第19話 ありがとう
剣を納めたミナトはふらつきながら一歩二歩と地面を踏み締めるが、三歩目は叶わず地面に倒れた。
逃げ帰る力すらも出し切ったのだから仕方がないとは言え、戦いの余波によって崩壊を始めているダンジョン内で身動きが取れないとなれば、待っているのは生き埋めの未来だけ。
ダンジョンも言うなれば巨大な建造物であり、そこにモンスターが生息しているだけで根っこの部分は破壊すれば壊れる普通の建物と大差ない。
時間が経てば再生することもなければ、大破した階層が修復されることもない。
壊れた壁を整えるくらいのことは安全性の面でやったとしても、壁を再生させることはない。
そのため歴史上類を見ないほど破壊されたこのダンジョン内で力尽きたミナトに未来はないのだ。
必死に這いずって逃げ出そうとはするものの、思うように動かない身体と朦朧とする意識。
もはや見えてすらいない視界で、彼は暗闇のなかで行くべき場所すら定まらないまま手を伸ばしていた。
(足掻け……足掻け…………最後まで、諦めるな)
地面をかきむしるように起きあがろうとする彼だったが、口から大量の血を吐き出して崩れ落ちる。
あれだけの力を使って無事で済むわけがない。
その紛れもない現実が今更になって襲いかかってくる。
もはや指先一つ動かなくなったそのとき、
ミナトの身体が不意に持ち上げられた。
「お前………………」
「勝手に置いていったこと、まだ許してないから」
血だらけのミナトの腕を引き上げたアナスタシアは、彼を背負うと落ちた階層の転移門へと走りだした。
「みんなは……」
「何人かヤバかったけどみんな命に別状はない。少なくともあなたほどは悲惨じゃないわよ」
「そうか、よかった」
「よくない。全然良くない。勝手に転移門壊すし、自分一人残ってカッコつけたつもり? そんなことして、ミナトが死んで助かったところで……全然嬉しくないんだから」
背負われている彼にアナスタシアの表情はわからない。
ただ後ろから見える頬が少しクシャクシャになっていた。
■
転移門を超えて地上へと帰還したミナトを待っていたのは黒巖蟻の情報を聞きつけて組まれた冒険者たちによる即席の討伐隊だった。
完全に未知のモンスターであり、トップギルドですら歯が立たなかったという情報のせいか腕聞きの冒険者を総動員した彼らだったが、ミナトの帰還と討伐されたという結果に対して蜘蛛の子を散らすように去っていった。
彼らにしてみればダンジョンの危機、もしくは未知のモンスターを倒して希少価値の高い素材を売り払おうと言った魂胆でもあったのだろうが、それらが全て終わったとなれば帰るしかない。
協会も歴史上類を見ないほど破壊されたダンジョンの点検、そして黒巖蟻の死体回収のためにダンジョンを一時閉鎖。
いつもなら賑わっているはずのダンジョンは人が帰るようになっていた。
そして事前に止められてしまった討伐に興醒めして帰っていく冒険者を押しのけるように駆け出してくる人影にミナトはぼやけた視界を見開いた。
人間の形をした何かで、ハッキリと顔を見ることができなくても、よろけながらも人混みを飛び出してきた彼女が誰かは理解できた。
そして地面に下ろされたミナトを強く抱きしめたマルティナは、
「馬鹿野郎、大馬鹿野郎! なんで逃げなかった、なんで私の言うことを聞かなかった!」
嗚咽塗れて回らない舌のまま怒鳴るように叫んだ。
こぼれ落ちる涙を止めなかった。
それは再び起こるかも知れなかった後悔の記憶をなぞるようにして、自分自身を責めているようににも見えた。
だからミナトは、
「……逃げたくなかったんです」
あのとき自身と同じ行動をしたであろう先人に習って、彼の気持ちを代弁するかのように口を開いた。
「仲間が殺されるから戦った。最初はそうだった。だけど、途中からそんなものじゃなくなっていたんです。命よりももっと大事な、絶対に守り抜かなきゃいけない何かのために戦ってきたんです」
そして、
「きっと俺は、このために戦ったんだと思います」
戦闘が終わったあと、密かに握りしめていたものをマルティナに差し出した。
ただの金属の破片、見ただけではなんの何かは分からない。
彼女に伝わるかも分からない。
それでも彼女は、一目見て理解した。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
失ったものは帰らない。
救えなかったものはそのままだ。
だが人が託されたものは必ず受け継がれていくのだろう。
出会ったこともない、見たこともない、話したことすらない人間の意思を、誰かは受け継いでいった。
それが人間にしかない力だと、人は思った。
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