第18話 2年越しの
もはやこの場所をダンジョンと呼んでいいものか。
迷路のようだった壁は全て破壊され、本来の階層を何重にも貫通してできた巨大な大空洞に似た空間の中で剣を支えに立ち上がる少年がいた。
(咄嗟にできるものがアレしかなったとはいえ、慣れてないもんはやるべきじゃなかったか……)
本来はモンスターの技として編み出されたものを見よう見真似で放ったこと自体が異常なのだが、人間で発動することは想定していない魔力砲を放った代償としてミナトの肉体は悲鳴をあげている。
モンスターのような太い首ではない彼が2連続であんなものを放てばへし折れ経った文句は言えない。
現状で頭部がくっついている事に感謝するべきだが、この程度の攻撃でくたばるほど、やわな相手とやり合った記憶はない。
口内から垂れる血を吐き捨て、拭う様にして立ち上がるミナトはダンジョンの崩壊に巻き込まれてもなお生きているであろう黒巖蟻を探して気配を辿る。
今までの剣戟で傷こそついたものの、明確なダメージを与えられていない相手に魔力を固めて打ち出しただけの半端な攻撃で殺せるわけがないのだ。
そのためまだ生きて、今も気を窺っていると見ていい。
どこから出てきても対応できる様に剣を構え、腰を落として神経を張り巡らせる。
だがそんなミナトを他所に瓦礫と煙も中から悠々と現れた黒巖蟻は、
身の丈ほどの大剣を引きずって現れた。
「お前………………それ……」
このモンスターと出会った時に感じていた階層に似合わない圧倒的な強さ。
それにミナトも、そしてギルドの人間たちでさえ『このモンスターはもっと深くの階層から現れた』と結論付けた。
そしてモンスターの中では特殊なナワバリを持たずに放浪すると言った冒険者に似た性質を持つ個体であることからもコイツが浅い階層に現れたのはイレギュラーなのだ。
よって黒巖蟻はあの場所よりもずっと深くに生息している、
「…………誰から奪った」
なれば彼の冒険者から奪った装備もまた、深くに置かれているはずなのだ。
「その大剣は……誰から奪ったものだって聞いてんだッ!」
『だが2年前、あの人の弟がダンジョンで死んだ。しかも姐さんの目の前で、新種のモンスターに殺された』
『弟は姐さんを庇って死んだ。あこがれの姉を真似て買った大剣で、自分の武器で殺されたんだ』
■
大剣を両手で握りしめ、上段から振り下ろす。
それだけでダンジョンの地面は抉れ、削れ、破壊され、高速で迫る斬撃をミナトは回避の選択肢なく受け切る事になった。
受けた衝撃を地面の方が支えきれずに粉砕。
瓦礫が宙を待っている中、力の限り受け続けているミナトは黒巖蟻の両手に握られている傷だらけの剣に顔が引き攣った。
「お前が……お前がぁ! なんでそんなもん持ってんだあああ!」
大剣を弾き、流れる様な動作で放たれた高速斬撃を正面から受け切った黒巖蟻にミナトは剣から片手を手放して握り拳を作る。
そして顔面を砕く勢いでぶん殴った。
ひび割れ一つ起こさない鉄仮面のような甲殻にもう一度拳を振り上げるも、先ほどの打撃を微動だにせずに受けた黒巖蟻はゆっくりと剣を振り上げ、もう一度斬り下ろす。
瞬時に受け切ろうと防御の構えを取るが、耐えられないのはミナト自身ではなく地面の方だった。
踏ん張りが効かなくなった足場と共に吹き飛ばされ、壁に激突。
背中にかかる叩きつけられる衝撃にようやくミナトは地面に崩れ落ちた。
(そりゃそうだろ……武器持った方が強い。そんな事とっくに分かってる。だけどこれは……)
もはや人間の域。
暴力的なまでの身体能力と、それを昇華させる戦闘技術。
従来のモンスターが武器を持ったところで闇雲に振り回す程度の技術しかなかったが、このモンスターは明確に人間の剣術をコピーした。
そしてその技術元は黒巖蟻が戦った中で最も強かったであろう、マルティナ。
1世代前の最強の技術を奪い取り、彼女を目指した弟から武器を奪った化物が今ここでミナトの前に立ち塞がっていた。
壁を支えに身体を引きずって立ち上がるミナトに、我が物顔で剣を握る黒巖蟻。
大量の血を浴びて、乱雑に扱われたその剣は本来の担い手のそれではない。
彼の目指した姿に共に行くべきだった剣は、もう錆び付いている。
「アンタが今生きてたら……俺になんて言ってくれた」
血を流しながら前に踏み出すミナトに、黒巖蟻は理解不能だと剣を振り上げる。
今から死ぬべき人間が、今まで通り当たり前の如く殺される人間が。
非力な人間として生まれた事で敗北する種族が独り言を呟こうが結果は変わらない。
人にしてはよくやった方だが、それでももう終わりだ。
「同じ人に教わって、同じ場所にいて、俺たちはいい仲間になれたのか」
既に剣を振る力すら残っていないだろう。
初めから相対するためだけに必要以上の犠牲を払い、食らいつくだけでも肉体は悲鳴をあげている。
防御をしようが脆い人間の身体ではダメージを十全に殺すことはできず、関節や骨にダメージが行き渡り、先ほどの一撃で那岐ミナトは壊れた。
致命傷を受けたから死ぬのではない、耐久値がすり減って殺されるのだ。
振り上げた剣をミナトに向けて振り下ろす。
そのとき、彼の両目が潰れていた事に気づいた。
そして、
「お前は偽物だ」
「同じ人から教わったんじゃない、お前はただ技術を奪っただけだ」
動かないはずのミナトの身体が抜刀の構えに入っていた。
何千、何万、何億と繰り返した。
たとえ動きづらい状況だとしても。
肉体が破損して動けなかったとしても、
「俺たちが教わったものは、あの人から託されたものは」
残りの魔力を全て放つ。
全魔力を身体能力に変換。
血の吹き出す肉体の激痛を無視して高速にして最高の踏み出し。
「技術なんかじゃねぇんだよ」
生き残る術を、戦う力を、
それ以前にもっと大事な「諦めない姿」を彼女の背中から学んだ。
回避も防御もいらない。
逃げる力は必要ない。
ただ目の前の黒巖蟻を排除するために残り全ての力を解放したミナトの抜刀術。
音速を超えて放たれる刀身に、回避する時間すらも与えられぬまま正面から打ち砕こうとする黒巖蟻だが、
《それはお前のものじゃない。僕のものだ》
ミナトの刀身に触れた瞬間、大剣は完全に破壊された。
飛び散る剣の残骸を、今までどの武器よりも頑丈にできていたはずの鉄の塊を恨む様に見る黒巖蟻。
だがそれは偶然ではなく必然。
冒険者は自身の武器が壊れないよう毎日整備を行っているが、モンスターにその概念はない。
大事な武器である感情もなければ、壊れたところでその辺から奪えばいい鉄の塊。
そして人間を超えた身体能力を持っていた冒険者に近い黒巖蟻であろうとも、その事実は変わらない。
この武器は奪った時から手入れなどされず、ただひたすらに人を斬り、モンスターを殺し、付着した血の数々を吸っていただけにすぎない。
勝敗を分けたのは、人間にあってモンスターにはない思入れだった。
「人間を舐めすぎたな」
破壊された残骸が舞う瞬間、納刀するミナトの後ろで完全に首を切断された黒巖蟻は剣を手放して息絶えていた。
「お前は人間じゃあない。行き過ぎた獣の成れの果てだ」
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