第15話 ユニークモンスター
ダンジョンは上層、中層、下層、深層と大まかに四つに分けられる。
上層は1層から5、6層までの初心者が攻略を行う場所で比較的モンスターのレベルが低く、その代わりに報酬が少ない。
中層はボスモンスターを攻略した実力のある冒険者たちが訪れる場所で、モンスターのレベルが跳ね上がるかわりに得られる素材の質が上がり、この辺りから冒険者として食っていける。
下層はモンスターのレベルが高く、この辺りになるとギルド所属の冒険者しか立ち入る事がなく、そうとうなベテランでない限り厳しい。
そして深層は未だに全貌が解明されていない、ダンジョン攻略の最先端である。
「それで私たちの任務は下層ってこと?」
ダンジョン前の広場で今回の攻略のサポートとしてやってきた男性、クルトに投げかけたアナスタシアは妙にミナトの近くに立っていた。
「そうです。今回は下層のモンスターから出る素材の回収です」
情報端末から今回の任務の全貌をクルトは、ミナトとアナスタシア、そして前回とは違ってきっちり5人で攻略するために追加された3人の冒険者にも見えるように向けた。
「下層って言うからもっとヤバいモンスターかと思ったらそうでもないんだ」
そんなことを口走った今回の追加組であるマルクス、ヨシフ、ヘンリーの3人に向かって、前回は慢心で死にかけた身としては穏やかではいられない。
お前から先に死ねと言わんばかりの敵意を剥き出しにしそうになるが、今にも飛びかかろうとする彼女の方をミナトが掴んで静止する。
「大丈夫だ、何かあったら俺が出る。だからお前も奴らのために怒らなくていいよ」
彼らには聞こえない声でアナスタシアへと伝えたミナトに、この場でも聞いていたもう一人でありクルトは熟練のサポートとして、ミナトに信頼できる冒険者としての眼差しを向けた。
マルクス達3人は加入当初から実力はあり、通常の倍の速度で2軍入りを果たして噂では一軍に手が届くとさえ言われている。
だがそれが仇となって慢心に繋がり、彼らの実力が一軍には到底届かないはずなのに増長を始めていることに対して歯止めの意味でもギルド側が仕向けたのだろう。
既に一軍の中でも上位の実力を誇っているミナトになら、彼らに現実を突きつけると同時に無事に生還させられるだけの技量はあると踏んで今回の任務を押し付けられたわけだが。
「一応俺たちはお前達と大差ないし、なんなら俺の方が実力が上ってのもあり得るから」
今回のリーダーはミナトではなく、マルクスだ。
理由としてはミナト自身の判断力は自らが生き残ることに特化しており、彼と明確に実力差のある彼らに配慮できない可能性を考慮してだ。
大きすぎる力の差がある相手とは会話が成立しなかったり、作戦自体が受け入れられない事例が多く、今のミナトにリーダーとしての指揮権を明け渡せばひたすらミナトが敵を殺し尽くして全てが終わる。
それでは後進の育成の面でも良しとは言い難く、かと言ってアナスタシアは前回失敗している。
なので消去法でマルクスになったのだ。
「なんか嫌ね、アイツ。クソ上司ってこんなときに使う言葉だと思わない?」
「……前回のお前も、あれと似たようなもんだったぞ」
「そ、それは……そうかもだけど。今は清廉潔白だから、今さえ良ければ全部いいのよ!」
思い出したくない黒歴史を掘り返されるカウンターを食らったアナスタシアは荒々しくダンジョンへ向かって歩いて行き、三馬鹿はその後を追うようにしてダンジョンへと向かっていった。
■
下層と言っても白兵戦におけるマップ兵器であるミナトがいる以上、攻略自体はつつがなく行われた。
他のメンツに相性が悪かったり、勝てなさそうな相手を先んじて殺しておくというギルド側の思惑を完全に無視した攻略法によってアナスタシア達の危険は無くなったが、マルクス達の増長は留まることを知らない。
本来なら一軍レベルの人間が攻略する場所を、下層の中でも浅い部類に入る場所であろうとも自分達の力で攻略できたとなれば実力を図り間違えるのも無理はない。
「なんだよ、あっさりしすぎだな」
特段苦戦することなく、いつも通りの戦闘でことなきを得た彼らは、任務のモンスターから素材を剥ぎ取っていると、
ダンジョンの奥深く、通常なら攻略を終えた冒険者が魔光石を埋め込んで明かりを作っているはずの通路の明かりが消えていた。
攻略組が埋め込むことでダンジョン内を明るくさせ、安全に戦闘を行えるようにすることが冒険者としてのマナーや、教会側の推奨もあってほぼ全ての冒険者がやっていることだが、マルクスの目には真っ暗なダンジョンの通路が見えていた。
「おいおい誰だよ。マナーのなってねぇ奴が……」
クルトから魔光石を受け取り、躾のなっていない先人を馬鹿にしながら取り付けようとしたその瞬間。
暗闇の中に何かが見えた。
それは金属のような光沢を持ち、全身が漆黒で覆われた鎧騎士に似た化物。
全身が刃物のように鋭利な角張りを備え付け、成人男性の身長を誇るマルクスを上から見下ろす巨体を持った人形のモンスター。
それをマルクス認識した瞬間。
彼の身体はこの場にいる全ての人間の視界から消え失せ、次に彼を目にしたのは怒号のような破壊音と、それと共に吹っ飛んで壁に叩きつけられたのだと認識させられるほどひしゃげた瀕死の姿だった。
「うぁあああああああああ!」
闇の中から一歩前に出てた人型のモンスターと、瀕死のマルクスの姿に絶叫したヨシフが次のターゲットにされた。
昆虫に似た組織をベースに、それを無理やり人間の形に持っていったであろうソレは、恐怖のあまり叫んでいたヨシフを黙らせようと、彼の喉元へ下手な刃物よりも鋭利な手刀で突きを放つが、
「悪いけど、嫌いだからって見殺しにするわけにはいかないのよ」
その攻撃はアナスタシアによって防がれていた。
(なんて速度……初動が相手を選ぼうとしていなかったら間に合わなかった!)
