孤独の住まう家の朝
見慣れない天井。取り替えられたばかりのステンドグラスの窓からは虹色の光が差し込んでいる。シーツの破れたソファから身を起こす。体の軋む音がした。ここはどこら辺だろう。
ガタガタガタンッバーンッ…ドサドサドサッ
…と騒がしい音と共に小物が落ち、埃が舞う。誰かが来たようだ。
「ケイ兄ちゃんここにいるー?」
「見つけた見つけた!今日は僕の勝ち!わわっ落っこちる!」
勝手口と書かれた看板が見える物置棚の上の窓から少年が落ちる。床に落ちる前に首の根っこを捕まえる。間に合ったようだ。
「ありがとうケイお兄ちゃん!」
「危なかった危なかった!ありがとう!」
少年の両手の甲からお礼を言われる。その整った幼い顔には口が無いが、目を細めて嬉しそうだ。この少年の名前はニック。両手にある口は今日も賑やかだ。床に下ろすとそういえば自分の名前を呼んでいたなと思い出す。
「…ニック何用だ?」
掠れた声が出た。ニックはパチパチと瞬きをすると両手を上に挙げて口を近ずけた。身長差があるため聞こえやすいようにしてくれたらしい。
「先生が今日お外に出るって!ケイお兄ちゃんも行くでしょ!」
「今日の朝ごはんはリンお姉ちゃん!フルーツたっぷりだから美味しいよ!」
そうするとニックは手を引いて歩き出した。案内してくれるらしい。口に触れないように注意しながらついて行く。
ドアを開けるとそこには透き通った花畑が広がっていた。太陽の模様ステンドグラス張りの天井。ガラスのランプからは美しい光が漏れ出ていた。足元の花もガラス。ランプの光を反射してキラキラしている。ここには匂いが無い。全て人口的に作られたここは人気が高い。
「随分遠くで寝ていたよね!探すの楽しかった!」
「今日はね!真っ赤なイチゴのタルトをくれるんだって!楽しみー!」
自分は寝る部屋を決めていないので、毎日違う場所で寝ている。そうしていたらいつの間にか最初に見つけた者は景品が貰えるというゲームが作られていた。皆楽しそうなのでそのままにしている。またドアを潜る。次は天井まで覆い尽くす本のある部屋だ。アンティークな雰囲気で綺麗に掃除されている。
「おや、ニックとケイおはよう。今からご飯かい?」
高い場所から声をかけられた。見てみると天井から垂れているハンモックから、折れた角を頭に生やした美しい青年がこちらを覗いていた。彼はノーツ。白いドラゴンと人のハーフだ。
ニックが肯定すると翼を広げてゆっくりと降りてきた。どうやら一緒に向かうらしい。ニックの空いた手を取って歩き出す。
それから部屋を出て、緑の森の部屋を抜けて、水の流れる橋の部屋を渡り、広い調理場を通って賑やかな場所に出た。ここは食事をとる場所。沢山のテーブルと椅子と料理と異質な者達がいた。
空を飛ぶピンクの人魚。獣の耳が六つある幼い少女。目が五つある首だけの女性。耳のちぎれたエルフの少女。他にも様々。
自分の長い前髪に触れる左の目には不気味な花が隠れていることを確認して安心する。ここは夢ではないことを確かめる癖になってしまった。
「皆おはよう!おっ!美味しそうだね!」
自分たちが来たドアと反対側のドアが開いた。そこから入ってきたのは、ただの人だった。
「先生おはよう!今日も先生が最後だよ!」
「師匠!今日のタルトは自信作よ!食べてってくれるわよね!」
「ししょ〜。新作の薬出来たから、後で見てぇ〜。」
「あ、ずるいっ!先生!私も!私も見せたいのあるの!」
一気に活気づく。各々喋りたいことを話す。今日も師匠は人気者だ。師匠は、一通り聞くと
「後でな!」
と笑った。周りはあぁ〜と崩れて笑い出す。こう言うときだいたい聞いていないんだ。聞いている限りだとこの後、また掲示板には師匠に読んで貰えるようにびっしり紙が貼られているだろう。
タルトを食べる。とても甘くて美味しい。
師匠を見る。笑いながら楽しそうに会話している。
ここに血の繋がりは無い。
ここにいる者は全員師匠が連れて来た独りぼっちだ。
皆、師匠が与えられた役割をこなして生活している。
そして、ここに住まわせて貰っているのだ。
「ケイ!」
師匠が自分の名前を呼ぶ。
「今日は新しい世界に出かけるからな!」
「はい。」
こうやって一日が始まる。
自分に与えられた役割は師匠を守ることだ。
プロフィール 1
・・・・・
ケイ
余り喋らない青年。黒髪に1束白い髪がある。左目には時計草が咲いているが、前髪で隠している。師匠とは10歳ぐらいで出会った。人離れした力と能力で師匠を守る役割を果たす。