12. 誰が言ったんだよ
アルベローニ家の応接室は、南部貴族の縮図といった様相だ。
紅薔薇の血族ロゼッタ・アルベローニと、青菫の血族ジェラルド・カゼッリ。彼らは差し向かいの席に陣取って、油断なく対峙している。
そして、金秤の血族ランドルフ・フィネッティは、二人の間に腰を据え、勝手にお茶を飲んでいた。
アルベローニ派、カゼッリ派、中立派。
三大勢力が揃い踏みしたこの部屋へ、父親に伴われたヴァイオレット・トゥッチが緊張の面持ちで現れた。
席を勧められたヴァイオレットは、自分はただの使者ですからと着席を断った。フィリッポもまた苦々しい表情で起立している。
最初、ロゼッタを忌々しそうに眺めたフィリッポだが、ランドルフに気付くと、怒りもあらわに睨み付けてきた。
「こんにちは。お邪魔してます、お義父さん」
「チィッ!」
お披露目の時もそうだったが、ランドルフは未来の義父から、やけに嫌われている。しかし、元気そうで良かったと、皮肉ではなくホッとした。
下半身暴走男から、何か事情がありそうな入婿さんへ印象が変わったせいか、健康でいて欲しかったのだ。
ヴァイオレットは父親に残念そうな目を向けて、そっと顔を背けた。バッグから布でくるんだ物を取り出し、使者としての口上を述べる。
「今日は伯父、カゼッリ伯爵の使いで来ました。これをお返しするように言われています」
ヴァイオレットはそう言って、伯爵からの返却物を渡すため、テーブルへ手を伸ばしかけた。しかし、侍女に「こちらへ」と促され、困惑の表情を浮かべている。
「ご使者様、わたくしがお預かりして、ロゼッタお嬢様へお渡し致します」
「あ……はい」
返却物を受け取った侍女が、布包みをほどく。平民から貴族へ差し出される物は、まず使用人が受け取り、危険が無いか中をあらためるのだ。名代ではなく、使者として振る舞うなら当然のことである。
ロゼッタ、ジェラルド、そしてランドルフ、三大派閥の子供たちの前で、布の中から封筒が出てきた。視線が封筒へ集中する。しかし、ランドルフだけは、ずっとヴァイオレットの様子ばかり伺っていた。
侍女が使者へ布を返却し、ロゼッタへカゼッリ伯爵の届け物を運んでくる。
「確かに、お受け取り致しました」
────ヴァイオレット・トゥッチ様
婚約披露の招待状だ。ランドルフは一瞥し、すぐにヴァイオレットへ視線を戻す。
予想通り、封筒の宛名はロゼッタの筆跡ではない。文通しているから、彼女の筆跡は知っている。
封筒の中身は、ロゼッタとランドルフの連名で印刷されたカードである。身近な人間なら、余分に刷った分を掠めとるのは簡単だ。
おそらく、ヴァイオレットへ招待状を出したのは、アルベローニ女伯イメルダ。ロゼッタの大叔母、ボルジャンノ夫人だろう。
ボルジャンノ夫人がロゼッタに無断で、ヴァイオレットへ送ったのだ。もしかしたら、フィリッポを呼び出す餌にしようと提案して、ロゼッタから断られたのかもしれない。招待客名簿へのせられない少女を、独断で招いたのだ。
きっと彼女は南部貴族の大義のために、何の疑問も持たずヴァイオレットを利用した。問題になると想像さえしていない。その証拠に、カゼッリ家へ詫びも入れず、お披露目が無事終わったと喜んで王都近郊へ帰ってしまった。
もし、ヴァイオレットがカゼッリ一族と深い繋がりのある少女でなければ、誰も問題にしなかったはずだ。
そういえば、ランドルフも一度、身元を隠した彼女から試された覚えがある。見合いのときの変装だ。卑しいフィネッティ家の息子は、念入りに確認しなければ信用できないと言われたようなものである。
