第11話 水泳びより
骨が完全に育ち切る成長期を終えまるでは機械トレーニングを控えた方がいいと言うマルティナの意見は的を得ている。
未完成の体に異常な負荷を掛ければ耐え切れない肉体は壊れるしかなく、そんなことを繰り返していれば必ず手遅れなほどの破損によって二度と冒険者などと言う職種はできないだろう。
ましてや魔力強化をデフォルトで備え、人間を遥かに超えたモンスターとの戦いに備えなければならない冒険者のトレーニングとなれば肉体への負荷は常人の比ではなく、育ちきっていない未熟な体など、本人の小さな匙加減次第で取り返しのつかないことになってもおかしくはないのだ。
そう考えてみるとマルティナの意見は「流石は熟練」とだけは言わせる説得力があり、その裏を取るように国が推奨する冒険者の適正年齢が18であることを考慮すれば、おそらく肉体云々の話は事実。
一応女性の肉体完成時期が16ほどであることから、性差別と言われないためにミナトのような若輩者でさえも登録できるようになっている。
「それは分かる、理解できる。だけど…………」
マシントレーニングを禁止する意味は理解できる。
そう思いながら額に手を当てて残りの分からない半分に対して頭を悩ませる。
「なんで訓練先がプールなんだ?」
水着に着替えてギルド内の競泳用プールへと連れて行かれたミナトは、トレーニングと言うならもっと別の形もあっただろうと、プールサイドに立ち尽くす。
水を使ったトレーニングがあるかと言われればある、それ自体はミナトも知っていることだが、体を鍛えるのなら走るなど色々あるものだ。
どうしてこれをわざわざ選んだのかと疑問を張り巡らせていると、更衣室の方から扉の開く音が聞こえ、振りかえる。
するとそこには長い髪の毛をひとつ結びでツインテールを作り、豊満な胸部をサイズの合っていない一回り小さいビギニで隠した彼女が、腰に手を当てて完璧なプロモーションで佇んでいた。
「反応はなしか……これでも私は大分自信はあったんだぞ。それにギルドじゃ古株と言ってもまだ20の手前だ。心の方は乙女と言っても過言じゃ無いさ」
「いえ……見たら金とられる類の物かと思って、無反応を装っただけです」
「そんな美人局みたいなことをするわけないだろ!」
日本の治安はそこまで終わっていない。
いったいコイツに教育を施したやつは何を考えているんだと、そんなことを呟きながらも「何も言われなかったこと」へ少しばかり傷ついている心も事実。
反応をイコールで金が発生すると考えているスラム街出身は置いといて、マルティナは先に来ていたはずのミナトが全く水に濡れていないところに首を傾げる。
「私が来るまでに少し時間あっただろ。入らなかったのか?」
彼女と思考が極端化されているのも原因だが、プールに連れてこられた人間は真っ先に飛び込む物だと思っていたが、どうやら彼は水にすら濡れていない。
指や足の先で温度を確認することすらやっていないところを見るに、
「ほほぅ、分かったぞ」
悪戯な笑みを浮かべたマルティナは大人気なく全身に魔力を纏った上で前方に全力ダッシュ。
姿勢を前方に傾け、姿勢が下に向いた瞬間に何を行うかを察したミナトは即座に回避行動を選択。
ミナトは瞬間的に背後へと飛び去ると同時に、迫り来るマルティナの両腕を払い除けるようにして弾く。
そのまま地面に足がつくと同時にプールサイドからプールそのものを飛び越えて逃げ出そうとするが、
「かなり速いが、まだ私の方が一歩速い」
弾かれた両腕を諦めて体ことミナトへと倒れ込ませると、そのまま彼をプールへと突き落とす。
上空に打ち上げられた水の柱が水滴を撒き散らし、ポニーテールの端から水を飛ばすよう頭を振っているマルティナだが、もう一人は一向に浮き上がってこなかった。
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「まさか稀代の新人にも弱点があったとはな、親しみやすくていいじゃないか」
「別に泳げないわけじゃないですよ、泳ぐ必要がないだけです。元々俺は内陸の生まれだったし、湖程度なら走って渡れるので、わざわざ水に濡れて動きづらくしてまで泳ぐなんて……」
「湿気が溜まって辛気臭くなったな。乾燥させてやろうか?」
そう言ったマルティナは手元で炎と風を発生させると、さながらドライヤーのようにして横に座っているミナトに向かって熱風を吹かせて水滴を弾き飛ばした。
「と言っても私がやるのは泳ぐと言うよりも水中を使ったトレーニングだ。そう僻まなくても、落ち込まなくたって大丈夫だぞ」
「落ち込んではいませんよ。ただプールの水を干上がらせるのにどれだけ魔力がいるのか考えてるだけです」
「大分根に持ってるな。ほら、抱きしめてやるから機嫌直せ」
横にいるミナトの肩を掴んで引き寄せるようにして抱いたと思った瞬間、そのまま水中にダイブ。
そして水の中で必死にもがくミナトを猫を掴むようにして両脇を抱えて持ち上げた。
「ひとまず立ってみろ、そんで歩け! 失敗したら先輩の私がなんとかする」
そこまで言われたらやるしかない。
それに逃げられそうにもないので諦めて付き合うしかない。
ゆっくりの足をつけるミナトに最後まで手を離さなかったマルティナのおかげもあってか、少しは恐怖を克服したのか1日必死にやってようやくバタ足くらいはできるようになった。
そして最後に終わりを告げた瞬間に水中から飛び出して水面を走ったミナトを見て、
(走れるってほんとだったんだ)
今度やってみようと思ったマルティナだった。