嘘吐きは悪夢の始まり 【月夜譚No.145】
〝教祖〟などと名乗るのは、甚だ不本意だ。
彼女は不機嫌を隠すつもりもなくむっすりとして、用意されたソファに深々と座っていた。
身に纏うのは、ただの無駄ではないかと思うほどの布地を使った長いローブ。光沢のあるそれは床に広がり、歩けば引き摺って歩き難いに違いない。白く細い指の爪は丸く整えられ、照明を返すほど磨かれている。
思わず眉を顰めると、メイクブラシを手にした女性に注意され、渋々皺を伸ばした。先ほどから三人の女性が彼女を取り囲んで、銘々メイクやらヘアセットやら衣装の調整やらを勝手に行っている。それもまた、彼女の不機嫌を加速させていた。
そもそもどうしてこういう事態に陥っているのかというと、彼女の父が失踪したことに端を発する。父こそがその教祖なのだが、彼がいなくなってしまった今、代わりに娘を教祖に祭り上げようということらしい。
幸い父が教徒達に顔を見せた機会はなく、今回も顔は見せず、声も出さなくて良いという話だが、本当に大丈夫なのだろうか。というか、顔は見せないのにメイクをする必要はあるのだろうか。
不安感も募ってきたその時、部屋の扉がノックされて一人の男が入ってきた。同時に、女性達が男の方を向いて頭を下げる。
鏡越しに見る彼は、初対面の時と変わらず胡散臭い。
彼に促され、彼女は立ち上がる。到頭、教徒達の待つ部屋に行かねばならない。
――最初は、嫌々ながらもこれが済めばお役御免と思っていた。けれど、悪夢は今も続いている。やはり嘘でも〝教祖〟などと名乗るのは、やめておけばよかったのだ。