ただの手刀だというのにアナスタシアの剣と火花を散らしたそのモンスターは、この攻撃が防がれたのだと知るや腕を引いてとりあえず回し蹴りを放った。
だがその大雑把で、誰にでも防がれそうな安直な行動は時間にしておよそ0.1秒、
人間の認識を超えた速度にアナスタシアは無防備な腹部を蹴られて砲弾のように吹き飛んだ。
確実に防御を行い、それが成功したはずが、次の瞬間には敵の姿が消えてアナスタシアが吹っ飛んでいる。
その圧倒的な戦闘力の差よりも、生物としての格の違いを見せ付けられてヨシフはもちろん、戦闘量のないサポートであるクルトは息を吸うことすら忘れて絶句していた。
一軍であるアナスタシアが全く反応できずに吹っ飛ばされた。
奥の方で意識はあるものの、到底戦える状態ではない彼女の姿に「今やるべきことはここから逃げること」だと察知して逃走を試みるが、
その浅はかな思考は、目の前に立つ一つのモンスターによって阻まれる。
(無理なんだ……逃げるなんてもんじゃない。逃げる以前に、こいつの目から逃れる術はない!)
逃げるにしてもコイツから逃げ切ることができない。
逃げ切る隙すら存在しない。
転移門に行き、この階層から脱出すれば生き残れるが、そこまで行くことは絶対に叶わない。
そう思わせるほどの格の違いに、死を覚悟せざるを得なかったが、
「伏せろ」
先に見えたのは化物の防御の構え、そして人間の姿が捉えられない速度で飛んできたミナトがモンスターに飛び蹴りを食らわせて吹っ飛ばした。
「撤退だ。コイツはやばい」
地面に足がついた瞬間、ミナトはクルトを回収。
そして座り込んだまま動かないヨシフとヘンリーを掴むと、彼らを抱えて転移門へと駆け抜けた。
両手が塞がっている今、どうにかしてマルクスの回収を試みようとするミナトだが、すでにマルクスを抱えて走っているアナスタシアを視認してから懸念はとれた。
このまま転移門で逃げ帰ろうとするミナトだが、走る彼の横に黒い影が追いついた。
ミナトの頭部を狙って放たれた手刀に、即座に身体を回転させて蹴り上げる。
軌道を完全に上空へとズラし、まさか防がれるとは思っていなかった相手に速度を上げて置き去りにした。
「転移門の起動は?」
転移門へとたどり着いたミナトは抱えている3人を転移門付近ふと下ろし、門の起動を先に始めていたアナスタシアへと声をかけると、
「もうやってる! あと少しで……」
起動が始まるまで、あと2秒と言ったところで、あの化物は転移門の入り口を掴んでいた。
(コイツは1秒以下で動ける化物、あと2秒なんて間に合うはずがない!)
目の前に立つモンスターに残り2秒が遠退いて行くアナスタシアだが、コンマの世界を動ける人間がここにももう一人存在する。
化物が転移門を起動させようとするアナスタシアへと手を伸ばした瞬間、ミナトの拳が化物の腹部を捉えて後方へと吹っ飛ばす。
ほんの少しだけ後退したモンスターだが、ほんの2メートルほど飛んだだけでなんのダメージもなく着地。
そのままもう一度アナスタシアを狙って前に飛び出すが、ミナトの剣がモンスターの首を狙って放たれる。
首を切り落とすつもりで滑らせた剣はモンスターの腕部分の装甲らしき甲殻に阻まれ、盾のように押し退けてから剣を弾かれたミナトに拳を放つ。
だが弾かれた瞬間に身体を捻って両足を前に出し、拳に両足を乗せて膝をクッションのように活用して威力を殺して回避するが、勢い自体は消滅することなく転移門の方角へと飛んだ。
壁に着地したミナトは、下に見えるアナスタシアとマルクス達に視線を向けてから、
「クルト。この階層には俺たち以外に誰もいないんだったよな?」
「情報が確かなら……それに誰にも会っていないし…………」
「そうか、なら…………よかった」
転移門の前に出たミナトは起動した転移門に一階層行きの転移を開始させる。
「待って! ミナトは、あなたはどうする……」
転移門の範囲から出ていたミナトに手を伸ばすアナスタシアだが、それを見た彼は彼女を押した。
転移範囲から出ないよう、自分を引っ張る腕を払い除けたのだ。
仲間を逃して敵の前に立つミナトに、モンスターはその行動の意味がわからずにゆっくりと前に歩いてくるが、ミナトが剣を振り上げると動きが止まった。
そして彼の剣が転移門を破壊した瞬間に、そいつは人間のように殺気を放った。
「なんとなく気づいてた。お前、転移門を知っているな?」
転移門の破壊によって起った爆発を背にして、爆風でコートをはためかせるミナトは刀剣を強く握る。
「アナスタシアを狙ったのは転移による離脱を防ぐためだろ」
だがもう転移はできない。
このモンスターはアナスタシア達を追うことはできず、ミナトもまた、ここから逃げることはできない。
「俺が相手だ、名もなきモンスター」
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