第17話 死闘
不安定なダンジョン内だったからかミナトの通信は切れ、それを皮切りに両者ともに戦線復帰を果たす。
痺れていた両腕は既に治まったが、それは相手も同じこと。
両腕を犠牲に放った内臓破壊の影響は完治しており、先程にも増して迫力を放つ黒巖蟻へ静かに剣を向ける。
金属の甲高い音が誰もいない静寂のダンジョン内に響き渡り、それが反響したその瞬間。
全てを掻き消す破壊音と共に天井まで届くひび割れ、そして衝撃の中心地点で0コンマの攻防を繰り広げる姿なき人影。
一瞬たりとも気を抜くことを許されない。
たった1秒でさえも集中を切らせれば確実にその首は今日限り。
両者ともに正確に、そして冷淡に狙い続ける命のやりとりが人間の反応速度を超えて行われた。
初めから置かれていた両拳をモロに喰らい、吹き飛ぶ身体に無理を聞かせて蹴り飛ばす。
弾丸を置き去りにする速度で飛んでいくミナトは地面に剣を突き立てて堪える。
だが敵の姿を見失わぬよう顔を上げた瞬間、100はあろうかという距離を瞬きの速度を超えて詰め寄った黒巖蟻の片足が時速500を超えて放たれた。
視認は不可。
衝突は必然。
到底人間では反応の行えない速度によって放たれた蹴り。
決め手となったこの攻撃で、確実にミナトの頭部は吹き飛んで勝敗は決する。
それ自体が天の定めかのように思えたが、
ミナトの額の少し先から魔力の波長が現れる。
そして周囲の空気を巻き込んだ火炎魔法によって黒巖蟻は爆風と共に吹き飛ばされた。
その吹き飛んだ隙を逃してやるほど彼は生優しくもなく、未熟者でもない。
爆風を纏ったまま、自身の皮膚が焼け焦げることすらも厭わぬ姿で地面を蹴り上げ、一瞬にして黒巖蟻の目前にまで刀剣を差し迫らせた。
彼は追撃が来ると読んでいた。
否、そう来るであろうと信じていたのだ。
今までの攻防の中で黒巖蟻の攻撃の一つ一つに意味があると読み取り、こいつならば絶好のチャンスを逃すことはないと信用した。
敵に対する強さへの信頼。
この場で、この絶好の機会に飛び込んでこないほど、お前は馬鹿ではない。
そうした人間の知恵がモンスターよりも一歩だけ勝ったのだ。
距離にして1メートルにも満たない。
刀剣を最短距離で、最高速度で宙を滑らせたミナトは確実に殺せる破壊力を持って斬りつけるが、
黒巖蟻の口型が不気味に開いた。
人型と言えどベースは昆虫に近いモンスター。
当然その口元は昆虫に付随するものであり、蟻に似た口型が無理やり開いたかのように解放されると、中心部に魔力が流れてレーザーと同じ原理で射出された。
既に体勢も重心も前にあり、前方姿勢から戻れない位置で刀剣すらも敵前に存在するミナトに防ぐ手立てはない。
カウンターとばかりに放たれた魔力砲はミナトの顔面を確実に穿ち、熱を帯びたせいか燃焼の煙が立ち上がった瞬間、
ミナトの片腕が黒巖蟻の首元を掴んだ。
「……悪いな、それは俺には効かん」
ーー魔術式強制解除
燃えたのは前髪の一部、顔面に到達するよりも先に彼の能力で無効化されていた。
黒巖蟻の巨体の首を掴み、そのまま締め上げようと力を込めるミナトに殴りかかるが、その腕を刀剣が貫く。
動かそうとした瞬間に刀剣を捻って筋組織を引き裂き、首を掴んだままダンジョンの壁に叩きつけた。
このモンスターに脳震盪と言うものが存在するかどうかは知らないが、少なくとも今までの戦闘からミナトは「こいつの弱点が頭部」であることを知っていた。
基本的にミナトが狙うのは首で、このモンスターはその度に首を切り落とされないように迎撃してきた。
それはすなわち「守らなければならいほど頭部はこのモンスターにとって重要な器官」であるの裏付け。
弱点を知ればそこを確実に抑えて破壊する。
それが冒険者である以前に、殺す者としての那岐ミナトの戦い方だ。
首を掴んだまま壁に叩きつけるミナトの腕を掴んでへし折ろうとする黒巖蟻に対して、あまりの力に攻撃の手を緩めたのか、叩きつけるのをやめた、
そしてミナトは口から魔力砲を放った。
ダンジョンの地面を貫通するほど凝縮された魔力砲を、頭部に狙ったつもりが間一髪で回避されて肩の一部が消滅。
二度目は無いとばかりにもう一度魔力を集めるミナトの口に黒巖蟻の手刀が迫り、それを噛みついて脳みその破砕を防いだ。
原則として魔力砲は魔法の一種であると同時に、詠唱や魔力操作の苦手なモンスターの好んで使う劣化魔法といったものだ。
なんの属性もない魔力を固めて放つだけの簡単なものだが、その破壊力は込めた魔力に比例するため、下位の魔法よりも威力が勝る場合がある。
だがこれを人間が使った事例は報告されておらず、この手の魔力砲はモンスターが編み出した遠距離攻撃であり、人間には使う感覚がなければ覚える必要もない。
けれど両腕が塞がり、魔力の指向性を思うように決められない場合で目の前のモンスターから学習した場合は話が違う。
だがそれはモンスターの技を見ただけで習得する異常性があってこその話。
それを経験からして理解していた黒巖蟻は目の前の人間が自らと同じように放った事態をよく理解しておらず、二撃目だけは防ごうと彼の口を塞いだ。
だがミナトは相手の手刀を噛んだまま、口元に魔力を集め始めた。
原理としてはドラゴンの咆哮に近いそれをゼロ距離で受ければどうなるか、そんなものは人間でなくても理解できる。
即座に手を引いて片腕の消滅を回避したつもりの黒巖蟻だったが、手刀が外されて自由になった人間銃口は次のターゲットを本体へと定める。
そして直視近距離の魔力砲がダンジョンの壁を完全に破壊した。
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