に奴らが馬鹿なだけだ。まず第一線の現場にいない人間に、真実が分かるわけがない。その目で見てもいない後から出された結果にだけ注視して、それで何かが分かるってんなら、だれも行動なんて起こしていない」
もしも次に黒巖蟻が出現した場合、討伐者がミナトで彼の下にのみ情報が集約してしまってはそれ以外の人間は勝つことができない。そして逃げるといった選択肢も取ることすらできない。
次に現れた時に他の犠牲が出ないよう、初めから大人数で討伐したことにすれば無理に立ち向かう相手もいない。
そして協会側が管理すればほぼ全ての冒険者に情報が行き渡る。
「それでもミナトには何も還元されないんでしょう?」
「俺は名誉や金のために戦ったわけじゃない」
それにこのモンスターを討伐していたのがミナトでなかったとしても、彼女ならきっとそうするのだろう。
「名誉を守るために戦ったんだから」