ランドルフは、無神経な婆ちゃんだなと思いはしたが、気にしなかった。しかし、繊細な子供だったら深く傷ついたことだろう。
法衣貴族の夫人としては優秀でも、南部貴族の当主としては無能といえる。しかし、高齢で当主教育もなく、大任を引き受けざるを得なかった彼女を、責めるのは酷だろう。本来は素人の大叔母ではなく、父フィリッポが後見人としてロゼッタを支えるものなのだから。
「カゼッリ伯爵は、わたくしに何かおっしゃっていて?」
「いいえ。姪の私からアルベローニ様へ、ただご返却するようにと言われました」
「そう」
カゼッリ伯爵は辛かったはずだ。家令と相談しながら、実質アルベローニ家を運営しているのはロゼッタである。
ヴァイオレットへの仕打ちを批難しようにも、問題の大きさを理解できる人間がいない。一人だけいるにはいるが、大叔母に背中から斬りつけられた十歳の少女だけなのだ。
そのロゼッタだって、カゼッリ伯爵の姪である。大人の思惑に翻弄される二人の姪に、胸がふさがれたのではないだろうか。ランドルフだって憂鬱だった。
結局、カゼッリ伯爵は、ロゼッタを縁辺にとどめ、ヴァイオレットを姪と定義した。
アルベローニ家の仕打ちは知っている、今回は親族として許すが二度目はない、姪を利用するな────招待状を突き返した伯爵の落としどころは、そのあたりか。
もしかしたら、今回ランドルフがジェラルドの付き添いに誘われたことは、成り行きではないのかもしれない。
フィネッティ家は、いつでもカゼッリ家へ味方するという意思表示か。
カゼッリ伯爵が決めたアルベローニ家の処遇は寛大だ。だが、ひどく厳格でもある。二度目は無い。再度、カゼッリ家へ泥をかける真似をしたら、腹を減らした虫けらどもがウゾウゾと押し寄せてくる。青菫の清廉を維持し、悪辣な汚れ仕事は悪辣な蜘蛛へ任せるわけだ。
強欲な親父や兄貴たちは、嬉々として紅薔薇の領域を食い散らかすことだろう。ひどすぎる。
「この前のお祝いでは、お騒がせして、すいませんでした。どうぞ、おゆるしください、アルベローニ様、フィネッティ様」
「ええ。よろしくてよ」
「ありがとうございます」
ヴァイオレットが頭を下げた。フィリッポが「帰るぞ」と唸る。彼女は静かに頷いた。去り際に、チラリと一瞬だけ、ランドルフのほうへ視線が動いたが、目は合わなかった。
泣きも暴れもせず、役目を果たしたフィリッポとヴァイオレットは、淡々と退室していった。
□
シンと静まりかえった応接室。やりきれない沈鬱さが滞り、ロゼッタとジェラルドは俯いていた。
住む世界が違う姉妹。揺るがぬ別離。家族の亀裂。
ヴァイオレットへ向ける想いは違えども、その重苦しさに直面した貴族の子供たちは、発する言葉を封じられ、身動ぎひとつ出来ずにいた。
「おかしい」
……ランドルフ一人を除いては、だが。
「どういうことだよ。なんだこれは。まったく意味がわかんないぞ」
腕組みしたランドルフが、しかめっ面で苦情を言った。しんみりしているところだったので、ロゼッタは虚を突かれ、ジェラルドはギョッとしていた。
「あの子は誤解してるね。ローズが自分を利用したと思ってる。カゼッリ伯爵は誤解をとく気がなさそうだ。俺が伯爵でも、ボルジャンノ夫人が元凶でしたなんて、きっと教えない。これ以上、ヴァイオレット嬢を貴族の都合で振り回すのは残酷だもの。統率がとれてない、今のアルベローニ家には、絶対に近付けたくないよ」
空気を読まない子ランドルフは、ズケズケ言った。読もうと思えば読めるのだが、あえて空気を無視している。
「……ええ。そうね」
「でもさ。だったら、なおさらおかしいだろ」
ランドルフはロゼッタへ、訝しげに問いかけた。
「何故、ヴァイオレット嬢は、未だに妹の心配なんかしてるんだ?」
「え……」
「そして、君もだ、ローズ。ここは普通、『いい子ちゃんぶってなにさアバズレ、親父と伯爵に贔屓されやがって』と殺気立つところじゃないの? なんで、そんな泣きそうな顔してるんだ?」
あまりの言い種に苛立ったジェラルドが、ランドルフへ物申す。
「おい、ランドルフ。ふざけたことを言うな!」
「別にふざけてませんけどっ!」
「お前、目がおかしいんじゃないのか? その女は、ずっとヴァイオレットを睨み付けていただろうが。今だって、反省するどころか、ふてぶてしい顔をしてるだろ。いくら婚約者だからって、美化しすぎだ!」
「はあぁ? ジェラルド様こそ、目ん玉がお腐りになってらっしゃるんじゃ……」
わりと失礼な反論をしかけたランドルフが、ぴたりと固まる。
ロゼッタを見れば、まるで猛虎の形相だ。お披露目で従兄に罵倒されたときより険しい、殺人鬼じみた面構えである。間違いなく、心が引き裂かれそうな悲しみをこらえている顔で……。
ランドルフは大きく目を見開いた。わなわなと体を震わせる。
「うそだろ、おい。待てよ……まてまてまて……」
信じられないという顔で、ランドルフはロゼッタの肩へ手を置いた。
「ローズ、君、ヴァイオレット嬢と、本当は仲良くなりたかったのか!?」
「……っ……」
図星を突かれて、かあっとロゼッタの顔が朱に染まる。ランドルフは頭を抱えて立ち上がった。
「正妻と妾が産んだ異母姉妹って、誕生した瞬間からドロドロに憎んで殺し合うものじゃないのかよ!?」
少なくとも、フィネッティ家の仲間内では、そんなものである。父フィネッティ子爵がドン引くレベルで残虐に共食いし合う。父は愛人をけしてつくらない。ランドルフも、将来は妻一筋でいくと決めている。
業の深い血族であるがゆえ、各ご家庭ごとに、ここまで個人差があるとは考えもしなかった。
「ああん、もう! だったら、話が全然違うよ。仲直りできるかもしれないじゃないかっ。俺、ちょっと追っかけて、君について説明してくる!」
「待って!!」
ロゼッタがランドルフを引き止めた。
「えぇっ、なんで止めるの。君の姉さんが帰っちまうよぉぉ」
「あ……だって……だって……姉さんは、私が、嫌いで……だから、もっと嫌われてしまうわ……それに、私に、近付くと……手を触れると、姉さんが……姉さんが……だから私は嫌われて、当然の、邪魔な……話しかけては、いけなくて……」
支離滅裂なロゼッタの呻き。呆気にとられたランドルフは、くわっと声を張り上げた。
「そんなこと、誰が言ったのさ!」
はからずも、ランドルフは核心を突いていた。
「そんな嘘っぱち、誰が言ったんだよ、ローズ!」
ギクリと体を強張らせたのは、ロゼッタだけではない。ジェラルドもまた、ゾッとして青ざめている。
ランドルフは知らないが、ジェラルドはフィリッポの人柄を知っている。幼女に怯えて喚き散らす大人ではある。それだけに、ロゼッタへ近付いて何か刷り込みをするような男ではない。
しかし、ジェラルドにはロゼッタへ厳しく接していた人物の心当たりが、フィリッポしかいないのだ。
「もういい。俺だって、ヴァイオレット嬢に聞きたいことがあるんだ。行ってくるよ」
「待って!」
ランドルフは待たなかった。全力で走った。高位貴族の領主館で、次期当主がやめろと言うのを一切聞かずに。応接室を飛び出した彼は、廊下を猛然と駆け抜けていった。




